2 神の試練・第二段階
「次の段階……ですか?」
「ええ、試練の第一段階は混沌形態の会得と習熟──これはお二人ともかなりのレベルに達してますからね。そろそろ次に進むべきだと思いますよ~」
ルドミラの問いに、にっこりと答えるルージュ。
もともと、この修業は奇蹟兵装の力をさらに引き出すためのものである。
その第一段階として、ルドミラは自身の奇蹟兵装『ラファエル』の装弾数を今までの数倍に引き上げることができた。
混沌形態という新たな奇蹟兵装の力を得ることによって。
フィオーレも、似たような成長を遂げている。
(第二段階っていうのは、どういう力なの……?)
「お二人とも、攻撃面では飛躍的な進歩を遂げました。となれば、次は防御面ですね~」
ルドミラの内心の疑問に答えるようにルージュが言った。
「ヒントはもうつかんでいるはずですよ? 奇蹟兵装を起動させるために必要なものは精神エネルギー。言いかえれば心の強さです」
「心の……強さ」
「もっと強く象るんです。自身の心を。その根源を。自分自身の中に宿る、もっとも強い心の形を」
ルージュが微笑む。
「あたしの心──」
初めて黒い奇蹟兵装を起動させたときのことを思い起こす。
自分にとって原点ともいえる記憶──。
魔族に滅ぼされた村。
理不尽な暴力への怒り。
悲しみ。
絶望。
そして、そこからの克己。
敵が誰であろうと断固として打ち砕き、滅する──。
暴風のごとき、意志。
ヴ……ヴヴヴヴヴ……!
次の瞬間、手にした『ラファエル』が鳴動した。
「んっ……!?」
同時に、ルドミラの全身に熱い何かが駆け巡る。
気が付けば、服が変化していた。
薄布でできた黒い衣装に金の装身具、純白のマント。
淡い燐光を発した神々しい衣だ。
「ふふ、『黒の法衣』を出せたようですね。第一段階を突破したあなたたちならスムーズにできると思ってましたよ~」
ルージュが嬉しそうに微笑む。
隣を見れば、フィオーレもルドミラとはデザインが違うが、漆黒の衣をまとっていた。
「ルドミラさんは『敵への憎悪』。フィオーレさんは『自身への誇り』。お二人とも自分の心の根源をよく把握してますね。わたしも教え甲斐があります~」
言って、ルージュは翼を広げて飛び上がった。
「では、その衣の強度テストと行きましょうか。今からわたしが攻撃するので、お二人とも防御してみてください」
彼女の手に真紅の剣が出現する。
「あ、もちろん本気は出さないのでご心配なく。といっても、気を抜くと死んじゃうくらいのキツいのいきますからね~。全力で防御してくださいね」
笑顔で恐ろしいことを告げる神の使徒。
ルドミラとフィオーレは顔を見合わせ、身構えた。
──と、そのときだった。
「これは……!?」
ふいに、ルージュの顔つきが変わる。
「どうかしましたか?」
「今、気配を感じました」
笑みを消し、珍しく真顔で告げるルージュ。
「神話の時代以来ですね……あれが動き出すのは」
「あれ、とは?」
「神が造り出した対魔王用の決戦兵器──」
ルージュが厳かに告げた。
「わたしたちが手を下すまでもなく、魔界は滅ぶかもしれませんね」
※
「結界の補強?」
俺はジュダのところまで行き、魔界防衛の相談をしていた。
「一月前に勇者が攻め入ってきて結界が破られた。それは俺の魔法で補強したんだが、重ね掛けはできなかったんだ。お前ならできないか?」
「私にも無理だよ。魔界全土を覆う結界の補強なんて、どれだけ魔力が必要だと思ってるのさ」
ジュダが苦笑交じりに肩をすくめた。
「結界を作ったのはヴェルファーだけど、それ以降の魔王で結界を弄ろうとした者はいないよ。彼の桁外れの魔力だからこそ作れた結界だからね」
「そうなのか……」
「むしろ、補強だけとはいえ、結界に新たな魔力を継ぎ足しただけでも規格外だよ。並の魔力なら──たとえ魔王クラスのステータスでも、ヴェルファーの結界に弾かれて終わりだろうに」
感心したようなジュダ。
「魔力だけは本当に高いよね。技術は低いけど」
「……技術が低くて悪かったな」
「あはは、言い過ぎたかな。まあ、その辺りは私が教えてあげるよ」
「頼む」
「気が向いたら、ね」
「……頼む」
こいつは気まぐれだからな。
あまり期待しすぎないようにしよう。
「そもそも、防衛にこだわらずにこっちから打って出る考えはないのかな? 君が人間たちを皆殺しにすれば戦いは終わるでしょ?」
ジュダがさらりと恐ろしいことを言った。
以前に、リーガルも似たようなことを言っていたな。
「……皆殺し、か」
「まあ、君の場合は力を弱体化される不安があるけどね」
と、ジュダ。
……いや、それ以前の問題だ。
俺は内心の言葉を飲みこんだ。
無論、自分や仲間たちの身を守るためなら──それでも無意味な殺しはしたくないが──命のやり取りは、する。
だが、虐殺となれば話はまったく別だ。
やっぱり俺は元人間だ。
敵として向かってくるならともかく、罪のない人間を殺したくはない。
いや、勇者たちだって十把一絡げにして殺したいわけじゃない。
「本当は──誰も死なずに、共存できれば」
俺は思わず口に出した。
「それが一番いいんじゃないのか?」
そして、そんな平和がずっと続けばいいんだけどな。
できれば、百年先も、千年先も。
ずっと、ずっと──。
「甘いというか、なんというか」
ジュダが苦笑した。
「元人間の魔王様は、厄介な精神性をしているね」
「性分だ」
「嫌いじゃないよ。その考え方は」
ジュダの笑みが苦笑から微笑に変化する。
「それに君がいつまでも健在とは限らない。そもそも戦いに不測の事態はつきもの。思わぬ不覚を取って、君が殺されることだってあり得る」
「……まあ、な」
「君がいなくても機能するような、万全の防備──それを敷くことができれば、魔界に悠久の平和をもたらすことも夢物語じゃない」
「ああ、夢物語じゃない」
うなずく俺。
「現実に、するんだ」








