2 九尾の狐
「私で妙な妄想をするのはやめろ、オリヴィエ」
「だめ……ですか?」
抗議するステラに、オリヴィエはウルウルと瞳を潤ませた。
狐耳も尻尾も力なく垂れている。
「百合は尊い……尊いんです……っ」
涙を流し、力説する彼女。
「わ、分かった……いや、その趣味はよく分からんが、少なくともお前の妄想を咎めたり、制限したりはしない」
ステラがたじろいだ。
「本当ですか」
「個人の嗜好だからな。制限する必要はないし、誰にもそんな権利はない」
告げるステラ。
「その辺は好きにしてくれ」
「では、不詳オリヴィエ・キール、これからも妄想全開で過ごさせていただきます。やったー!」
ボウッ!
うれしそうに跳びはねた彼女の体から、青白い炎のようなオーラが立ち上った。
ほとばしる魔力が衝撃波となって吹き荒れ、床に無数のヒビが入る。
「な、なんだ……!?」
「ひえっ、す、すげえ……!」
周囲の魔族が驚き、どよめいた。
「っ……!」
俺は息を飲んだ。
並の魔王クラスすら凌ぐジュダは別格としても、すさまじい魔力である。
さすがに次期魔軍長候補にリストアップされるだけはあった。
「これほどとは……!」
隣でステラも驚きの声を上げている。
「……ステラ」
「はい、魔王様」
「オリヴィエの力、どう見る?」
そっと耳打ちした。
「候補者リストには入れていましたが、魔力評価はB-程度でした。私が見誤っていたようです……申し訳ありません」
謝るステラ。
「これなら少なくともA……あるいはA+か、それ以上の──」
「あ、私、普段はこんなに魔力を出せないですよ? 妄想で気持ちが高ぶったときだけです、こういうふうに魔力がほとばしるのは」
オリヴィエがステラをジッと見つめる。
その視線が妖しく潤んでいた。
「……邪神官の後任候補者として検討してもいいんじゃないか?」
「……そうですね。これほどの魔力があるなら」
ささやいた俺に、ステラもうなずく。
「ふふ、聞こえてますよ~」
ぴょこん、と狐耳を動かし、オリヴィエが笑った。
しまった、こいつ耳がいいのか。
じゃあ、たぶん最初から全部聞こえてたんだな。
「すまん」
「いえいえ~。あの、私が魔軍長になるということでしょうか?」
「あくまでも候補だ。簡単には決められないからな」
俺は彼女に言った。
とはいえ、今は強い戦力が欲しい。
まず何よりも優先されるべきは、魔界全体の平和だ。
オリヴィエなら、きっとその力になってくれるんじゃないだろうか。
……性格は少しアレな感じもするが。
「詳細は追って沙汰する。候補者は何名かいるからな」
宴の翌日、俺はステラとともに邪神官の後任選定作業に入った。
この役職に求められるのは、主に回復関連の能力だ。
オリヴィエは九尾の狐の眷属では天才と呼ばれる逸材で、魔力の低さだけがネックだった。
だが、昨日の宴で見た通り、妄想をトリガーにして魔力が大幅に上がるらしい。
ステラの調査では分からなかった新たな事実だ。
他の候補者も吟味した上で、結局オリヴィエを新たな邪神官として任命することにした。
──ということで、オリヴィエを執務室に呼び出す。
「正式な任命は後日になるが、お前には新たな『邪神官』の任についてもらいたい。オリヴィエ・キール」
厳かに告げる俺。
ちなみに、室内には俺とステラ、そしてオリヴィエだけだ。
「わ、私が魔軍長に……!」
九尾の狐の少女は声を震わせた。
「お前の魔力は高い。十分にその任を務められるはずだ」
「わ、分かりました……魔王様」
オリヴィエが恭しく頭を下げる。
その拍子に、ぴょこぴょこと動く狐耳や尻尾。
なんとも可愛らしい魔軍長だった。
「よろしくお願いします。精一杯がんばりますっ。あ、ステラ様には、今後とも百合妄想でお世話になりますね」
