8 王と側近
「くっ……ううっ……!?」
胸の芯が、熱い。
なんだ、これは──!?
「なるほど。やっぱり君の中に宿っているみたいだね」
ジュダが俺の胸元を見つめた。
「奇蹟兵装が」
「『グラム』か……」
「確か、君は人間界で勇者と戦ったときに、力が弱まったと言っていたね」
と、ジュダ。
「だいたい分かった気がするよ。まず──煉獄魔王剣そのものには、魔王の力を弱体化させるような機能はない」
確か先代魔王のユリーシャも同じようなことを言っていたな。
それに、俺自身もステラに魔王剣を持ってもらい、実験したが──力が弱まる感じはしなかった。
あくまでもライルとの戦いでのみ起きた現象だ。
「弱体化は別の要因だね。おそらく、魔王剣の欠片がなんらかのきっかけになり──奇蹟兵装『グラム』の魔力阻害効果が君自身にかかったんだろう」
「俺の『グラム』が……俺の力を弱めている、と?」
「その奇蹟兵装はすでに君の体の一部だ。いくら君が圧倒的なステータスを持っていても、自分自身の力は遮断できない。その効果が、敵の勇者の奇蹟兵装と共鳴して発揮された──といったところかな?」
推論だけどね、とジュダが付け加える。
「防ぐ方法はないのか?」
「無理だね。少なくとも、すぐには」
俺の問いに、ジュダは首を左右に振った。
「君の中から『グラム』を分離することはできない。ならば、欠片をすべて回収して、弱点を断つのが一番現実的な方法だろう」
「欠片はあと六つか……」
つぶやく俺。
「どこにあるのか、お前には感知できないのか?」
「一つは心当たりがあるよ」
ジュダが言った。
「確か神話の時代の戦いで、人間界に落ちたはず。東方大陸にある広い森の中だと思うよ」
「人間界の、森……?」
「国が十個くらい入りそうな広い森だったね」
「……まさか『蒼穹の大森林』か」
俺は顔をしかめた。
国が十個くらい入りそう、というのは比喩ではない。
実際に、それほどの広大さがある。
何せ世界最大の面積を誇る森林地帯だからな……。
「ちなみに魔王剣の欠片は、魔力では探知できないんだ。目視で探すしかないね」
「目視だと……!?」
俺は眉を寄せた。
あんな広い森の中から、目で見て小さな欠片を見つけ出すなんて、不可能だ。
「歴代魔王の誰も見つけられなかったんだ。そう簡単にはいかないよ」
「まあ、そうだが……」
「ちなみに魔王剣の欠片には擬態能力なんかもあるみたいだから、目視でもそうそう見つけられないよ」
聞けば聞くほど厄介な話だ。
「何か方法はないのか?」
「ないね。根気よく探すしかない」
ジュダの返事はそっけない。
「それから──」
「ん?」
「いちおう言っておくけど、配下の魔族に探索させないほうがいいよ」
と、付け加えるジュダ。
「そいつが裏切らないとは限らないからね。最悪、君に敵対する勢力に欠片を渡すかもしれない」
「俺に敵対する勢力……?」
「魔界は一枚岩じゃないからね。次期魔王を狙う者だっているはずさ。心当たりの一つや二つはあるんじゃない?」
──心当たりなら、ある。
魔王として生まれ変わって間もないころ、陰謀らしきものを語る魔族たちを発見した。
魔軍長の一人、獣帝ゼガートの名前も出していた。
ただ、そのときはリーガルがそいつらを始末してしまったため、詳細は不明なままだ。
ゼガートに関しても、未だ行方が知れないしな。
「誰が信用できて、誰ができないか……王ならキチンと見極めないとね」
「明確な弱点を放っておくわけにもいかないし……対策は考えておくよ」
ジュダの言葉にうなずく俺。
「お前にも力を貸してほしい」
「気が向いたら、ね」
ジュダは、やはりそっけなかった。
「まったく……」
苦笑する俺。
まあ、こういう性格なのを承知で臣下に引き入れたんだしな。
なんとか、折り合いをつけてやっていくしかない。
部下を使う、ってのも大変だ。
人間だったころは一介の戦士だったが、今の俺は──まがりなりにも『王』だからな。
「そろそろ訓練は終わりにしようか」
「えっ」
「君の体調が不安定みたいだし」
言って、ジュダが背を向ける。
「そもそも私も飽きてきちゃったよ」
「どこまでも気まぐれだな」
俺はますます苦笑した。
「ふう……」
俺は玉座に腰を下ろした。
俺の中に宿っているという、奇蹟兵装『グラム』。
魔導の天才であるジュダにも、それを摘出することはできないという。
下手に取り出せば、俺自身に悪影響を及ぼす、と。
能力値なら歴代魔王最強とはいえ、弱点を抱えている、ってのは気分のいいものじゃない。
俺自身のこと。
今後の魔界の防衛のこと。
あるいは、魔王に敵対する勢力がいるかもしれないこと。
不安の種は、いくつもある。
「俺は……」
「フリード様……?」
ステラが近づいてきた。
「申し訳ありません、いらっしゃるとは思わず」
「いや、いいんだ」
言って、俺はあらためてステラと向き合った。
仮面を外して、彼女を見つめる。
「どうかなさいました?」
「お前にだけは話しておくか」
俺はジュダに説明されたことを告げた。
「フリード様の中に、奇蹟兵装が……」
「勇者側が魔王剣の欠片を手に入れると、なかなか厄介なことになりそうだ」
言って、俺は軽く笑った。
「強い味方をもっと集めないとな」
「──お守りします」
ステラが進み出た。
濡れたような瞳が、俺を捕える。
「えっ」
「私が、命に代えても」
ステラはさらに進み出た。
もしかして、俺の不安に気づいている──?
「……し、失礼いたします」
断りを入れた彼女は、いきなり俺を抱きしめた。
「ス、ステラ……?」
突然の行動に驚いた。
「どうか、少しでも……お心を安んじください」
柔らかな体に触れていると、確かに心がフッと軽くなるようだ。
ただ抱きしめられているだけで。
ただ温もりを感じているだけで。
──そういえば、夢幻の世界に取りこまれたときも、こんなことがあったな。
あのときとは立場が逆になったが。
「王としての使命。人として残された弱点。それらを少しでも──分けられるものは、私にも分けてください。きっと背負ってみせます。私が……支えてみせます」
「ステラ……」
「あなたのために、身命を賭して」
思えば、俺が魔王として生まれ変わったときから、ずっと彼女は側にいてくれた。
そして、俺を支えてくれた。
「……ありがとう、ステラ」
感謝の念を胸に、俺はステラを抱きしめ返した。
これで第5章は終了です。次回からは第6章「よみがえる強敵」になります。
3日ほどお休みをいただき、5月2日(水)の12時ごろに更新予定です。
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