5 魔界防衛戦
俺はステラとともに城内の一室にいた。
「周りには誰もいないな、ステラ?」
「はい、千里眼で探査しましたが、怪しい者はいませんでした。安心してお話しください、魔王様」
と、うなずくステラ。
今から彼女と相談するのは、魔界の防衛計画について。
俺の勇者としての知識も交えた話になるから、他の魔族に聞かれるのはまずい。
「状況を整理するぞ……と、その前に仮面を取っていいか? これつけてると息苦しくて」
「はい。ただし誰かが来たときは、すぐにつけてくださいね」
「わかった」
ステラにうなずき、俺は仮面を外した。
魔王として──魔族として蘇生したとはいえ、俺の姿は人間だったころと同じだ。
牙や爪が伸びたり、あるいは角や翼が生えたり……といったことはない。
ステラの瞳に映る俺は、四十二歳の中年男そのもの。
無精ひげ、剃らないとな……なんて思ってしまった。
「魔王様?」
「いや、なんでもない。始めようか」
怪訝そうなステラに、俺は言った。
「あらためて状況確認だ」
まず始まりは、数日前に選ばれた百人の勇者が魔界に攻め入ったことだった。
その百人の中には、俺やライルもいた。
人間界と魔界を隔てる結界に五つの穴を空け、そこから俺たちは五つの隊に分かれて魔界に侵入した。
「それぞれが魔王城を目指して進んだわけだが、俺がいた隊は俺とライルをのぞいて全滅した。魔王城に直行するルートだったからな」
そのライルも、今は行方知れずだ。
魔王ユリーシャとの戦いの後、どうなったんだろうか。
だが、今はライルのことよりも現状について考えなくてはならない。
「他の四隊はどうなっている?」
「こちらも兵を出して迎撃しましたが、すでに三人の魔軍長が討たれたようです」
魔軍長──魔王直属の側近たちである。
その数はステラを含めて七人。
つまり、現在生き残っている側近は全部で四人ということになる。
「私以外の三人ですが、まず獣帝ゼガートと不死王リーガルは、人間界への侵攻中です。残る夢魔姫フェリアは勇者たちの迎撃に向かいましたが、敗走して行方不明です」
と、ステラ。
「私も先の戦いで負傷し、未だ魔力が戻っておりません」
そういえば、昨日の戦いの前にそんなことを言ってたな。
つまり、現時点で戦える魔軍長は一人もいない、ってことか。
「俺が出向いて、一隊ずつ追い払うか」
作戦とすら呼べない、シンプルな方針だった。
だが、魔王の圧倒的なステータスを考えれば、四つの戦場を順番に俺が制圧していくのが一番手っ取り早い。
何よりも──余計な死人を出さずに済むだろう。
魔族側にも。
……そして、人間側にも。
この前の『ホーミングレイ』を使ってもいいんだが、あれだと確実に殺すことになりそうだからな。
そもそも、単純な意志しか持たない自律型奇蹟兵装と違い、勇者相手に『ホーミングレイ』が通用するかどうかは未知数だ。
やはり直接、現場に行くべきだろう。
「魔王様直々に、ですか」
驚いたようなステラ。
「兵たちを向かわせたら、一方的に虐殺されるかもしれない」
そう、昨日の戦いのように。
「ですが、危険です」
「俺のレベルは知ってるだろ? 可能なら、人間たちも傷つけずに元の世界に送り返す。それから──いや、後は現場に行ってからだな」
「では、せめて私を連れて行ってください」
ステラが立ち上がった。
「戦闘能力は戻っていませんが、いざとなればあなた様の盾くらいにはなれますから」
「駄目だ。自分を犠牲にすることは許さない」
俺は毅然と言い放った。
「すべての魔族は、魔王様にとって道具も同然。道具を思いやる必要などございません」
ステラが悲しげに首を振った。
「お前たちは道具じゃない」
俺は力を込めて、言った。
「だから、俺のために命を粗末にすることは許可しない」
「魔王様……!」
ステラがハッと息を飲む。
「命令だ」
「……分かりました」
うつむきつつ、うなずくステラ。
「ですが、魔界はあなた様にとって不案内な場所です。先導役として、私に同行させてください」
ステラが俺を見据える。
さすがにこれは譲れない、といった様子だ。
実際、俺一人で行っても道に迷うかもしれないしな。
……魔王城内ですら迷ったんだし。
「分かった。じゃあ一緒に来てくれ」
「はい」
ステラの口元にかすかな笑みが浮かんだ。
「さっそく出発だ。勇者たちと戦いに、な」
とはいえ、皆殺しっていうのはな。
昨日の連中はともかくとして、勇者の中には立派な者も──、
「……いや、あんまりいないか」
俺はこれまでの勇者生活を思い返し、小さく肩をすくめた。
勇者とは、神の武具に選ばれた特別な存在だ。
世界を救う存在として、あらゆる面で優遇されているし、多くの人から称えられている。
それを鼻にかけ、偉ぶる奴。
立場を利用し、弱い者を虐げる奴。
そして、その絶大な力を使い、魔族をいたぶるように殺す奴も。
とはいえ、立派な勇者だっていないわけじゃないが。
「とにかく、現場に行ってから考えるさ……」
俺はため息交じりに立ち上がり、仮面をつけた。
やはり、敵が勇者というのは楽しい気分になれないな。
俺はステラとともに魔竜に乗って空中を進んだ。
本来なら、魔王用の乗騎である選ばれた魔竜がいるそうだが、先の戦いの混乱で逃げ出してしまったんだとか。
だから今乗っているのは、予備の魔竜である。
