8 極魔導VS風の王
ジュダは天想覇王の一体、風の王と対峙していた。
全長は二十メートルほど。
翡翠色の装甲をまとい、三対六枚の翼を備えた怪鳥──といった姿をしている。
「魔術師型の魔族。総合LV620。MP9000──魔王クラスをも凌ぐ魔力量」
風の王がジュダをまっすぐに見据えた。
その瞳が明滅している。
どうやら相手の力量を測定する機能があるらしい。
「夢魔型の魔族。総合LV220。ステータスは幹部クラスの平均レベル。精神に作用する魔術やスキルに特化している」
「あら、あたしの力もお見通し?」
と、フェリア。
「でもスリーサイズは教えないわよ。魔王様になら教えてあげてもいいけど、ふふ」
「我が装甲に魔法は通じない。兵器に過ぎない我には心がなく、精神作用魔法も通じない。ゆえに、汝らが我を倒すことは不可能」
「自信たっぷりだね」
ジュダは不敵に笑った。
「なら、その性能を試させてもらおうかな。天想覇王と一対一では戦ったことがないからね。天軍最強兵器のスペックがどの程度のものか……興味深い」
心に湧き上がるのは闘争心ではなく、あくまでも未知の兵器に対する興味だった。
「フェリア、君にはサポートと他の魔族の防御を頼みたい。奴の相手は私がするよ」
「勝てそうかしら?」
「さあね」
たずねるフェリアに肩をすくめるジュダ。
白銀の髪を軽くかき上げ、微笑む。
「神話の時代に戦ったことがあるけど、そのときは──」
言い終わる前に、風の王が六枚の翼を羽ばたかせ、空に飛び上がった。
「吹き飛べ、魔族」
翼の羽ばたきが無数の竜巻を生み出した。
「『メガウィンド』!」
ジュダは最上級の風魔法でその威力を相殺する。
威力は、互角。
互いの放った風がぶつかりあい、ともに消滅した。
「あいかわらず魔力量が高いね、天想覇王は……」
ジュダはわずかに苦笑した。
魔王ヴェルファーでさえ手こずらせるほどの戦闘能力は健在、というところか。
「とはいえ、魔法なら私も負けないよ」
「確かに我らの魔法攻撃力はほぼ五分のようだ」
と、風の王。
「だが──それゆえに、我の勝利は揺るがない」
「へえ……じゃあ、試してみようか」
ジュダは飛翔魔法を唱え、空中に飛び上がった。
「我に空中戦を挑むか。身の程知らずが」
風の王が羽ばたく。
「『ブラスティフェザー』」
六枚の翼から、無数の風の刃が打ち出された。
それらがジュダの体を切り裂く──と見えた瞬間、その姿がかすんだ。
「むっ?」
「君の攻撃は大味だからね。私には当たらないよ」
風の王の側面に出現したジュダが笑う。
高位の飛翔魔法を無詠唱で発動し、一瞬で攻撃圏内から逃れたのだ。
「ほざけ」
風の王が緑色に輝く魔力弾を放った。
その数、実に数千。
「数を撃てば当たる──なんて粗い戦略だね」
「いくら汝が速かろうと関係ない。圧倒的な魔力で打ちのめす」
魔力弾は空中でさらに分裂した。
数千──いや、数万単位の魔力弾が四方からジュダに迫る。
避ける場所などどこにもない。
爆発とともに、ジュダの体は撃ち抜かれ、消滅する。
「手ごたえあったぞ! 口ほどにもない」
哄笑する風の王。
「さすがの汝も避け切れなかったようだな」
「避ける? そもそも必要ないね」
ジュダは風の王の背後で笑う。
「何、貴様──!?」
「幻影だよ」
淡々と説明するジュダ。
「古典的な手だ」
「馬鹿な……!? 気配も魔力も、完全に本物と同じ幻影など──」
「私はこれでも数万年単位で魔法の腕を磨いてきたからね。本物と同等の幻影を作るくらいは簡単なことさ」
ジュダはくすくすと笑って、手をかざす。
魔力が集中し、その手に蒼い輝きが宿った。
「君は──天想覇王は、確かに手ごわい。だけど、それは三体が連携してきたときの話だよ」
こうして一対一なら、話は別だ。
魔王クラスと同等以上の魔力を持つジュダにとって、勝てない敵ではない。
「さよなら、神の遺物──『アクアバインド』」
無数の水流が蛇のごとく伸びていき、風の王を縛り上げる。
「う、動けん──」
