1 一カ月経過
俺が魔王として生まれ変わってから、ちょうど一ヶ月が経った。
「これで七大魔軍長の席も、五つまでが埋まったか」
俺はステラと執務室で話していた。
「残り二席についても、後継候補者のリストアップを急いでいます」
答えるステラ。
長い銀色の髪に紫の瞳。
軍服を連想させる漆黒の衣装。
絶世の美少女といっていい容姿の側近だ。
あらためて、魔軍の現状を整理してみる。
第一軍。
『魔神眼』のステラが統括する。
眼魔や地獄耳など諜報能力に長けた魔族で構成された軍団。
魔界全土のみならず、人間界の動向を探る任務もあり、まさしく魔界の情報の要だ。
第二軍。
『不死王』リーガルが統括する。
不死の魔物であるアンデッドで構成された軍団。
彼らは魔界の各所から湧き出す瘴気によって強大な力を得るため、魔界の防衛を主要な任務としている。
ただし、人間界への侵攻においても、その力を振るうことがある。
第三軍。
『夢魔姫』フェリアが統括する。
夢魔や邪妖精など精神干渉系の力を持つ魔族で構成された軍団。
精神に作用する魔法や呪術に関して、攻守両面で活躍する。
第四軍。
『獣帝』ゼガートが統括する。
獣人系の魔族で構成された軍団。
人間界への侵攻の主力であり、全軍で最強の攻撃力を誇る。
いわば魔界の剣ともいうべき軍団。
現在は魔軍長のゼガートや副官シグムンドが行方不明のため、第三席に当たる魔族が代理で統括している。
ただし絶対的なカリスマを持つゼガートに比べると、軍団の掌握、管理は心もとない。
第五軍。
『極魔導』の称号をヅィラームから引き継いだ新たな臣下──ジュダが統括する。
魔法使い系の魔族で構成された軍団。
魔界の攻守両面における魔法戦力であり、また魔界全土の魔導施設を整備したり、魔導具の開発なども担っている。
就任して数日ながら、ジュダは思った以上に有能だ。
ヅィラーム以上の求心力を持って、急速に軍団の再整備が進んでいる。
ただし本人の性格はムラッ気が強く、注視が必要だろう。
第六軍は治癒能力に長けた魔族で構成され、第七軍は機械的な製造分野に秀でた職人系の魔族で構成されている。
先の勇者との戦いで、いずれも魔軍長が戦死しており、後任の選定が急務である。
「『邪神官』と『錬金機将』の後任候補は、どれくらいリストアップが進んでいる?」
俺はステラにたずねた。
ちなみに『邪神官』は第六軍の、『錬金機将』は第七軍の魔軍長の称号である。
「『極魔導』の選定と同じく難航しております。やはり魔軍長を務められるほどの魔族は限られておりますし……」
と、申し訳なさそうなステラ。
「苦労をかけるな」
「これが私の役目です。フリード様のご期待に添えられるよう、一層の精進をいたします」
ステラが深々と頭を下げた。
「いつも、よくやってくれている。お前が支えてくれているから、俺はなんとか魔王なんて役目を果たせているんだ」
俺は彼女を見つめた。
「ありがとう、ステラ」
「身に余るお言葉です、フリード様……」
こちらを見つめる彼女の瞳は、心なしか潤んでいるように見えた。
この間、抱きしめられたことを思いだす。
というか、俺からも抱きしめ返したんだった。
急に面映ゆくなってしまった。
「あ、えっと……」
と、ステラの顔が赤くなる。
……もしかして彼女も同じように、先日のことを思いだしたのかもしれない。
「つ、次は魔界全土の公共施設関連だ」
俺はこほんと咳払いをして話を進めた。
「やだ、あたしったら……この前のこと……あわわ、フリード様になんてこと……あたし……あたし……」
が、ステラの方はまだ仕事モードに戻ってきていないらしい。
赤面しながらモジモジしていた。
「……ステラ?」
「へっ!? あ、はい、あたしは、そんな、何も舞い上がったりはしてませんからっ」
ステラの声は明らかに上ずっていた。
「……申し訳ありません。公共施設関連ですね」
ふうっと息を吐き出し、ようやく普段のクールな態度に戻るステラ。
「先の勇者の侵攻で多くの施設が破壊された。魔界の民の生活のために、その修復に引き続き注力してほしい」
「魔法技術が使われている施設の修復は第五軍に、機械技術が使われている部分は第七軍に、それぞれ担当させています」
と、ステラ。
「第五軍については、空席だった魔軍長にジュダが就任したこともあり、作業ペースは上昇しているようです」
「逆に、第七軍の作業は遅れ気味だったな」
「人員配分の再チェックと、できれば予算をもう少し回したほうがいいかと」
「分かった。その辺りはステラの判断でやってくれ」
「承知しました」
仕事を丸投げしているような気もするが、俺が半端に口を出すより、ステラに任せたほうが上手くいきそうだ。
実際、それぞれの分野には専門の魔族がいるわけで。
俺は彼らができるだけ円滑に仕事を進められるよう、役割を割り振っていけばいい。
──その後も、俺はステラと魔界の現状についての情報共有や今後の方策などを話し合った。
魔王剣の欠片探索についても進めたいが、すぐに解決できる問題じゃない。
ジュダの魔法では探せないし、ステラにも千里眼を試してもらったが、やはり駄目みたいだった。
こっちは地道に方策を探るしかないな……。
※
大聖堂では四天聖剣たちの修業が続いていた。
ツインテールにした青い髪に黄色いリボンをつけた美少女が、黄金の髪を結い上げた美女と交戦している。
実戦さながらの、模擬戦だ。
「弐式・最大装弾精密連射!」
「弐式・桜花の炎!」
ルドミラが放った数千の矢を、フィオーレは同じく数千の火炎斬撃で迎え撃った。
巨大なエネルギー同士がぶつかり合い、大爆発を起こす。
ここが異空間ではなく現実世界ならば、おそらく地形が変わっていたほどの爆発だ。
「やるわね、フィオーレさん──」
黒い弓を構え、口の端を吊り上げて笑うルドミラ。
「わたくしも、この力を使いこなせるようになったようです」
細剣型の奇蹟兵装を手に、フィオ―レが告げた。
その剣は、ルドミラのものと同じく漆黒に彩られていた。
奇蹟兵装・第二解放──混沌形態。
先日、ルドミラが身に付けたのと同じ力を、彼女もまた手に入れたのだ。
「うわー、二人ともすごいですね~」
と、一人の少女が歩み寄ってきた。
ツーサイドアップにした銀色の髪に真紅の瞳をした美しい少女である。
身にまとうのは、瞳と同色の真紅の衣。
神の使徒であるルージュだった。
「もう魔軍長クラスなら苦もなく倒せるくらいに強くなってるんじゃないでしょうか。二人ともとても飲みこみがよくて、わたしも教え甲斐があります。神話の時代の勇者並……いえ、それ以上ですね~」
紅の使徒が微笑んだ。
「じゃあ、次の段階に行ってみましょうか」








