9 決着、魔王戦
黒い輝きがエストラームを飲みこみ、大爆発を起こした。
「はあ、はあ、はあ……お、おのれ……」
とっさに魔力障壁を張ったらしく、魔法使いの魔王はまだ生きている。
とはいえ、さすがに大ダメージを受けたようだ。
身に付けたローブはボロボロで、手にした杖も焼け焦げていた。
「なんだ、君の力は……!?」
エストラームが俺をにらむ。
「私の魔法の威力を弱めるとは……」
「ステラたちに手は出させない」
俺はエストラームをにらみ返した。
「臣下を守るか。ふん」
エストラームが傷だらけの杖を掲げる。
「優しき王よ。だが、それは君の弱みにもなりうるぞ」
「弱み、か」
「受けよ、我が魔法!」
杖の先から火球が、雷撃が、烈風が、水刃が、次々と飛び出した。
呪文のランクを落とし、手数で勝負するつもりらしい。
「なら俺もっ」
同じく低ランク呪文を連発する。
生み出した魔法攻撃の数は、ともに数百単位。
そして一発一発は俺の方が威力が高い。
「ちいっ、ここまで魔力に差が……!」
ふたたび押しこまれるエストラーム。
「消えろ!」
俺はとどめの魔法攻撃連打を加える。
と、横合いから飛び出した黒い騎士が、その攻撃呪文群を切り裂いた。
『破魔の雷閃』──あらゆる魔力を切り裂く剣技だ。
「ここまでだ」
エストラームを守るように、騎士の魔王が立ちはだかる。
「もはや勝敗は明らか。貴公の負けだ、エストラーム殿」
「しかし、ヴリゼーラ──」
「貴公も感じただろう、この男の力を。存分に」
「むう……」
「魔王にふさわしい力量だと思わぬか?」
言った後、その眼光が鋭くなった。
「甘さはあるが、な」
「同感だ」
かすかに笑うエストラーム。
……悪かったな、甘くて。
「それにしても」
エストラームがフードの奥でスッと目を細めた。
「君の中には不可思議な力が眠っている。魔力を弱体化──いや、阻害するとは」
「……ああ」
その力の正体については心当たりがある。
だがステラはともかく、他の魔族たちがいる前でおおっぴらに明かすわけにはいかなかった。
エストラームの魔法を弱めた力は、おそらく俺の中に『あれ』が眠っている、ってことだろう──。
「そろそろ我らが実体化できる時間もなくなってきたな」
ヴリゼーラがつぶやいた。
その体が徐々に薄れていく。
隣のエストラームも同じだ。
「いくら魔軍長といえど、我ら魔王クラスを長時間実体化することはできまい」
「だろうな」
顔を見合わせる二人の魔王。
彼らはフェリアの力で実体化した幻影である。
その効力が切れてきた、ということか。
「仮初めの体……そして短き時間ではあったが、今代の魔王と相まみえて楽しかったぞ」
言って、エストラームが完全に消滅する。
「私も、貴公と戦えたことを誇りに思う」
さらにヴリゼーラも、
「ただ、一つ気になることがある。貴公は人間の機微に詳しすぎる」
「……!」
「よもや、その仮面の下は──」
言いかけて、ヴリゼーラは左右に首を振った。
「いや、詮索は無粋か。頼もしき後継者がいることを嬉しく思うぞ……さらば」
その言葉を残し、ヴリゼーラもまた消え去った。
「へえ、歴代トップクラスを四人撃破か……すごいわね」
前方で赤いクリスタルが割れた。
一人の女魔族がその中から現れる。
足元まで届く薄桃色の髪に、小悪魔的な微笑を浮かべた可憐な顔立ち。
ほとんど下着のような扇情的な衣装を身に付けている。
背からはコウモリのような翼が、腰からは細い尾が生えていた。
「やっと、まともに話せるな」
俺は彼女と向き合った。
「夢魔姫──フェリア」
「魔力を振り絞って四人の魔王を実体化させたのに、まさか全滅とは、ね。さすがに過去最強と呼ばれる『始まりの魔王』までは生み出せなかったけど……それでも、とんでもない強さね」
フェリアが俺をしげしげと見つめる。
「あたしは勇者との戦いで大きな傷を負ったの。その恐怖をぬぐえなかった……だけど、あなたの戦いぶりを見て、気持ちが楽になったわ」
と、フェリア。
「かつての魔王たちをも凌駕するあなたの力は、頼もしかった。何よりも臣下を守ることをまず優先したのが気に入ったわ。あたしのこともちゃんと守ってよね?」
「臣下を守るのは、俺の仕事だ」
俺は彼女にうなずいた。
「ただし──お前も魔界を守るんだ。魔界の大幹部として。そのための力を、俺に貸してくれ」
「ふうん……」
フェリアがすうっと目を細める。
俺を値踏みするように。
「いいわよ。魔王様の命令通りに戦いましょう」
それから、悪戯っぽい笑みを深めてうなずいた。
「では──あらためて、よろしくね。あたしはフェリア・ゼル・ツィラエーナ。夢魔の眷属よ」
「フリードだ」
うなずく俺。
と、
「魔王様の御前だぞ、フェリア。口を慎め」
ステラが彼女をにらんだ。
「さっきから妙に馴れ馴れしい……」
「ん? いいじゃない、別に。先代のユリーシャ様も、あたしのこーいう態度、別に咎めなかったでしょ」
フェリアは艶然と笑い、俺にしなだれかかった。
「むむ……」
ステラがますます険しい顔をする。
そんな彼女を無視するように、フェリアが俺を上目遣いに見上げ、
「ねえ、どうして仮面をつけてるの?」
「いや、これは──」
俺の素顔は人間時代のものと同じだ。
厳密には、おそらくこの体は魔族のものだろう。
ただ、どうも人間の気配が色濃く残っているらしい。
素顔を見られると、俺が元人間だと判別できる者もいる、と以前にステラから注意されていた。
「仮面の下の素顔、あたしにだけ見せてほしいな?」
さらに擦り寄るフェリア。
豊満な胸を思いっきり押しつけてきて、さすがに意識してしまう。
……まあ、俺も若い盛りじゃないから、いちいちドギマギした態度は出さないが。
「フェリア、いい加減にしろ。不敬にすぎる」
「ん? クールなあんたが怒るなんて、珍しいわね」
フェリアがステラに笑った。
「もしかしてヤキモチ? 魔王様にいけない気持ちでも抱いてるとか? それこそ不敬な気がするけどな?」
「なっ……なななななななななななな、何を言っているか!?」
ステラの顔が真っ赤になった。
いや、過剰に反応しすぎだろう。
「ち、違う、違うからな! あたしは魔王様に、そんな気持ちは──そ、そう、あたしが抱いているのはあくまでも敬意であって、断じて恋心じゃないの……っ!」
フェリアはくすくす笑っていた。
「からかい甲斐があるわね。そういうところ、好きよ」
「お前は……まったく」
ステラが眉を寄せた。
フェリアは笑ったまま、
「久しぶりの再会だし、もっと女子トークを楽しみたいけど……まずは夢幻の世界を解除しないとね」