「『メガサンダー』!」
表面装甲をたっぷり濡らして伝導率を上げたところで、最上級雷撃魔法を食らわせた。
魔導と機械技術の混合で作成された天想覇王なら、この攻撃は効くはずだ。
「……無駄、だ」
だが風の王は全身を揺すると、雷撃も水流も弾き飛ばしてしまう。
「我が装甲はミスリル製。生半可な魔法など通じぬ」
「なるほど、最上級魔法すら弾くのか」
「……ふん、今のは我も危なかった。だが、二度とこんなことはないぞ。汝の実力は理解した」
風の王がうなる。
「かつて戦ったときよりも、はるかに腕を上げた──とな。その認識を持って、汝を確実に消すとしよう」
戦闘が、再開された。
ジュダは牽制と本命の攻撃を巧みに混ぜ、幻影を交えたフェイントで風の王を惑わせる。
相手の攻撃はほとんどが風属性のため、相性のよい属性の魔法で迎撃し、ほぼノーダメージである。
「おのれ……っ」
風の王はジュダに翻弄されっぱなしだ。
「言ったろ、君の攻撃は大味すぎるって」
「こざかしい魔法ばかりを使いおって──」
「君が単純すぎるんだよ。自律兵器の宿命ってやつだね」
戦いは、ジュダが押し気味に進めていた。
一気に押し切るのは難しいが、ジリジリと押しこみ、勝てる──。
そう思った矢先のことだった。
「えっ……?」
視界の端を、緑色の光弾がかすめる。
流れ弾が魔族たちに向かっていた。
空中で高速移動しながら魔法を撃ち合うことに注力するあまり、味方への意識が一瞬逸れたのだ。
(私としたことが──)
位置関係まで計算して戦っていたはずなのに。
詰めの部分で、こんなミスをするとは歯がゆかった。
緑色に輝く巨大な魔力弾が、フェリアや他の魔族たちに向かっていく。
ジュダならともかく、他の魔族ではとても防ぎきれないレベルの攻撃だ。
魔軍長のフェリアとて、得意とするのは精神干渉系の魔法。
直接攻撃や防御系の魔法では、やはりジュダよりも劣る。
「間に合え──」
ジュダは空中で加速した。
飛翔魔法のスピードを最高速まで上げる。
(──私は、どうしてこんなことを)
ふいに疑問が湧く。
自分はなぜ、ここまで必死になっているのだろう。
魔族とは『力』ある種族。
強き者は生き、弱き者は死ぬ──それが魔界のルールであり、ジュダの価値観でもある。
その、はずだ。
(なのに、私は──)
『危ない、ジュダ!』
『なぜだ、ヴェルファー……なぜ私をかばった……!?』
『友を守るのは……当然だろう……』
かつての友の声が、脳裏によみがえった。
あるいは、彼にほだされたのだろうか。
どこかヴェルファーに似た雰囲気を持つ、彼に。
人から魔へと生まれ変わった、変わり種の──そして最強の魔王に。
「『ルーンシールド』!」
間一髪で魔族たちの前に立ちはだかり、魔力障壁を張る。
「なるほど。それが汝の弱点か」
風の王が六枚の翼を羽ばたかせた。
「この位置関係なら幻影で我を惑わせることもできぬ」
「こいつ──」
味方を守るために動きが止めたジュダは、相手からすれば格好の標的だろう。
「終わりだ、魔族」
そして、数万の魔力弾が降り注いだ。
「くっ……!」
ジュダはありったけの魔力を注ぎ、防御壁を生み出す。
天想覇王の膨大な魔力をすべて受け止め、弾き、受け流す。
「ぐうううううっ……ううぅぅぅぅぅっ……!」
さすがに、重い。
正面から受け止めて、全部防ぐというのは、いくらジュダの魔力をもってしても厳しい──。
大爆発とともに、周囲一帯が吹き飛んだ。
「ふん、ようやく手ごたえがあった」
風の王が告げた。
「はあ、はあ、はあ……」
ジュダの息は荒い。
美しい銀色の髪は乱れ、紫の衣装は破れ、褐色の肌のあちこちから血がにじんでいる。
「ジュダ……!」
背後でフェリアが息を飲むのが分かった。
「あたしたちをかばって……!?」
他の魔族たちも心配そうな顔をしているに違いない。
仲間を守るために傷つき、みずから不利な状況に飛びこんでいく──。
「ふふ、私としたことが……彼と同じことをするとは……ね」
血まみれのジュダが、薄く笑った。