3 予兆
「ただいま戻りました、魔王様」
謁見の間に、古めかしい甲冑をまとった髑髏の剣士が現れた。
『不死王』の称号を持つ魔軍長リーガル。
現在、行方が知れない獣帝ゼガートを探すために、人間界まで出向いていたのだ。
「残念ながらゼガートたちの足取りはつかめませんでした。私の手の者に引き続き探索させておりますが、定時報告のためにこうして戻った次第です」
「ご苦労だった、リーガル」
玉座でうなずく俺。
「ところで──」
リーガルの視線が、俺の隣に立つ魔族へ向けられた。
銀色の髪に褐色の肌をした、美しい少年へ。
「ああ、お前には紹介がまだだったな。新たに魔軍長に就任した『極魔導』ジュダ・ルギスだ」
「へえ、上級アンデッドか。よろしくね、リーガルくん」
ジュダがにっこりとリーガルに手を振る。
「ジュダ……!? まさか、もっとも古き魔族の一人──」
リーガルがうめいた。
「歴代魔王の誰もが、彼だけは従えられなかったはず……」
「今代の魔王くんは変わり種だからね。興味が湧いたのさ」
悪戯っぽく笑うジュダ。
「とりあえずは、魔王軍の仕事を手伝ってあげるよ」
「……色々と変わったところはあるが、有能な奴だ。どうか力を合わせて、魔界のために尽くしてほしい」
俺はリーガルに、そしてジュダに言った。
「承知いたしました、王よ」
「気が向いた範囲で、ね」
うやうやしく頭を下げるリーガルと、あいかわらず気楽な口調のジュダ。
好対照な二人だ。
──ふいに、全身が震えるような強烈な悪寒が走り抜けた。
同時に、窓の外で赤い閃光が弾ける。
「なんだ……?」
仮面の下で眉をひそめる俺。
地平線の彼方で、真紅に輝く光の柱が立ち上っていた。
ぞくり。
背筋が強烈に粟立った。
あの場所に、何かがいる。
すさまじいまでの威圧感を放つ、何者かが。
「なぜ、魔界にあれが……?」
ジュダがわずかに眉を寄せた。
「『天想覇王』──」
「まさか、あの伝説の……!?」
リーガルがうめく。
「知っているのか、二人とも」
「ヴェルファーと天軍や勇者軍との戦いで出てきた兵器だよ」
ジュダが俺に説明した。
「君は、私の夢の中で見たことがあるよね?」
「ああ、そういえば──」
言われて、はっきりと思いだした。
「だけど、そんな代物がなぜ魔界にあるんだ?」
「さあ、ね? 確認に行ったほうがいいかもしれない」
と、ジュダ。
「昔のままの性能なら、魔族たちは確実に虐殺されるよ」
「……!」
俺はごくりと息を飲んだ。
「場所は分かるか?」
「これだけ強大な魔力をまき散らしていれば、ね」
「案内してくれ」
俺は玉座から立ち上がった。
と、
「魔王様、今の気配は──」
「ねえ、すごい嫌な予感がするんだけど~」
謁見の間にステラとフェリアが立て続けに入ってきた。
これで魔軍長四人がそろったことになる。
「『天想覇王』のようだ。かつて多くの魔族を滅ぼした、天軍の兵器──」
二人に告げる俺。
まあ、この説明はジュダからの受け売りだが。
「なぜそんなものが……」
「現れた理由は分からない。神話の時代に、ヴェルファーは三体の『天想覇王』と戦い、大きなダメージを与えた。だけど破壊には至らなかった」
ステラのつぶやきにジュダが答えた。
「傷を修復するために三体は戦線から離脱した。ヴェルファーは結局、その後の天軍や勇者軍との猛攻で討たれ、残った魔族は魔界まで敗走したんだ」
「動向を探るためにも、『天想覇王』の様子を見てくるべきでは?」
リーガルが提言した。
「そうだな……」
「よろしければ、私が。場合によっては、破壊いたします」
と、リーガル。
その全身から、目に見えるほどの闘気が噴き上がっていた。
「我が剣にふさわしい獲物と存じます」
……お前、ただ戦いだけじゃないか?
