5 魔界の神話
「どうする? 私と戦う?」
ジュダが微笑む。
「あるいは、私を──殺す?」
どこまでも平然とした口調だった。
こいつは、何も感じていない。
何も動じていない。
俺に自分を殺すだけの力がある、と分かっていながら。
まるで他人事みたいに。
「戦わないなら、私は昼寝するから。じゃあね」
言うなり、ジュダはぱちんと指を鳴らした。
七色のクリスタルでできた半球形のドームである。
あちこちにパイプやチューブが取り付けられた、機械的な装置だ。
内部には天蓋付きのベッドがあった。
「なんだ、これ?」
「いいでしょ? 最高の快眠を追及するために私が造った究極快眠魔導昼寝装置だよ」
子どもみたいに無邪気な顔で笑うジュダ。
「睡眠誘導用のムード音楽再生装置やマッサージ魔導機器などを完備した優れものさ。枕や布団は、私がもっとも安眠できる素材を厳選してあるんだ」
大層な名前だけど、要はこいつの寝室か……。
「あ、いいなー、これ」
ベルが装置の回りを走りながら、はしゃぐ。
「ボクもこういうのでお昼寝したい~」
「君なら分かってくれると思ったよ」
満足げにうなずくジュダ。
「じゃあ私は寝るから。よく食べて、よく眠り、また眠り、たまには学ぼうと一瞬思いつつ、めんどくさくなって結局眠る──これがジュダ流魔法の極意なんだ」
「ただのグータラ生活じゃないか、それ?」
「言っておくけど、力ずくでこれを壊したら許さないからね」
一瞬だけ真顔になって、俺をにらむジュダ。
それからふたたび笑顔になり、ドームの中に入ってしまった。
うーん、どうするか。
「ここは一つ、魔王様のお力を示すべきでは」
ステラが怒ったような顔で進言した。
「いくらもっとも古き魔族とはいえ、魔王様に対してあの物言い……無礼にすぎます」
「まあ、ちょっと変わった性格だよな」
「魔王様は魔界のために強い臣下を欲しているというのに、その志も理解せずに……ぶつぶつ」
ぷうっと頬を膨らませるステラ。
怒ってるんだろうけど、ちょっと拗ねてる感じがかわいかった。
「魔族にだって色んな奴がいるんだろうし、仕方ないさ」
「……ですが」
「それに、あいつは力ずくじゃ従えられない。さっきのやり取りは、きっと本心からなんだろう」
俺はステラをなだめた。
たとえ、どれだけ強い力があっても、心を縛ることはできない──。
「君もゆっくり休んでみたら?」
ベッドで寝そべっているジュダが笑った。
「張り詰めた感じだからさ。リラックスも必要だよ。魔王なんていう重い立場ならなおさら、ね……ぐう」
言うと、今度こそ眠ってしまう。
俺たちがいてもおかまいなしに寝付くとは。
「あ、魔王様がいるのに、結局昼寝するとは……おのれ……!」
ステラが唇を噛みしめた。
「……そうだな。俺も昼寝でもするか」
思いつきだった。
「魔王様?」
「無理やり起こすわけにもいかないだろ。よけいに拒絶されるだけだ」
というか、今までの魔王たちはこの辺で怒って、結局ジュダから仕官を断られたんじゃないだろうか。
なら、もう少し根気よく付き合ってみるのも手かもしれない。
「同じように時間を過ごせば、少しはジュダを理解できるかもしれないだろ」
理解や共感──ジュダとの距離を縮めるには、まずそれが第一歩かもしれない。
「……分かりました。では私も」
「ボクも」
その場に寝転がる俺たち。
……なんとなくの流れで、全員でお昼寝タイムになってしまった。
気が付くと、目の前には戦場が広がっていた。
なんだ、これは……!?
大地を埋め尽くす黒い軍勢──。
竜や獣人、アンデッドや不定形の魔物。
その先頭に立って軍を率いているのは、一人の魔族だった。
三つの顔と六つの腕を持つ異形。
それに相対するのは、人間の軍勢だ。
「魔王ヴェルファー、覚悟!」
「我ら勇者が貴様を討つ!」
勇者たちが三面六臂の魔族に向かって叫ぶ。
いっせいに武器を構えた。
神が勇者に与えた聖なる武具、奇蹟兵装だ。
いや、少し雰囲気が違う。
「あれは──」
彼らが手にする真っ黒な剣や槍、弓。
そして、身にまとう漆黒の衣装。
勇者たちが漂わせる禍々しい気配は、まるで魔族のようだった。
神聖な武具を操る勇者とは、正反対の雰囲気である。
「忌々しい人間が……! それに天使までも──」
ヴェルファーと呼ばれた三面六臂の魔族が忌々しげに吐き捨てた。
その視線の先には、上空に浮かぶ四つのシルエットがある。
赤、青、白、黒。
鮮やかな色彩の衣をまとった、翼を持つ人影たち。
「たとえどれだけの軍勢で来ようと、魔界は俺が守る。勇者軍も、天軍も、すべてを蹴散らして──」
六本の腕がうなりを上げた。
「『メガファイア』!」
真紅の火線が大地を薙ぎ払う。
勇者たちが吹き飛ばされ、上空の天使たちがたじろぐ。
だが彼らもひるまない。
黒い奇蹟兵装を振るい、反撃を繰り出してくる。
吹き荒れる数々の最上級魔法。
奇蹟兵装から放たれる斬撃の嵐。
それらがぶつかり合い、大地を割り、森を燃やし、山を削る。
激しい戦いは、いつ果てるともなく続けられた。
「──昔の夢を見るのは、久しぶりだよ」
すぐそばで声が聞こえた。
「ジュダ……?」
銀髪に褐色の美少年が微笑んでいる。
もしかして、ここはジュダの夢の中なのか?
先日のフェリアといい、最近は夢に縁があるみたいだな、俺は。
「君と出会った影響かな? これは初代魔王のヴェルファーと神や人間の軍勢が戦ったときの記憶だね。私も一緒に戦ったんだ」
「初代魔王……」
「人間の世界では神話の領域だろうけど、私にとっては過去の記憶さ」
「お前はそのころから生きているんだったな」
「それにしても、君まで昼寝に付き合うとはね。今までの魔王たちで、そんなことを考えた者はいなかった」
くすくすと笑うジュダ。
「歴代の魔王はみんな、私を力で従えようとしたのに」
「お前は力で従えられるような奴じゃなさそうだしな」
「本質的に、歴代魔王は闘争心や支配欲の塊みたいな者ばかりだった。ヴェルファー以外は、ね」
「なぜヴェルファーには力を貸したんだ?」
「友だちだからだよ。彼が気に入っていたから……理由はそれだけさ」
あっけらかんと告げるジュダ。
「逆に言えば、歴代の魔王たちは気に入らない連中ばかりだった、ということだね。だけど、君は彼らとは少し違うみたいだ。元人間であることが関係しているのかな」
ジュダが笑みを深めた。
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