11 最凶の出現
リーガルの剣が水の王の中心部を貫いた。
「朽ち果てろ!」
刀身からありったけの瘴気を送りこむ。
「ぐっ……がああああああっ……!」
水の王が兵器らしからぬ絶叫を上げた。
リーガルの放った瘴気は、聖なる気配をまとった水の王にとっては猛毒のようなものだろう。
それが体内で爆発的に広がり、蒼い巨竜の体がボロボロに朽ちていく。
リーガルは剣を引き抜いて跳び下がった。
「すごい……伝説の兵器を倒しちゃいました」
「さすがに、大した戦闘力だな」
背後で、警備隊長のリリムと魔軍長のステラが感嘆の声をもらす。
「やるねー、リーガル」
上空では冥帝竜が楽しげに言った。
「貴公らの援護が効いた。礼を言っておく」
リーガルは彼女たちに告げ、水の王に向き直った。
すでにその体は残骸と化している。
復活してくる気配はない。
「……これで終わりか? 最強と謳われた天想覇王があっけないものよ」
確かに、水の王は強かった。
だが、神話や伝説で聞いていたとおりなら、もっととてつもない戦闘能力を持っているはずだ。
どうにも違和感がぬぐえなかった。
「──まだだ!」
ふいに、ステラが叫んだ。
空中に、亀裂が走った。
「亜空間転移現象だと……!?」
ステラがつぶやく。
「何かが、来る──」
空間の裂け目が大きく開いた。
その向こうから飛び出してきたのは、二つの光球。
紅と、碧。
「魔軍の戦力評価を修正する。我ら単体では敵わぬ」
「我らの目的──魔軍の殲滅と魔王城に秘められたものを奪取するために」
二つはそれぞれ獅子と鳥の姿に変わり、さらに体の各部を折りたたみながら変形する。
「今こそ、神より与えられし使命を果たすとき」
水の王が立ち上がり、同じく体を変形させながら、二体と折り重なった。
次の瞬間、純白の光の柱が立ちのぼる。
「これは──」
リーガルは呆然とその光景を見つめた。
全身がひとりでに震えた。
震えて、止まらなくなった。
自分が強烈な畏怖を覚えていることに気づく。
先ほどまでの水の王とは、まるで別次元の神気に。
「この形態を使うのは、最後の手段。力が強すぎて、魔界そのものを破壊しかねない──」
光の柱が砕け散った。
「魔王城に眠る『アレ』を破壊しかねない……だが、魔族たちの殲滅を今は優先する……後々、神の脅威となりかねないゆえに……」
現れたのは、全長百メートルはあろうかという巨人。
純白の鎧をまとった騎士、といった姿だ。
背中から十二枚の輝く翼を生やし、右手には身の丈を超える巨大剣を携えている。
その荘厳な雰囲気は、神や天使を連想させた。
「三体の天想覇王が……合体した……!?」
リーガルがうめいた。
水の王単体から感じたプレッシャーの数十倍、いや数百倍の圧力を感じる。
相対しているだけで全身が押し潰されそうだ。
まるで、魔界すべてを覆い尽くすほどの神気──。
「……なるほど。これが真の天想覇王か」
伝説になるわけだ、とリーガルが内心でつぶやく。
刹那、視界が閃光で覆われた。
「っ……!?」
閃光が大地を一直線に薙ぎ払った。
その軌道上にあるものがまとめて焼かれ、吹き飛び、爆裂する。
「こいつ……!」
リーガルは戦慄した。
魔王城の一部が吹き飛び、白煙を上げていた。
さらに、王都の外に広がる瘴気の森が消滅し、狂気の川が半ば干上がり、絶望山脈が大きく削り取られている。
地形すら変わるほどの超火力──。
攻撃範囲内にいた魔族は、おそらく一瞬で蒸発しただろう。
「我は光の王。かつて魔王ヴェルファーを討った最強の兵器」
三体の天想覇王が合体した兵器──『光の王』が静かに告げた。
「その力を持って、魔族をすべて滅ぼす」
「滅ぼすだと」
リーガルは骨の剣を握り直す。
どれだけ圧倒的な力を見せつけられようと、彼の闘志が萎えることはない。
「貴様らはいつも……ただ我らを一方的に……」
傷つけ、踏みにじり、殺す。
かつて友に裏切られたときに記憶がよぎる。
俺は、虐げられ続ける運命なのか。
いや、違う。
「俺は魔軍長が一人、『不死王』リーガル。魔界に仇なすすべてのものを打ち砕く剣なり!」
理不尽な暴力すべてに立ち向かい、戦う──。
それがリーガルの根源だ。
「たとえ相手がどれだけ強くても──」
髑髏の剣士は全身に瘴気のオーラをまとった。
