7 異空間の対峙
赤、青、緑、黄色──色とりどりの光がきらめく異空間。
その中で、俺は真紅の巨獅子と対峙していた。
「神の兵器である我が、邪悪な魔王などに追い詰められるだと……」
炎の王がうめく。
その全身から、猛烈な火炎が噴き上がった。
奴の闘志を表わすかのように。
「だが、いい気にならないことだ。悪が栄えた試しなどない──いずれ万能なる神が汝らを滅ぼす」
「滅ぼされてたまるか」
俺は炎の王をにらんだ。
「魔界は、俺が守る」
「魔族に生きる価値などなし」
「……なぜお前たちは魔族を目の仇にする? 停戦することはできないのか」
「悪しき生命体である魔族に生きる価値などなし。悪しき世界である魔界に存在する価値などなし」
魔族はすべて滅ぼす、という断固たる意志が伝わってくる。
「やっぱり交渉の余地はない、か」
ならば──さっさと破壊するか。
俺は奴に向かって手をかざした。
魔力を、集中する。
狙うは装甲の傷口だ。
そこに『ファイア』か『サンダー』辺りを撃ちこめば倒せるだろう──。
「……待て、撃つな」
炎の王の語調が変わった。
「汝の目的は、我との交渉か? 話を聞こうではないか」
「……急に態度が変わったな」
訝しむ俺。
何かを企んでいるのか。
だが──仮に何かを仕掛けてきても、戦闘能力の差を考えれば十分に打開できるだろう。
せっかくだから聞けることは聞いておくか。
情報収集だ。
「お前たちはどこから来たんだ? 魔界は結界に守られているはずだ」
まず、ここは聞いておきたかった。
もしかしたら、結界に不備があって、外界との通り道ができているのかもしれない。
「この異空間を通って、魔界まで来たのか?」
「違う」
炎の王が首を振った。
「ここはどこにもつながらない『行き止まり』の空間だ。我らは結界を通って魔界まで来た。一月ほど前のことだ。結界に穴が空いているのを発見してな」
急に饒舌になったな、こいつ。
あるいは、この会話に俺が気を取られている隙を狙って、反撃してくるつもりだろうか。
とはいえ、情報を得るチャンスではある。
このまま会話に乗ることにした。
「じゃあ、その穴がなければ、お前たちは魔界に入ることはできなかった、と?」
「正確に言うと少し違う。聖なる力が強ければ強いほど、魔界に入る際には大きな通り道が必要になる。それこそ結界そのものを消滅させるほどの、な。この間の穴ではとてもサイズが足りなかった」
と、炎の王。
「神が直接手を下さず、人間に武器を与えて魔族と戦わせているのもそのためだ。我ら天想覇王や、熾天使級の奇蹟兵装を持つ者、あるいは天使や神は……結界に多少の穴を空けた程度では、魔界には入れないのだ」
つまり天軍や勇者軍の中で強い力を持った者は、結界があるかぎり魔界まで侵攻してくることはない、ってことか。
「じゃあ、お前たちはどうやって魔界まで入った?」
「力を弱めたのだ。極限まで、な」
炎の王が語る。
「我ら天想覇王は聖なる力を限界まで弱体化させた上で、結界を通り抜けた。そして魔界の辺境で休眠に入った。少しずつ力を蓄えつつ、機を待った……そして、汝の力を感じて目を覚ましたのだ」
いったん弱くなった後、ふたたび魔界で活動できる状態まで力を高めていった、ってことか。
そんなことが可能なら、本来は結界を通れないレベルの連中──熾天使級の奇蹟兵装を使う勇者や天使、神なんかも同じ方法で魔界に入れるんじゃないか?
魔界の防衛体制については、その辺りも考慮に入れておくべきか……。
「じゃあ、次の質問だ。お前たちの狙いは?」
「この世界には、かつて神の世界から失われたものがある」
「えっ」
「……いや、汝らにはかかわりないことだ」
ふいに、炎の王の気配が変わった。
「そろそろ、おしゃべりの時間は終わりだ。我の力は回復した」
全身から激しく火炎を噴き出し、俺から距離を取る。
「わざわざ会話に付き合い、我が力を取り戻すのを傍観するとは……甘いな、魔王」
今の会話は俺の隙を伺うためじゃなく、回復のための時間稼ぎだったか。
「甘い? これはただの余裕だ」
俺は右手をまっすぐに突き出した。
「回復して早々で悪いが──今度こそ消えてもらう」
その手のひらに魔力の光が収束していく。
すでに奴の装甲には傷がついている。
そこから撃ち抜けば、一撃で倒せるだろう。
「馬鹿め。貴様も消えるのだ!」
突然、炎の王が突進してきた。
その全身がまばゆく発光する。
これは──?