つい内心でツッコんでしまう。
「いや、俺が行こう」
相手は強敵みたいだ。
魔軍長といえども、一筋縄ではいかないだろう。
「リーガルはジュダとともに城の守りを頼む。これが陽動の可能性もあるし、そもそも『天想覇王』は全部で三体いるんだ。別々に攻めてこないともかぎらないからな」
「ですが、王自らが軽々しく出るのはどうかと──」
「戦力的には妥当じゃないかな。魔王くんは強いからね」
異論のありそうなリーガルと、気軽にうなずくジュダ。
「奴らは迷彩機能や空間変異、精神干渉など多種多様の魔術攻撃を操る。魔王くんも備えをしておいたほうがいいね」
「じゃあ、ジュダ。ついて来てくれるか」
「え、私も……?」
ジュダが驚いたように目を開いた。
「……めんどくさ」
こいつ、あからさまに嫌そうな顔をしやがった!?
「王命に対して、なんだその態度は」
息巻くステラ。
「魔王様からの直々のご指名だというのに──」
あいかわらず忠誠心に満ちたコメントだ。
「…………………………私だって魔王様と一緒に行きたいのに」
ん?
「君、王命だから怒ってるんじゃなくて、もっと個人的な感情で怒ってない?」
ジュダが笑う。
「自分が指名されなかったから拗ねてるとか?」
「これはずばり……恋ね!」
さらにフェリアまで嬉しそうな顔で叫んだ。
「い、いきなり、何を言うか、ジュダもフェリアも! 私はあくまでも、その、えっと、側近としての意見を──」
「あー……その、なんだ。『天想覇王』といえば、神が造った古代兵器だろう? 魔導の精髄ともいうべき代物だ。興味を惹かれるんじゃないか、ジュダ?」
際限なく脱線しそうな空気を元に戻すため、俺はジュダに言った。
「研究材料として、な」
「……!」
ジュダの顔色が変わった。
「なるほど、いいかもしれないね。同行させてもらうよ」
──なんとなく、こいつに言うことを聞かせる方法が分かってきた気がする。
「精神干渉攻撃を使う敵なら、あたしもいたほうがいいんじゃない?」
フェリアがすり寄ってきた。
むぎゅっ、と豊かな胸を押し当ててくる。
「フェリア、また魔王様にくっついて……」
「ふふ、ヤキモチ? やっぱり……恋ね!」
「だ、だ、だから違うと言っている!」
からかうフェリアに、ステラが顔を真っ赤にした。
「恋愛というやつか……? 俺には分からぬ」
つぶやくリーガル。
このままだと、また話が脱線してしまいそうだ。
「方針をまとめるぞ」
俺は無理やり話を本題に戻した。
「俺、フェリア、ジュダで『天想覇王』らしき敵の調査に向かう。ステラには、俺の代理として魔王軍の統率を。リーガルは新たな敵が現れた際には迎撃を。それぞれ頼みたい」
「承知いたしました」
ステラとリーガルが恭しく頭を下げた。
俺はフェリア、ジュダとともに魔王城から出発する準備を整えた。
「あの……魔王様」
出発間際、正門でステラが声をかけてくる。
「ん?」
「お気をつけて──」
ステラが俺を見つめる瞳は、わずかに潤んでいた。
「今回の相手は、強敵です。どうかご自愛を……」
「心配するな」
仮面越しに彼女を見つめる俺。
「俺の力は、お前も知っているだろう。天軍最強の兵器だろうと、すぐに片づけて戻る。留守中のことは頼むぞ」
そして──俺はジュダ、フェリアとともに出発した。
次回の更新は5月9日(水)です。
以後、3日に1話の更新ペースになります<(_ _)>