6 魔王VS炎の王
翌日、俺たちは『天想覇王』の元へ進んでいた。
「そろそろですね、魔王様」
フェリアがすり寄ってくる。
「……!」
あいかわらずこいつと向き合っていると、全身がゾクゾクするような感覚がある。
胸が甘く疼くようなときめきを覚えてしまう。
高位の夢魔は半ば無意識に魅了魔法を放っているらしく、そのせいだろうと彼女から言われた。
昨日迫られたときに告げられたのだ。
「どうかなさいました、魔王様?」
フェリアが軽く首をかしげる。
「……いや、なんでもない」
俺は小さく首を振った。
「あ、昨晩のことを思いだしたんですね」
「……お前があんなふうに迫るからだろ」
仮面越しに軽くにらんでしまった。
俺をからかっているのか、それとも──。
フェリアはくすりと笑い、俺に顔を近づけた。
「言っておきますけど、あたしがこんな風に迫るのは魔王様だけですからね……」
と、耳元に小声でささやく。
「フェリア?」
「誰にでもアプローチするような女だと思われたくないので」
フェリアはまた微笑んだ。
どこまでが本気なのか、どうにも捉えどころがない。
小悪魔的な笑顔だ。
「ステラだけじゃなくて、あたしのことも気にかけてくださいね、魔王様」
「なんで、そこでステラの名前を出すんだ」
「あら、とぼけてらっしゃるんですか?」
フェリアはくすくすと笑う。
「とぼけるも何も……」
本当に分からないんだが。
と、
「備えて」
ジュダが俺たちの会話に割って入った。
「えっ?」
「──奴がいる」
短く返ってきた言葉に、俺は仮面の下の表情を引き締めた。
次の瞬間、
轟っ!
俺たちの眼前で、紅蓮に燃え盛る柱が立ち上った。
「邪悪なる者ども、我が元まで来たか」
柱の中から声が響く。
「この気配──魔王だな」
「……話せるのか」
俺は炎の柱を見据える。
おそらく、柱の中にいるのは──、
「我はすべての魔を滅するために、神に造られしもの。魔王よ、汝を破壊する」
炎の球が、弾けた。
そいつは真紅の装甲をまとった巨大な獅子となって、俺たちの前に立ちはだかる。
体長は三十メートルほど。
たてがみから紅蓮の炎を吹き出していた。
「こいつが──『天想覇王』か」
俺はごくりと息を飲んだ。
さすがに、巨大だ。
「そのうちの一体、『炎の王』だね」
と、説明するジュダ。
「ジュダ、何かあれば全員の防御を最優先に」
「りょーかい」
ジュダが気軽な調子でうなずいた。
「フェリアは精神干渉系の攻撃が来たときに備えてくれ。同じく防御優先だ」
「お任せを」
フェリアが艶然と微笑んだ。
「その前に聞いておきたい」
俺は一歩前に出た。
「まずお前たちはどこから侵入した? 魔界は結界に守られているはずだ」
「魔と話すことなど何もない」
炎の王の返事はそっけなかった。
「我が神から授けられた使命は一つ。魔を滅ぼすこと」
真紅の装甲のあちこちから炎が噴き出す。
完全に戦闘態勢のようだ。
俺は、いつでも迎撃できるように魔力を高めておく。
「もし、俺たちが人間界に手を出さないと言ったらどうする?」
なおも言葉を継ぐ俺。
「へえ、神の兵器にそんなことを聞くなんて……やっぱりヴェルファーとは違うね」
ジュダがくすくすと笑った。
「でも、根っこのところは似ているのかもしれない」
「交渉は我の任にあらず。我が任務は戦闘。魔の殲滅」
炎の王の返事はこれ以上ないほど、そっけなかった。
「ゆえに破壊する。汝らすべてを」
告げて、地を蹴る炎の王。
速い──。
その巨体からは信じられないほどの速度で接近してくる。
「『ボルティックブレード』!」
俺は雷の剣を生み出した。
炎の王は避けるそぶりも、防御態勢に入る様子もない。
受け止める気か──?
俺は構わず剣を振り下ろす。
がいんっ!