「ゆ、百合……!?」
ステラが引いていた。
「魔軍長として一緒に働けるなら、妄想のネタには事欠きませんねっ」
「妖しい目で私を見るのはやめろ、オリヴィエ」
「ステラ様、照れてる……かわいい」
「照れてない。引いてるんだ」
「うふふふ」
……この二人、仲良くやっていけるんだろうか。
「と、とにかく、これからは同僚だ。私のことは様付けではなく呼び捨てでいい」
と、ステラ。
「そんなぁ~。ステラ様はステラ様です」
オリヴィエが瞳をウルウルさせて言った。
「ステラ様と呼ばせてくださいませ」
「対等の関係なのに、その呼び方は変だろう?」
難色を示すステラ。
「下の者にも示しがつかない」
「うーん……じゃあ、お姉さまとお呼びしてもよろしいですか?」
「お、お姉さま!?」
「じゃなきゃ、ステラ様って呼びます」
「むむ……」
「私にだって譲れないものがあるのですっ……!」
妙に力説するオリヴィエ。
「し、しかし、お姉さまか……うーん……」
ステラが悩んでいる。
「ま、まあ、呼びやすいように呼べばいいんじゃないか?」
俺が仲介した。
「こいつは自由にやらせたほうが力を発揮するタイプだろう。できるだけ何も制限しない状況にしたほうがいい」
「……魔王様がそうおっしゃるなら」
うなずいたステラは、オリヴィエに向き直った。
少しだけこわばった顔だったが、
「では、あらためて──ステラ・ディー・アーゼルヴァインだ。よろしく頼む、オリヴィエ魔軍長」
「こちらこそよろしくお願いしますね、お姉さま……じゅるり」
……いや、なんでヨダレ垂らしてるんだ、オリヴィエ?
※
吹雪が吹き荒れる山中。
その洞窟内に三つの影があった。
「改造生命体No253ツクヨミと申します。お目にかかれて光栄であります、獣帝様」
ゼガートの足元に人影がかしずいている。
銀でできた体は甲冑のようにも見えるが、そうではない。
金属製の体──ツクヨミは魔導機械人形なのだ。
その内部には、魔力路や歯車などの人工物が詰まっている。
「儂もお前に会えたことを嬉しく思うぞ、ツクヨミ」
ゼガートは鷹揚にうなずいた。
「ここにいるシグムンドとともに、働きを期待している」
と、傍らにいる鳥の獣人魔族に視線を向ける。
シグムンドは無言で恭しく頭を下げた。
「魔王城の調査はどうなっている?」
と、ツクヨミに向き直るゼガート。
「自分の配下に探らせましたが、魔神眼様に見つかり、自爆させました」
「ふん、ステラの『眼』はさすがにごまかせんか」
ゼガートはうなった。
「制御室は厳重に守られていて、なかなか近づけません。ですが、周辺の機構部については調査を終えているのであります。魔王城に組みこまれた防衛機構や『あの力』についても推測やある程度の解析は可能かと」
「ほう」
「自分は前軍団長の『錬金機将』イザナ様から何度か聞かされていたのであります。無論──機密情報ですので、他にはもらしておりません」
と、ツクヨミ。
「うむ、その情報は魔王にも伝える必要はない。儂にだけ教えよ」
「はっ」
「機は熟した」
ゼガートはゆっくりと立ち上がった。
「儂が持っている魔王剣の欠片に、シグムンドが新たに回収した欠片と奇蹟兵装。そして魔界屈指であるお前の錬金術。これらがあれば、我が大願は成就するであろう」
と、足元にかしずく機械人形と鳥の獣人魔族を見下ろす。
「では帰還と行こうか」
「了解であります」
「御意」
「まずは魔王フリードへの謁見だ。奴の器を見極めておくとしよう。そして、いずれ我が物になる玉座も──」
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