7 魔の斬撃
俺はジュダとともに魔王城を出た。
移動方法は例によって冥帝竜──ベルだ。
ジュダの方は飛行魔法である。
ベルの高速飛翔に余裕でついて来られる辺りはさすがだった。
魔界王都の外部に広がる荒野地帯までやって来る。
「訓練場所はここでいいか?」
「うん、近くに町もないし、ちょうどいいんじゃない」
と、俺の問いにうなずくジュダ。
ここは以前にも俺が魔法の訓練で使った場所だった。
俺とジュダは地面に降り立った。
「『マジックウォール』」
魔力の防壁を数キロ四方に張り巡らせる。
物理攻撃には弱いが、魔法攻撃にはめっぽう強い防壁だ。
剣などの攻撃は防げないため、実戦では使いにくいものの、こういう訓練にはもってこいの魔法だった。
「いちおう私も張っておくよ。『マジックウォール』」
ジュダがその結界を覆うように、もう一枚の結界を張る。
俺とこいつの魔力による二枚重ねの防壁。
これなら大火力の魔法でも、かなり耐えられるだろう。
「じゃあ訓練を始めようか」
ジュダがにっこり笑った。
「君は魔力こそ高いけど、魔法に関しては素人同然だ。私が一から教えてあげよう。実戦形式で、ね」
「……助かる」
ステラにしろ、リーガルやフェリアにしろ、『魔導』に長けているというわけじゃない。
俺に『魔導』のコーチができる人材は今までいなかった。
「まず条件を出すよ。君は全開で戦わないこと。魔界にどれだけの被害が出るか分からないし、君の膨大な魔力に直撃されたら、私だって危ない」
説明するジュダ。
「二重に結界を張ってるんだから大丈夫だろ」
「結界は絶対じゃない。万が一ということもある。何よりも──実戦で結界を張る余裕があるとは限らない」
ジュダが補足する。
「実際、今までの魔法戦闘でも君は周囲の被害を気にして、全力を出せないことがあったんじゃないかな?」
見透かされていた。
「分かった」
「それを想定しての訓練さ。あ、私の方は全力を出すから。死なないように気を付けてね」
「……俺だけハンデマッチかよ」
「魔王なんだから、それくらいの逆境は跳ね返してみせてよ」
悪戯っぽく笑うジュダ。
「まったく……」
「じゃあ、さっそく行くよ。『メガファイア』」
ジュダが最上級火炎魔法を放つ。
「『ルシファーズシールド』」
俺はすかさず魔力の障壁を展開した。
紅蓮の炎は、俺の眼前で弾かれ、散る。
「『ファイアアロー』」
反撃に数十の火の矢を放つが、
「『マナシールド』」
ジュダは魔力障壁でそれを易々と防いだ。
さすがに魔力が高い。
「じゃあ、続けていくよ。魔力収束──」
ジュダが俺に向かって右手をかざした。
この術式は──?
「『メガウォーター』」
最上級の水流呪文だ。
周囲一帯を洗い流しそうな勢いで出現した水流は、次の瞬間には手のひら大くらいの水の玉となり、放たれる。
俺はふたたび魔力障壁を展開して、それを弾いた。
「今のは──」
とあることに気づく。
「どうしたんだい、魔王くん。考えごとかな?」
微笑みを交え、ジュダが右手をかざした。
「魔力収束──『メガサンダー』」
今度は手のひら大くらいのサイズをした雷の光球だ。
これも魔力障壁で弾く。
「俺のメガ系魔法とは、違う……?」
魔力のコントロール能力に差があるせいなんだろうか?
奴の方が、威力を収束して撃っているようだ。
「気づいたかい? 君は強大な魔力に任せて、ただ撃っているだけ。だから広い範囲に被害が出るんだ」
と、ジュダ。
「私はその威力を一カ所に凝縮して放った。これなら破壊力を狭い範囲に集中できる。魔力収束、という技術さ」
「魔力の……収束」
俺は奴の言葉を繰り返した。
「口で言うより実地で訓練して身に付けた方が早いかな、君の場合。今から私の攻撃を相殺してみせて」
「分かった」
「当然、周囲への被害は最小限にとどめるように。『メガファイア』」
告げて、ジュダは最上級火炎魔法を放つ。
「もう一つ──『メガサンダー』」
間髪入れずに、最上級の雷撃魔法を、
「ついでにこれも──『メガウィンド』」
さらに最上級の風魔法をも放つ。
こいつ、三種類のメガ系魔法を同時に扱えるのか──!?
驚く俺。
魔力の大きさなら俺の方が上だが、『魔法を操る技術』という点では、こいつは今まで会ったどの魔族よりも上かもしれない。
おそらく、夢幻の世界で出会った過去の魔王──『魔導帝』エストラームよりも。
いや、そもそもこいつはエストラームの師匠だと言っていたな。
なら、奴を凌ぐ実力を持っていても不思議じゃないか。
炎が、風が、雷が。
三方向から迫ってくる。
「さあ、打ち破ってみせて」
もちろん、全力で攻撃魔法を放てば、相殺することは可能だ。
だけど、周囲にまで破壊の余波をまき散らすことになるだろう。
それは、俺が求める力じゃない。
それは、俺が必要としている力じゃない。
「俺が手に入れたいのは──」
手に入れなきゃ、いけないのは。
「──イメージ、するんだ」
自身に言い聞かせ、右手を突き出す。
「さっきのあいつのように」
奴が撃つ魔法のように。
「俺も──」
もっと威力を──効果範囲を狭めるんだ。
そこに魔力を集中するイメージ。
収束するイメージ。
収斂するイメージ。
「斬り裂き、弾け!」
吠えた。
『メガファイア』が、『メガサンダー』が、『メガウィンド』が──三つまとめて消し飛んだ。
「ふうっ……」
俺の右手から、黒いモヤ状の魔力が漂っていた。
いびつな剣のようにも見えるそれは、魔王としての莫大な魔力を狭い箇所に押しこめて作ったものだった。
炎の剣を生み出す『メテオブレード』のような魔法とは違い、本来は広範囲爆裂系の魔法を凝縮したわけだ。
形は悪いものの、とっさに編み出したにしては上手くいったと思う。
「へえ……まだまだ収束が甘いけど、今のはすごいね……!」
ジュダが驚いたようにつぶやく。
周囲の空間が一文字に割れていた。
俺が放った斬撃は空間そのものを切り裂き、魔力を霧散させたのだ。
「それを完成させれば、周囲への被害を押さえたうえで、どんな敵でも破壊できるレベルの魔法へと昇華できるかもしれないね」
「今の感覚をもっとつかみたい。続きを頼む、ジュダ」
俺は魔力の剣を構えたまま、言った。
「力は制御できてこそ意味がある。君の力は、ただ破壊をまき散らすだけのものじゃない。そこから一つ、進歩したね」
ジュダが微笑む。
──どくんっ!
胸の奥で何かが脈動したのは、そのときだった。
「っ……!?」
強烈な違和感。
胸の芯が、熱い。
熱い何かが、渦巻いている。
なんだ、これは──!?
※
それは──静かに目を覚ました。
巨大な、魔力だ。
これほど圧倒的な魔力を感知するのは、神話の時代以来だった。
いや、そのときに戦った始まりの魔王すらも凌駕するエネルギーである。
そして、それは神にとっての大いなる敵。
自分にとっての、殲滅対象。
ゆえに、起動のときが来た。
それは──真紅の巨体を震わせ、立ち上がった。








