4 その名はジュダ
振り返ると、一人の少年が立っていた。
茫洋とした雰囲気を漂わせる、整った容姿。
美しい銀色の髪に、褐色の肌。
華奢な体躯に紫色の衣。
「昔、人間界で勇者たちを倒したときに持ち帰ったんだよ。こっそりね」
少年が爽やかに微笑んだ。
こいつ、まさか──。
「よくここまで来たね。道中のモンスターたちはどうしたの?」
「倒した」
「へえ、あの数を……かい? 魔軍長クラスでも手こずるくらいの強さに調整してあるのに、大したもんだね」
「俺はフリード、こっちはステラとベル──冥帝竜だ」
俺は手の甲の魔王紋を見せた。
「ふーん、君って今代の魔王なんだ。ユリーシャは死んだんだね」
美貌の少年は淡々とした口調で言った。
「お前がジュダ……か?」
「そうだよ。私はジュダ・ルギス。初めまして、新米魔王くん」
少年──ジュダが笑う。
悠久の時を生きてきた、もっとも古い魔族。
そう聞いていたが、目の前のジュダは少年そのままの容姿だ。
魔族だから外見は関係ないのかもしれないが。
「魔王くんが来たってことは、あれかな? また私を召し抱えたいとかそういう案件?」
ジュダが肩をすくめた。
「魔王って代替わりするたびに、ここまで来るよね」
「そうだ。お前の力を借りたい」
「お断りだね」
即答だった。
あまりの返事の早さに、こっちが鼻白んでしまうほどだ。
「宮仕えは退屈そうだからね」
と、ジュダ。
「昔、始まりの魔王に力を貸したことはあるけど、あれは友だちとして、だし」
「ヴェルファー?」
「初代の魔王様です」
ステラが耳打ちして教えてくれた。
そういえば、前に聞いたかもしれない。
「基本的にここでグータラ過ごすのが私の生きがいなんだ。たまに面白そうな魔法使いが出てきたら育成するくらいかな。ここ数百年ではエストラームとヅィラームくらいだけど」
ジュダが言った。
魔導帝と呼ばれたかつての魔王エストラームに、極魔導の称号を持つ前魔軍長ヅィラームか。
「エストラームは魔法戦闘で、ヅィラームは魔法研究の分野で、それぞれ抜きん出た才能を持っていたからね。なかなか教え甲斐があったよ」
「じゃあ、俺はどうだ? 興味が湧かないか」
ステータスなら歴代魔王最強だ。
その俺の魔力になら、こいつは惹かれるかもしれない。
どうやら好き嫌いで物事を判断するタイプみたいだからな。
「湧かない」
また即答だった。
「確かに強い力を感じるけど……なんか気が乗らないんだよね。君の気配みたいなものが、妙に癇に障るっていうか」
「癇に障る?」
「なんとなく、だよ。はは」
あっけらかんと笑うジュダ。
「先ほどから魔王様に対して無礼の極み……」
ステラがそろそろ怒りを爆発させそうだった。
「許せん……!」
「まあ、落ち着け。こういう性格なんだろうし」
「ですが、魔王様……」
「寛容だね。歴代魔王の中には、私と会話するだけでキレて襲いかかってきた者もいたよ」
ジュダがくすくすと笑う。
「全部返り討ちにしたけどね」
やはり戦闘能力は高い、ということか。
さすがに候補者リストの格付けですべてのステータスに『S』をつけられていただけのことはある。
まあ、性格に難ありという情報もその通りなんだが。
「うーん……やっぱり君、妙な気配がするね」
ジュダがつぶやいたそのとき、
キィィィィィィィィィィンッ……!
甲高い音が辺りに鳴り響いた。
「なんだ──」
周囲を見回す俺。
地面に突き立った剣や槍が明滅していた。
「っ……!?」
突然、胸の中が熱くなった。
焼けそうなくらいに、熱い。
「ふーん、奇蹟兵装と共鳴しているね」
ジュダの目がすうっと細まった。
あいかわらずの笑顔だが、その目だけは笑っていない。
魔導の天才としての、鋭い眼光──。
「なるほど。君の中にも奇蹟兵装が宿っている、ってことか」
「……!」
「君──元人間だね。妙に癇に障るのは、そのせいか」
「お前、分かるのか!?」
ジュダの言葉に驚く俺。
奴は答えずに俺をジッと見つめる。
「……確かに俺は元人間だ」
「魔王様!?」
「いや、いいんだ。俺はこいつをスカウトに来た。本当のことを話して、まずは誠意を見せるべきだろう」
驚くステラを制する俺。
「いいよ、続けて」
ジュダが促した。
「勇者として魔界に乗りこんだ俺は、先代魔王のユリーシャと戦った。色々あったが、相討ちのような状態になって──俺は魔王として蘇生した」
「ふむ……確かユリーシャは自分自身に蘇生魔法をかけていたね。それが君の奇蹟兵装と変な風に干渉したのかもしれない」
ジュダは半ば独り言のようにつぶやく。
「で、君が魔王として蘇生した際に、持っていた奇蹟兵装が体内に取りこまれたんじゃないかな? 覚えはない?」
「……俺が持っていた奇蹟兵装と似た効力が発揮されたことなら、ある」
しかし、ベルといいジュダといい、俺が元人間だってことを見抜くやつは見抜くんだな。
「君の素性は他言無用かな? まあ、わざわざ触れ回ったりはしないから安心してよ」
くすくすと笑うジュダ。
「それはそうと──少し君に興味が湧いてきたかな」
その顔から笑みが薄れた。
ますます鋭くなった眼光が俺を見据える。
「じゃあ、俺の元に来てくれないか」
俺はあらためて頼んだ。
やはりこいつの力は本物だ。
ぜひ力を借りたい。
「嫌だね。興味が湧いたといっても、協力したいってほどでもない」
だが、ジュダの返事はそっけない。
「そろそろ昼寝の時間だ。私は失礼するよ」
と、背を向ける。
いや、昼寝って……。
気まぐれで、つかみどころのない奴だ。
「いい加減にしろ。魔王様はこの魔界のことを考えて、動いている。私たちを何度も守ってくれたんだ。お前はそれに協力したいとは思わないのか!」
ステラが怒りの声を上げる。
「協力? 妙な言葉だね」
ジュダが振り返った。
「私たち魔族を支えるものは『力』。強き者は生き、弱き者は死ぬ。淘汰こそが魔界の真実だ。弱肉強食こそが──魔界の唯一の戒律。違うかい?」
「弱い魔族は死んでもいい、っていうのか」
「もちろん」
ジュダがうなずく。
やっぱり即答だった。
「実際、今までだって魔界の歴史は闘争の歴史。天軍や勇者軍との戦いで多くの魔族が殺され、魔王になるための覇権争いでもたくさんの犠牲が出た。きっとこれからもそうだろう。私たちの本質は『力』であり『闘争』だよ。あるいは神や人間も同じかもしれない」
と、ジュダ。
「あるいは、私を力ずくで従わせるかい? 見たところ、君のステータスは歴代魔王の中でも図抜けているね。あのヴェルファーでさえ対抗できないだろう。間違いなく歴代最強だよ」
「ジュダ……」
「仮に戦えば、私は死ぬだろうね。まあ、それでも構わないよ。さっき言った通り、弱い者が死ぬのは、魔界のルール。私も、その例外じゃない」
どこまでも飄々とした魔族だった。
自身の死すらも意に介さないような、態度。
果たして──。
こいつを従える方法はあるんだろうか?