2 新たな極魔導
その後も魔界の防衛体制について小一時間ほど話し合い、会議を終えることになった。
「では、それぞれの仕事に戻ってくれ。ご苦労だった」
俺は三人の魔軍長をねぎらう。
「それとステラは少し残ってほしい。相談したいことがある」
「承知いたしました」
恭しくうなずくステラ。
「え、ステラだけ特別? いいなぁ、あたし妬けちゃう」
その隣でフェリアが悪戯っぽく笑った。
「今度あたしにもマンツーマンの相談してほしいな? な・ん・で・も・応えちゃうわよ、魔王様?」
異様に色っぽい科を作り、艶然と俺を見つめるフェリア。
背筋が少しゾクリとした。
……こいつ、また魅惑魔法を使ってないか?
「魔王様の御前だぞ、慎め」
ステラがキッとした顔でフェリアをにらむ。
「ん、ヤキモチ?」
「だ、誰がヤキモチかっ」
「あの堅物のステラにも恋する乙女な一面があったのねー。びっくり」
「な、ななななななな何を言っている。私は、その、えっと、魔軍長としての忠義心から言ってるんだ。ほ、ほ、本当だからなっ」
うろたえるステラ。
どうもこういう話題は苦手らしいな。
顔が真っ赤だ。
「まあ、その辺にしておけ二人とも」
微笑ましくて、つい笑ってしまった。
「はーい」
「失礼いたしました、魔王様」
あっけらかんとうなずくフェリアと、まだ顔が赤いステラ。
「……恋愛感情とやらか。俺にはそういった機微は分からん」
リーガルがぼそっとつぶやく。
「まあ、アンデッドには分からないわよねー」
「分かりたいとも思わん。俺に理解できるのは剣と剣の語らいのみ」
武人らしい台詞を告げたリーガルは、
「王よ、私はこれで」
俺に一礼して去っていった。
「あたしも。またね、魔王様」
フェリアも退室する。
「ご相談とはなんでしょう、フリード様」
彼らが去った後、ステラがたずねた。
「この間の『夢幻の世界』でのことだ」
二人っきりになったので、俺は仮面を外した。
「過去の魔王の一人──エストラームと戦ったときに、奴の魔法が突然弱まった。その理由が気になってな」
「弱まった……?」
ステラが眉をひそめる。
「もしかしたら、なんらかの力で魔法の効果が阻害されていたんじゃないか、って思ってな」
「阻害……ですか?」
「俺が人間の勇者だったころに使っていた奇蹟兵装『グラム』に魔法効果の阻害能力というのがあった。その力に似ていたんだ」
説明する俺。
「ステラの『眼』で何か感知できないか?」
「……やってみますね」
ステラが俺と向き合った。
まばゆい輝きとともに、額に第三の瞳が開く。
彼女は眼魔と呼ばれる眷属だ。
その目は、遠隔視や透視から毒や呪術など幅広い能力を備えている。
「……駄目ですね。ぼんやりとして、私の千里眼でも見えません」
ステラが申し訳なさそうに頭を下げた。
「ただ、フリード様の中から強い魔力を感じました。なんらかの魔導具の気配が」
「魔導具……?」
奇蹟兵装も、大きな意味では魔導具の一つといえなくもないな。
「魔導の範疇ですから、その分野に長けた者なら──」
と、ステラ。
「あるいは何か分かるかもしれません。千里眼による解析よりも、魔法研究の分野かと」
「七軍の中には、魔法使い系の魔族たちもいるよな? 彼らに調べさせればなんとかならないか?」
「そうですね……いえ、少し危険だと思います」
俺の提案にうなずきかけたところで、ステラが首を振る。
「仮にフリード様の中に『グラム』があった場合……なぜ魔王が奇蹟兵装を宿しているのか、と疑いを招きかねません」
「確かに……」
一理ある。
だが、このまま放置はできない。
「調べるにせよ、大人数相手では秘密を保てません。誰か一人に調べさせる、というのは?」
「いいかもしれないな」
ステラの提言にうなずく俺。
「誰にする?」
「極魔導ヅィラームの後任候補ならどうでしょうか? 魔法使い系の魔族を束ねる魔軍長候補です」
「確か候補者をリストアップしてあったな」
「持ってきます。少しお待ちください」
ステラはいったん退席し、すぐに戻ってきた。
「どうぞ、フリード様」
ヅィラームの後任候補をまとめた書類を差し出す。
そこには優れた魔法能力を持つ魔族の名前が一覧になっていた。
「この者は魔法戦闘に長けていますが、分析力には欠けます」
そいつの説明欄には、魔法戦闘力が『A』、分析力は『D』という格付けがされていた。
「この者は魔法研究の第一人者ですが、忠誠心には疑問符が。それから、こちらは──」
ステラが各候補者の説明をしてくれた。
それぞれの資質には一長一短があって、これは、という魔族が見つからない。
「ヅィラームは魔界に並ぶ者のない魔導の実力者でした。特に解析能力は超一流です。その代わりとなると、なかなか……」
と、ステラ。
「『魔導帝』エストラーム様を始めとして、歴代で何人もの魔王を輩出している名門の出ですし」
「なるほど……ん? こいつは」
魔力ランクや魔法戦闘力、魔導具作成能力など魔法に関するあらゆるステータスで最上級の『S』という格付けがされている。
候補者たちの中で、まさに圧倒的だった。
「何者なんだ?」
「あ、それは──一応リストアップはしていますが……」
口を濁すステラ。
「名前はジュダ。悠久の時を生きてきた、もっとも古い魔族の一人です。魔法に関しては天才ですが、性格的に難があり……宮仕えには向かないかと」
「天才……?」
「何しろ、ヅィラームの師匠ですから」
「じゃあ、能力は確かだな」
というか、逸材じゃないのか。
「性格に難があるっていうのは?」
「とにかく気分屋だと聞いてます。たとえ王の命令であっても、自分が気に入らないことであれば協力しないとか」
と、ステラ。
「歴代の魔王様のほとんどが彼を臣下に召し抱えようとしましたが、誰にも従わなかったとか」
「……簡単には臣下になってくれないか」
とはいえ、優れた能力を持つ人材は一人でも多く欲しい。
勇者の襲来に備えなければならないし、何よりも──。
俺の、弱点の問題がある。
未だ解明はできていないものの、ライルとの戦いで起きた俺の魔力の弱体現象。
それをカバーするために、強い配下をそろえたい。
魔界を守るための、最強の軍団を作りたい。
「会ってみるか」
「ジュダに、ですか?」
「魔法の天才なんだろ?」
驚いたようなステラに答える俺。
「それに、『グラム』のことと魔軍長の後任問題、その両方を一気に解決できるかもしれないからな」
「では、私も行きます」
ステラが言った。
「ああ。案内を頼む。それと説得のフォローも、な」
「はい、フリード様のために」
ステラが微笑み混じりにうなずく。
「頼りにしているぞ」
「っ……! あ、ありがとうございます、光栄ですっ」
ステラが頬を赤く染めて、頭を下げた。
照れているらしい。
──というわけで、俺はステラとともにジュダの元へ向かうことにした。
彼の住処は南部地方の奥地にあるという。
新たな極魔導候補、ジュダ。
果たして、どんな魔族なのか──。








