8 受け継がれた剣
「どうした? 怖気づいたわけではあるまい?」
ヴリゼーラが静かに告げる。
バチッ、バチッ、と突き出した剣の刀身が激しいスパークをまき散らしていた。
絶技『破魔の雷閃』。
防御も回避も不能の、必殺剣技──か。
俺の『ルシファーズシールド』をもってしても、あるいは防げないかもしれない。
並の相手には絶対不可侵といってもいい防御力を誇る魔力壁だが、相手はまがりなりにも魔王である。
その奥義ともなれば、俺の魔力で生み出した防壁でも確実に防げる保証はないだろう。
そして──もしも防げなければ、俺は両断される。
「なら、手は一つ……だな」
少し危険な賭けになるが、勝算は十分にあった。
俺たちの間で緊張感が極限まで高まる。
そして、
「……いくぞ」
ヴリゼーラが動いた。
漆黒の騎馬が超速で疾走する。
矢のような勢いで迫る魔王。
「『フラッシャーボム』!」
俺は無数の光球を打ち出した。
その数は五百ほど。
魔法のランクを落とし、手数で勝負だ。
「ぬるい!」
迎撃するヴリゼーラの剣は、まさに黒い閃光。
光に比肩する斬速ですべての光球を一瞬で切り裂く。
「こいつ……っ!」
俺も人間の勇者だったころに剣の達人を何人も見てきたが、こいつは格が違う。
次元が、違う──。
「はあああああああああああああああっ!」
裂帛の気合とともに、ヴリゼーラが最後の光球を切り裂いた。
あらゆる魔法を切り裂くという言葉は、嘘でもハッタリでもない。
「遅いぞ、新米魔王!」
人馬一体となったヴリゼーラが瞬間移動を見まがう速度で迫った。
「次の呪文の詠唱は間に合うまい。私の勝ちだ」
「確かに、間に合わないな」
うなずく俺。
だけど、問題はない。
「さっきの『フラッシャーボム』で、あんたの動きを十分観察できた」
そして、それは俺の予想通りだった。
だから、こいつの次の動きは。
──左右に一度ずつのフェイント。
──その直後、右側に小さなフェイント。
──そこから左サイドに突き下ろす刺突。
俺は一連の動作をすべて予測し、あらかじめ右側に跳んだ。
「何……っ!?」
ヴリゼーラの斬撃が空を切り、
「『アクアエッジ』!」
カウンターで放った水の刃がその胸元を切り裂く。
「ぐ……うううっ……」
黒い甲冑が裂けて鮮血がしぶいた。
「き、貴公、なぜだ……!?」
ヴリゼーラが苦鳴をもらし、後退する。
「なぜ私よりも早く──私が動く先に移動できた……!?」
「知っている動きだったからだ」
俺は油断なくヴリゼーラを見据えつつ、告げた。
「ザイラス流剣術基本動作『雷襲』──あんたの動きはまさに、そのお手本だった」
フェイントの数やタイミング、動きの軌道まですべてが。
俺が人間だったころに習った動きそのままだった。
「戦っている途中に気づいた。あまりにもザイラス流剣術に似た動き──いや、違うな。ザイラス流剣術こそ、あんたの動きそのものなんだ」
だから、容易に予測できる。
「……奴に教えた剣術が私の動きを教えた、か」
つぶやき、ヴリゼーラはかすかに笑った。
「もし俺がザイラス流剣術を知らなければ、今のは防げなかったかもしれない」
「……いや、見事だ」
ヴリゼーラが小さくため息をついた。
「ザイラスは磨き続けたのだな。私が教えた剣を」
「……ああ、『剣聖』ザイラスから後に続く者たちへ。今も人間の世界で、あんたの剣は生き続けているよ」
「彼に剣を教えたのは、ただの気の紛れだったが」
ヴリゼーラの声音に、わずかに柔らかい響きが混じった。
「……悪くない気分だ。『弟子』の成長を実感するのは」
弟子、か。
ライルのことを思いだす。
俺も、そんなふうに感慨に耽りたかった。
奴にすべてを託してみたかった。
その想いは、もう叶わない。
「……いや、感傷に浸っている場合じゃないな」
仮面の下で苦笑する。
もう断ち切ったことだ。
もう、終わったことだ。
「今は、もう」
ステラたちの方を振り返る。
そう、今の俺には──。
「確かに今のは一本取られたというところ。だが──まだ私は戦えるぞ」
ヴリゼーラが馬上で剣を構え直す。
「続行だ、今代の魔王よ」
「上等だ」
油断なく身構える俺。
──と、そのときだった。
「長々と話しこみおって。私たちがやっているのは試合ではない。戦場の殺し合いなのだぞ」
『魔導帝』エストラームがはるか上空に浮いていた。
「うなれ、我が魔血杖──」
杖を振りかざすエストラーム。
だが、杖を向けた先は俺じゃなかった。
「お前──」
狙いは、ステラたちだ。
「何を……!?」
「気づいているぞ。さっきから君は臣下の魔族を気にして戦っている。最大火力の魔法を使わないのは、温存しているのかと思ったが──違う」
エストラームがフードの奥でにやりと笑った。
「この世界を壊して、臣下が傷つくのを恐れているからだ」
「だから、なんだっていうんだ……!」
まさか、こいつ。
「その大事な臣下を灰にしてやろう」
やはり、ステラたちを狙う気か!
「やめろ!」
「最大限まで長期詠唱した私の魔法と、ほぼ無詠唱の君の魔法──どっちの威力が上かは、分かるだろう?」
エストラームの杖の先端にある宝玉がまぶしい光を放った。
「燃え尽きろ──『メガファイア』!」
全部で二十発ほどの火球がほとばしった。
上級の攻撃呪文や防御呪文を唱える時間はない。
「この……っ!」
『ラグナボム』で迎撃する俺。
同時に、『ルーンシールド』を張り、攻撃の余波からステラたちを守った。
「重い──」
『ラグナボム』が『メガファイア』に押しこまれていく。
さすがにエストラームの魔力は高い。
レベルやステータスは俺が上だが、奴は最大魔力で攻撃してきている。
対する俺は、とっさに唱えた魔法のため十分な火力を発揮できない。
総合的に見て、火力が高いのは奴の方だ──。
「くっ……ううっ……」
俺の放った黒い光弾が、エストラームの火球群に押しこまれていく。
「さあ、終わりだ」
「フリード様!」
告げるエストラームの声に、ステラの声が重なった。
「勝って……ください」
不安げに、それでもまっすぐに俺を見つめる彼女の顔が見える。
「ステラ……!」
公爵領での出来事を思い出す。
ステラの過去を。
まるで捨てられた子犬のように、俺にすがりついた彼女を。
「──任せろ」
俺は仮面の下で微笑んだ。
そうだ、王として。
俺が、彼女たちを守る──。
そのとき、俺の胸元から淡い輝きがもれた。
「これは──!?」
胸の鼓動が異様なほど早まる。
この感覚は、まさか……!
同時に、『ラグナボム』を押しこんでいた『メガファイア』の火球群が揺らいだ。
少しだけ、奴の攻撃の圧力が緩む。
『メガファイア』の威力が弱まっている──。
「今だ……っ!」
ありったけの魔力を込める。
俺の『ラグナボム』が『メガファイア』を押し返していく。
「馬鹿な、なぜ私の魔法が!?」
エストラームの驚愕の声が響いた。
あふれる黒い輝きが、真紅の火球群を弾き散らし、そして、
「弾け散れ、魔王!」
エストラームを、飲みこんだ。
年間総合ランキングに入っていました。なろうでは初めての年間入り。とても嬉しいです。
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