金属音が響き、雷の剣が弾け散った。
「これは……!?」
「燃え尽きろ、魔王」
炎の王のたてがみから火炎が渦を巻いて飛び出した。
「『ルシファーズシールド』」
魔力障壁でそれをなんなく跳ね返す俺。
爆発の余波が周囲に飛び散った。
背後の魔族たちにもその一部が迫る。
「ジュダ!」
「はいはい、『ルーンシールド』っと」
俺の呼びかけに答えたジュダが、魔力障壁を生み出した。
荒れ狂う炎から、自身と魔族たちを守るジュダ。
さすがに奴の魔力は高い。
攻撃の余波はそれほど気にしなくてよさそうだ。
「なら、後はこいつを破壊することだけに注力すればいいな」
俺は魔力を集中した。
いくらジュダが余波を防いでくれるとはいえ、万が一ということもある。
広範囲破壊魔法はなるべく使いたくない。
先日のジュダとの訓練で編み出した、魔力収束型の攻撃でいくか。
「『天想覇王』の表面装甲は神聖銀でできているから気を付けてね」
背後からジュダが言った。
「ミスリル?」
「神が生み出した素材さ。奇蹟兵装の一部にも使われているんだけど、魔力に対して強い耐性を持っている」
と、解説するジュダ。
「いくら君でも、生半可な魔法では通じないよ」
「なるほど……」
さっき『ボルティックブレード』が弾け散ったのは、それでか。
だからといって、破壊力が高すぎる魔法は使いづらい。
巻き添えを避けるために、ジュダたちにいったん距離を取ってもらうか──。
と、考えたところで、炎の王が突進してきた。
「『メテオブレード』『ボルティックブレード』『アクアブレード』『ウィンディブレード』」
俺は炎、雷、水、風の魔力剣をそれぞれ数百単位で生み出した。
そのすべてを矢のように打ち出す。
斬る。
四種の属性の魔力剣で、赤い巨体をひたすらに斬りつける。
ばぢぃっ、ばしゅっ!
斬りつけては、弾け散る無数の魔力剣。
やはり、こいつの装甲は強い対魔力性能を備えているようだ──。
「無駄だ。我が装甲はあらゆる魔法を防ぐ。汝の勝ち目はない」
「『ラグナボム』」
構わず俺は黒色のエネルギー弾を放った。
轟音とともに、今までビクともしなかった真紅の装甲の一部が砕け散った。
「これは!?」
炎の王が初めて動揺の声を上げた。
どれだけ硬い防御でも攻撃を一点に集中すれば、ダメージは蓄積する。
そして、やがては撃ち抜くことができる──。
かつて戦った四天聖剣ルドミラと同じ戦法だ。
「斬り裂き、弾け!」
俺は魔力を集中し、剣の形をイメージして放った。
ジュダとの訓練で会得した、魔力斬撃。
奴に言わせれば、まだまだ収束は甘いらしいが、それでも俺の右手から伸びた黒い魔力は炎の王の装甲を貫いた。
「おのれ……」
傷を受けた場所から黒煙を噴き出し、後退する炎の王。
とどめだ──俺は踏みこんだ。
刹那、
「『ゲート』!」
炎の王が呪言を叫ぶ。
同時に、上空に黒い亀裂が出現した。
あれは、空間の裂け目か!?
その中に飛びこむ炎の王。
次の瞬間、亀裂が閉じ始める。
異空間に逃げる気か──。
「ジュダ、俺を飛ばせ。奴を追いかける!」
「りょーかい」
ジュダが俺に向かって手をかざした。
「『グラビティロード』」
ふわり、と俺の体が浮かび上がる。
重力操作系の呪文だろうか。
弾丸の勢いで俺の体は空中に向かって射出された。
飛翔系の魔法よりも、はるかに速い。
ジュダは、見事に重力をコントロールしているようだ。
こういう『魔法の技術』なら、やはりこいつはずば抜けているな。
上空では、空間の裂け目が急速に閉じていく。
「間に合え──」
俺は滑りこむようにして内部に侵入した。
「き、貴様……!」
炎の王がたじろいだように後ずさった。