4 不死王と獣帝
魔王城。
その名の通り魔王の居城であり、またいざというときには魔界の最終防衛機構として起動する要塞でもある。
ただ、その起動にはいくつかの条件や準備を伴う。
以前、俺がライルとともにユリーシャを討ったときには、防衛機構が使われることはなかった。
そもそも、魔王城が起動したこと自体、魔界の歴史上でも数えるほどしかないそうだ。
基本的に、魔界は結界で覆われて神や勇者の侵攻をシャットアウトしているからな。
だけど、あと二ヶ月足らずでその侵攻が現実のものとなる。
それに備えて、魔王城の防衛機構も整備しておかなくてはならない──。
「では、一つ一つ点検してくるのであります。地道な作業になりますので、よろしければ自分にお任せいただけないでしょうか」
ツクヨミが言った。
「時間も必要ですし」
「作業はどれくらいかかりそうだ?」
たずねる俺。
「あと二ヶ月足らずで勇者たちがまた攻め入ってくるはずだ。できれば、それまでに間に合わせたい」
「一週間もあれば十分かと」
「助かる。では、頼んでいいか? 他に手が必要なら言ってくれ」
「いえ、これは自分一人でやったほうがよいかと。半端な者がいると、かえって邪魔になるのであります」
ツクヨミが頭を下げる。
「錬金機将ツクヨミの名にかけて──必ずや魔王様の命を果たしてみせましょう」
性格面はともかく、能力面では頼もしいかぎりだった。
※
見上げれば、空に大きな亀裂が走っていた。
先日の天想覇王との戦いで、魔界を守る結界にヒビが入ってしまったと聞いている。
その綻びから勇者や神の眷属が攻めてくるかもしれない、ということで、リーガルは防衛の任についていた。
周囲には配下のアンデッドたちがいる。
いずれもリーガルが厳選した猛者たちである。
ぎ……ぎぎぎぎぎ……っ!
ふいに、ヒビが軋むような音を立てて、歪み始めた。
「敵襲か」
リーガルは腰の剣を抜く。
骨を組み合わせたようなデザインの、いびつな剣。
「──待て。儂だ、リーガル」
空間の亀裂の向こう側から巨大なシルエットが現れた。
身長は四メートル近く。
堂々たる体躯を備えた、獅子の獣人だ。
渦巻き、逆立つタテガミはまるで炎のよう。
全身に、きらびやかな黄金の甲冑をまとっていた。
「ゼガート……!」
リーガルが驚きの声を上げる。
獣帝ゼガート。
七大魔軍長の一人であり、白兵戦闘なら魔界最強とも呼ばれる豪の者だった。
「貴公を探して何度か人間界へ出向いたのだが、見つけられなかった。無事で何よりだ」
「すまぬ。人間どもとの戦いで負傷してな。かなり奥まった場所で治療に専念していたのだ」
「……傷はもういいのか?」
あと二ヶ月足らずで勇者たちとの決戦だ。
ゼガートが加われば大きな戦力になるだろう。
「うむ。戦闘には支障ない。来たるべき決戦では、儂が勇者どもを蹴散らしくれよう」
頼もしい言葉だった。
「ところで、魔王様が代替わりしたとか」
と、ゼガートが切り出す。
「お前から見てどうだ、新しい魔王は?」
「甘さはある」
獣帝の問いにうなる不死王。
「だが強い。戦闘能力だけを見れば、歴代魔王の中でも群を抜いている」
「ふむ、噂は聞いているぞ」
ゼガートがあごをしゃくった。
「あの天軍最強兵器『天想覇王』すら破壊したとか」
「……ああ」
リーガルにとっては絶望的な相手を、魔王は苦戦らしい苦戦もなく倒してしまった。
あの力があれば、人間界を滅ぼすことすら難しくないのではないだろうか。
無論、神の側にどんな敵がいるかは分からない。
正面からの戦いでは無敵だとしても、相手が搦め手で来るかもしれない。
あるいは魔王の力を封じたり、弱体化させたり──といった手段を持っていないとも限らない。
(だが、それでも──やはり甘い)
人間など滅ぼせばいい。
徹底的に戦うべきだ。
リーガルの考えはシンプルだ。
かつて彼が人間だったころ、親友だと思っていた男に手ひどい裏切りを受けた。
以来、人間は彼にとって唾棄すべき醜い種族として認識されていた。
そんな人間どもを相手に、ときには手加減しているようにも見える魔王の戦いぶりが歯がゆく、口惜しい。
「納得がいっていない様子だな」
「……少しな」
「もっと好戦的な王なら、どうだ?」
ゼガートが口の端を吊り上げ、にやりと笑った。
「何?」
「力は認める。だが、神や人間への対策については納得できない──お前の考えをまとめれば、そうなる」
「貴公のまとめ方は、少し乱暴に過ぎよう。俺は──少なくとも現状では、魔王様を主として認めている」
「本当か?」
見透かすような、ゼガートの眼光。
リーガルは、その目が好きにはなれなかった。
「まあ、よい。ところで魔王様に謁見したいのだが」
言ってゼガートは笑みを深める。
「その後で、お前とも話したい。色々と相談したいことがあってな」
「相談?」
「お前にとっても悪い話ではないはずだ、リーガル」
獣帝の眼光がいっそう鋭くなった。