自爆でもする気か!?
「『サンダーバースト』」
俺はかまわず雷撃を放ち、炎の王を撃ち抜いた。
大爆発が起きる。
俺は魔力障壁をすぐに張って無傷である。
「伝説の兵器の割にあっけないな」
俺がつぶやいた瞬間──。
強大な気配を、感じた。
「よくやった、炎の王。魔王を閉じこめることに成功したな」
異空間の外から声が響く。
「自爆での合図も上出来だ。これより我は魔族の殲滅に向かう」
「あいつは──」
確か、天想覇王は全部で三体いるはずだ。
おそらく、そのうちの一体か。
炎の王があっけなく倒されたのは、残りの二体に合図を送るためだったのか。
あわよくば、その自爆の衝撃波で俺を倒すことも目論んだんだろうが──。
「『メガファイア』!」
俺は最上級火炎呪文を放った。
だが紅蓮の炎ははるか前方で爆発を起こすのみ。
手ごたえがない──?
この異空間が広すぎるせいだろうか。
空間に裂け目を作って脱出しようと思ったんだが、簡単にはいかないかもしれない。
「ジュダ、フェリア! 俺が戻るまで、残りの二体を食い止めておけ!」
俺は声を張り上げた。
「魔王様?」
「出られないのかい、魔王くん?」
フェリアとジュダの声が聞こえる。
どうやら外まで会話は届くみたいだ。
あるいは、フェリアかジュダの力で俺の言葉を探知したんだろうか。
ともあれ意思疎通ができるのはありがたい。
「攻撃魔法を撃っても手ごたえがない。脱出するのに時間がかかるかもしれない」
説明する俺。
「その間は、お前たちで魔界を守ってくれ。すぐに俺も行く──」
※
神が造りだした対魔王用決戦兵器『天想覇王』。
そのうちの一体──水の王。
ステラは険しい表情で蒼い巨竜を見据えていた。
「なんという魔力量だ……!」
第三の瞳で走査し、うめく。
眼前の敵は、魔王クラスと同等以上の魔力を備えていた。
歴代魔王の中でも規格外のステータスを持つフリードを除けば、だが。
いわば、自分たちが戦おうとしている相手は、魔王と同じか、それ以上の強さということだ。
(勝てるのか……いや、立ち向かえるのか、私たちは)
「奴の弱点は分かったか、ステラ魔軍長?」
剣を構えたまま、リーガルがたずねる。
「……見つからない。奴の装甲は魔力を弾く。おそらくお前のエナジードレインでもダメージは与えられない。唯一の突破口は物理攻撃だろう」
「ふん。つまり剣で打ち倒せばいいわけか。分かりやすくていい」
リーガルが無造作に進み出た。
「加勢しようか、リーガル?」
上空から巨大な竜が降り立った。
冥帝竜だ。
「まずは俺が様子を見る。貴公は控えていてくれ」
リーガルが首を振る。
「天想覇王は全部で三体。まだ他にも出てくるかもしれんからな」
「相手の火力は魔王クラスだ。いくらお前が不死の魔物でも、存在自体を消滅させられれば終わりだ。気を付けろよ」
「誰に言っている」
忠告するステラに、リーガルは不敵な台詞を返した。
「対魔王兵器か。相手にとって不足なし」
髑髏の剣士と水の王が正面から向かい合った。
互いの距離は百メートルほどだろうか。
「『不死王』リーガル・ヴァナ・セントーラ──参る!」
告げて、地を蹴る髑髏の剣士。
「消えよ、邪悪なる魔族ども」
水の王が口から水流を吐き出した。
「『ハーデスブレード』!」
リーガルの斬撃が、それを真っ二つに切り裂く。
「ほう、水をも斬る魔剣か」
「この程度では牽制にすらならんぞ!」
骨を組み合わせたようなデザインの禍々しい剣を振りかぶるリーガル。
怒涛の勢いで振り下ろした剣は、
ばきんっ。
鈍い音とともにへし折れた。
「我が剣が──」
「奴の装甲は高圧の水による刃で守られているようだ。うかつに近づくな、リーガル」
ステラが告げる。
「ふん、物理攻撃対策も万全ということか」
リーガルは折れた剣を一振りした。
散らばった骨のようなパーツが集まり、あっという間に剣の形に再生する。
「だが、俺と同じく、俺の剣もまた不死。次は貴様を切り裂いてみせよう」
「魔族は、殲滅する。それだけだ」
水の王が静かに告げる。
──死闘が、再開された。
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