5 接近
ステラはリリムや十数名の兵とともに、魔王城の地下に向かっていた。
階段を下りていき、やがて地下最下層までたどり着く。
「こんな場所まで来るのは久しぶりです~」
リリムがきょろきょろと周囲を見回した。
「城内警備でも、ここまで立ち入ることはほとんどないだろうからな」
ステラは額に第三の眼を開き、警戒しながら進む。
細い通路の左右には、むき出しの巨大な歯車がいくつも回っていた。
彼女にもそれがどういう機構なのかは、よく分からない。
魔王城自体に機械的な仕掛けが施されており、有事には戦闘にも使用される──という話は聞いたことがある。
その辺りは、第七軍の長である『錬金機将』の管轄だった。
まっすぐに進み、突き当たりにある部屋までたどり着いた。
『制御室』とプレートに刻まれている。
その向こうから、魔族の気配がした。
「立ち入り禁止区域のはずだが──」
ステラはつぶやき、隣のリリムに目配せする。
「行くぞ」
小声で告げ、身構えつつドアを開けるステラ。
室内は、あちこちに蒸気機関を思わせる機械装置が並んでいた。
その中心に、フードとローブ姿の魔族がいる。
「ひ、ひい、魔軍長様……!?」
後ずさる魔族。
フードの奥の顔は老人のものだった。
「ここで何をしている」
ステラが老魔族にたずねた。
「は、はい、その……」
「立ち入り禁止区域のはずだが? 第七軍のものか?」
魔王城の機械装置関係は第七軍が管理している。
彼はその一員かと思ったのだが、様子がおかしい。
「わ、私は、その……」
「答えろ」
心なしかびくりと震えたような魔族。
「その、軍の命令で……そ、そう、任務なんです」
明らかに態度が怪しい。
ステラは即座に千里眼を発動した。
見切る。
目の前の魔族の心の揺らぎを。
不安を。
恐怖を。
他者の心を完全に見抜くことは、さすがのステラにも不可能だ。
だが、断片的なイメージであれば──相手が高位の魔族でもない限り、ある程度までは見切ることができた。
老魔族の背後に、獣のようなシルエットがぼんやりと浮かび上がる。
やはり『錬金機将』絡みではない。
これは──。
「第七軍の任務というのは嘘だな? 獣帝ゼガートから命じられたのか?」
「ひ、ひいっ……」
たちまち動揺する老魔族。
半ば推測だったが、図星だったようだ。
「本当のことを答えろ」
ステラが一歩近づく。
とたんに、老魔族の全身が発光した。
「……!?」
「ステラ様!」
リリムが飛び出し、彼女を押し倒した。
ぐごぉうっ!
弾ける閃光。
全身を覆う、柔らかな弾力。
老魔族が自爆し、スライム化したリリムがその衝撃から守ってくれたのだ、と気づいた。
「……ありがとう、リリム。助かった」
「えへへ、お怪我がなくて何よりです」
スライム状態から人型に戻ったリリムが微笑む。
「それにしても──」
ステラは前方を見据えた。
まさか、いきなり自爆するとは。
ステラの『眼』で見抜かれるのを恐れたのだろうか。
──おそらくは、なんらかの企みを。
「そして、その企みは……」
ぎりっと奥歯を鳴らす。
まず間違いなく、獣帝ゼガートが首謀者なのだろう。
ただでさえ、二か月後に迫った勇者の侵攻に向けて、魔界が大変な時期だというのに、この上ゼガートの問題にも対処しなければならないとは。
「ステラ様……」
「階上に戻ろう、リリム」
気遣うようなリリムに、ステラは険しい表情のままで言った。
ステラはリリムや兵とともに階上まで戻った。
「ステラ魔軍長」
前方から、がしゃ、がしゃ、と甲冑の音を鳴らしながら、髑髏の剣士がやってくる。
「魔王城に何者かが近づいてくる」
リーガルの問いにステラは首をかしげた。
「何者か……だと?」
言われて、ハッと気づいた。
魔界にはそぐわない神聖な気配をまとった何かが、接近している。
並の魔族など歯牙にもかけない強大な力を感じた。
「魔王城の地下で不審な魔族が現れたかと思えば、今度は地上とは……魔王様がいないときに限って、トラブルが次々に起きるな」
ステラは千里眼を発動させ、接近する者の正体を探る。
「まさか、これは──」
ごくりと喉を鳴らした。
神話の時代に、神が作り出した最強の兵器。
多くの魔族を滅ぼし、始まりの魔王ヴェルファーすら苦戦させた存在。
「伝説の、天想覇王……!?」
うめくステラ。
「魔王様が向かった場所とは別の地点から現れたようだ」
リーガルが言った。
「伝説によれば天想覇王は全部で三体。やはり別の個体もいたということだろう」
「私たちを城に残してくれてよかった、というところか」
つぶやき、ステラはリーガルをにらむ。
「魔王城を──そしてこの魔界を守り抜くぞ。私たちは魔王様から直々に留守を預かるよう命じられたのだからな」
「当然だ」
次の瞬間、震動がますます激しくなった。
大気が、悲鳴を上げるかのように震え、軋む。
そして。
──大地が、割れた。
そこから噴水のように大量の水が噴き出した。
「な、なんというすさまじい魔力だ……!」
ステラがうめく。
全身が総毛立っていた。
歴代最強のフリードは例外として、おそらくは魔王クラスと同等か、それ以上。
「リリム、兵を率いて周辺住民の避難を急がせろ」
「はいっ、行ってきます!」
指示を出すと、リリムは元気よく叫んで去っていった。
「伝説の兵器というだけはあるな……」
ステラは険しい表情でつぶやく。
額に開いた第三の瞳には、はっきりと映っていた。
地割れの奥にひそむ、巨大な影が。
「来るぞ、リーガル」
ステラが告げた。
「うむ」
リーガルは兜をかぶり、腰の剣を抜き放った。
無数の骨を組み合わせたようなデザインの、いびつな長剣だ。
ほぼ同時に、噴水の中から何かが飛び出してきた。
竜。
青い装甲に覆われた全身から水流を間断なく噴き出した、巨大な竜だ。
「これが──『天想覇王』」
ステラがうめいた。
青い巨竜は、敵意に満ちた気配でこちらを見下ろしている。
「俺が先陣を切る」
リーガルが剣を手に進み出た。
「貴公は魔軍の指揮を。援護を頼む」
「……気を付けろよ、リーガル」
「ふん、お前から気遣うような台詞をもらうとはな」
「あいつは、今まで戦ってきた勇者たちとは別物だ。戦闘能力の次元が違う──」
「ならばこそ」
リーガルが剣を構えた。
表情のない髑髏の顔に、なぜか笑みが浮かんでいるように見えた。
「神話の時代に猛威を振るった神の兵器──我が剣にふさわしい獲物よ」
武人の、笑みが。