それでもかなりのスピードで空を翔け、一時間ほどで戦場に到着した。
魔界、西部方面。
荒野が一面に広がっており、中空には赤黒い亀裂が走っていた。
魔界を守る結界に、穴が開いているのだ。
眼下では、魔族の兵たちと数人の勇者が戦っている。
「そら、吹っ飛べ魔族っ!」
中でも一番体格のよい大男の勇者が巨大な斧を振り下ろす。
「砕け、『ベフィモス』!」
斧を叩きつけた地面に巨大な地割れができた。
深さ十メートル以上はあろうかという、大きな亀裂。
すさまじいまでのパワーである。
「う、うわぁぁぁぁぁっ……!」
十数人の魔族兵が悲鳴を上げ、地割れの中に落ちていく。
「『エネルギーハンド』」
俺は竜に乗ったまま呪文を唱えた。
虚空から魔力エネルギーでできた腕が伸びる。
落下していく魔族たちをその指でつまみ、引っ張り上げた。
「降りるぞ、ステラ」
「はい」
ステラが竜を操り、俺たちは降下する。
地面に降り立った俺とステラを、さっき助けた魔族兵たちが驚いた顔で見ていた。
「あ、あなたは……」
「魔王様が直々に勇者どもを討つ。お前たちは下がっていろ」
俺の側に控えるステラが、兵たちに言った。
「ま、魔王様……?」
「俺が奴らを追い払う」
言って、俺は前に進み出た。
大男の勇者を見据え、『ステータス表示』を行う。
名 前 ジェイド
階 級 戦士型勇者
総合LV 121
H P 860
M P 000
攻 撃 672
防 御 540
回 避 215
命 中 573
装 備 奇蹟兵装『ベフィモス』
スキル 地裂の一撃 LV13
大 格 闘 LV11
頑 強 LV15
戦士型勇者っていうのは、特殊能力を持たない代わりに、パワーやスピードなどの白兵戦能力に優れたタイプだ。
「見た目通りのパワーファイターか」
「確かにとんでもない魔法力を持っているみたいだがよぉ! 接近戦ならどうだっ!」
勇者ジェイクは巨大な斧を担ぎ、すさまじいスピードで突っこんでくる。
速い──。
「砕け散れ、魔王!」
気合とともに振り下ろされた斧を、俺は片手で受け止めた。
確かに、重く強烈な一撃だ。
俺が人間だったころなら、受け止めることも受け流すこともできなかっただろう。
だが、今は。
「う、動かない……!?」
顔を真っ赤にしてうなるジェイク。
太い両腕に筋肉の束が盛り上がるものの、俺が受け止めた斧は微動だにしない。
「あいにくだが、俺とお前ではレベルそのものが違う」
俺は冷然と告げた。
そもそもレベルが桁違いということは、パワーもスピードもすべての数値がケタ違いなのだ。
魔王としての俺が、どちらかというと魔法能力に秀でたタイプだとか、そういう次元の問題じゃなかった。
「ジェイド!」
「仲間を離せ!」
他の勇者たちが剣や槍を手に突っこんできた。
彼らが放つ攻撃は、しかし俺が展開した魔力の障壁があっさりと吹き散らす。
「『ハリケーン』」
カウンターで発動させた風魔法が、勇者たちをまとめて吹き飛ばした。
たとえ勇者の精鋭といえど、魔王である俺の前では無力だ。
「おのれ、魔王……!」
「邪悪の化身め、我らが貴様を討つ……!」
弱々しく立ち上がる勇者たち。
台詞こそ立派だが、こいつらの本心は別のところにあるんだろう。
「で、魔王殺しの称号でも得て、栄耀栄華を極めようということか」
雰囲気で、なんとなく分かるぞ。
同じような連中を、人間のころに何人も見てきたからな。
「な、何……!?」
勇者たちの顔がこわばる。
やっぱり、図星か。
「欲にまみれた愚か者ども。貴様らのどこが勇者だというのか」
仮面の下で、俺はどんな表情を浮かべていたんだろう。
怒りか、悲しみか。
自分でも分からない。
「去れ」
俺は地面に向けて手をかざした。
そこからほとばしった魔力エネルギーが地面を割る。
「こ、これは──」
「穴の底が見えん……なんという一撃……!」
勇者たちがたじろぐ。
さっきのジェイドの攻撃など比較にならないほど深い亀裂だ。
「でなければ、一人残らず消し飛ばす」
「ぐっ……!」
「お、覚えていろ!」
「まだこっちには最強の四天聖剣が控えている! 奴らが必ずお前を殺しに来るぞ……!」
四天聖剣。
熾天使級奇蹟兵装を操る四人の最強勇者たち。
その噂は俺も聞いたことがある。
長い勇者生活の中で、実際に会ったのは一人だけだ。
人間だったころは最高ランクの勇者の一人だった俺だが、彼らは完全に次元が違う戦闘能力を持っていた。
なぜか、今回の『百の勇者』には選ばれていないのだが──、
「誰が来ようと、我が力の前では塵芥も同じ」
傲然と言い放つ。
できるだけ威厳がこもるように。
「魔界に侵攻し、民を傷付ける者は許さぬ。それが勇者であろうと──たとえ、神であろうと」
「魔王め……!」
「神をも畏れぬ大逆者が!」
ののしる勇者たちを仮面越しに見据え、俺はふたたび『エネルギーハンド』を発動した。
魔力の手で彼らをまとめてつまみあげ、結界の穴から放り出す。
「人間界へ追放だ。もう二度と来るなよ」
「見事でした、魔王様」
ステラが俺に寄り添った。
「しかも、魔王様らしさに磨きがかかっています。とても元人間とは思えない邪悪な雰囲気です」
「それ、褒め言葉……だよな?」
「当然です」
怜悧な美貌に微笑を浮かべ、うなずくステラ。
まあ、いいか……。
「じゃあ、後は結界の修復だな」