そのオーラを後方に向かって一気に解き放つ。
紫色の軌跡を描き、リーガルは爆発的な勢いで突進した。
「──無駄だ」
光の王が、手にした剣を一閃する。
直後、リーガルの全身をすさまじい衝撃が襲った。
「俺……は……」
一瞬、意識を失っていたのだろうか。
光の王はあいかわらず魔力砲を断続的に放ち、魔界を焼き払っている。
悲鳴が、叫喚が、響き渡る。
「やめ……ろ……」
立ち上がろうとしたが、力が入らなかった。
体がバラバラになっていることに気づく。
「まだだ──」
リーガルは骨の欠片になった自分の体を浮遊させた。
アンデッドの彼に『死』という概念はない。
生命力ともいえる瘴気さえ残っていれば、何度でも砕けた体を再生できる。
行動不能になるまで戦い続けるのみだ。
「次、左上方三十度、撃て!」
ステラはなおも魔族部隊を指揮していた。
「奴の装甲強度は並はずれている! 攻撃を集中させろ!」
凛とした声で味方を鼓舞しているが、戦力差は明らかである。
冥帝竜の姿はなかった。
あの気まぐれな竜のことだ。
光の王の圧倒的な戦闘力を前にして、逃げ出したのかもしれない。
「……貴公らでは無理だ。俺が行く」
リーガルは砕け散った体の各部を集め、再生した。
「だめだ、リーガル。奴には勝てない」
ステラが首を左右に振る。
「とにかく王都の民の避難を優先させよう。それまでの時間を私たちで稼ぐ」
「時間を稼ぐ? 何を弱気な」
リーガルが言った。
骨の剣を右手にだらりと下げ、光の王に向かって歩みを進める。
「奴は、俺が倒す」
全身から瘴気を噴き出し、光の王に向かって突進した。
「消えよ、矮小なる魔族」
光の王から無数の光弾が飛んできた。
腕を、足を、次々と砕かれる。
「俺は……止まらぬ……!」
砕かれてもなお、リーガルは突進した。
どれだけ傷付けられようとも──いや、傷つけられるほどに。
リーガルの中の闘志は高まっていく。
どこまでも、高まっていく。
「砕けるものなら砕いてみるがいい! 俺は──たとえ最後の一欠片になろうとも、貴様に一撃を浴びせる!」
さらに骨のあちこちが消滅した。
「身も心も砕かれても、俺の魂は砕けん! くらえ──」
突き出した剣が、光の王の装甲に届いた。
不可侵とも思えた装甲にわずかな傷がつく。
だが──そこまでだった。
光の王は全身からさらに強烈な輝きを放ち、リーガルを吹き飛ばす。
「がはっ……!?」
腕も剣も砕け、髑髏の顔面だけになったリーガルは地面に叩きつけられた。
「……ここまで、か」
体を再生しようにも、エネルギー源となる瘴気が尽きかけていた。
不死身の体を利用して敵に肉薄し、致命の一撃を叩きこむつもりだったが、相手の攻撃能力と防御能力はリーガルの想像をはるかに超えていた。
「いいかげんに消し飛べ」
光の王が大剣を掲げ、振り下ろした。
そこから放たれる光の斬撃波。
聖なる気をまとったその攻撃は、リーガルの残存瘴気ごと消滅させるだけの威力を持っているだろう。
「無念……」
うめいた、刹那。
ほとばしった黒い輝きが、光の王の斬撃波を消し飛ばした。
「何……!?」
驚きの声は、リーガルと光の王の双方が発したもの。
「よく耐えたな、リーガル」
そして凛とした声は、上空から響いた。
「あなたは──」
呆然と空を見上げるリーガル。
そこには黒い竜に乗った仮面の魔王の姿があった。
「待たせて悪かった」
冥帝竜からフリードが降り立つ。
ばさり、とローブの裾をひるがえし、魔王は悠然と進み出る。
その全身から、強大な魔力のオーラが立ち上っていた。
天想覇王が放つ神気すら飲みこむほどの、超絶の魔気。
「魔王……様」
「後は任せろ」
告げて踏みだした魔王の後ろ姿を、リーガルは静かに見つめる。
正直、フリードのことを心の底から認めたわけではない。
力こそ圧倒的だが、精神的な甘さは目に余る。
魔王としての資質を備えているかは疑わしい。
だが今は。
今だけは──。
「……奴を倒してください、魔王……様」
彼の力が頼もしい。
今まで出会ったどんな魔族よりも、頼もしい。
安堵感と、そして史上最強の魔王が天軍最強兵器に挑む様を見届けたいという興奮が湧き上がる。
あるいは、人間からアンデッドになって以来、初めてかもしれない。
これほど心が熱く、燃え立つのは──。