4 癒される心
他にもさっきみたいな奇蹟兵装が近くにいるかもしれない。
「どうやって見つけるかな……」
俺はふたたび呪文リストを呼び出した。
必要な作業はおおまかに二つ。
周辺の奇蹟兵装を探し出すこと。
そして、それらを破壊すること。
「お、これがいいな」
サーチ:術者の周辺を探知する。探知できる種類、範囲は術者のレベルに応じて変化。
「『サーチ』」
自律型の奇蹟兵装を見つけたい、と念じてみる。
たちまち、頭の中に城を中心とした周辺映像が浮かび上がる。
広がる荒野のあちこちに、さっきのやつと同じ機械仕掛けの獣が動き回っていた。
その数、おおよそ百体。
「……思ったより多いな」
中には魔族を襲っているやつもいる。
「『ホーミングレイ』×100!」
さっきと同じく追尾式の魔法弾を百発ほど生み出した。
「標的は自律型の奇蹟兵装だ。いけ」
命令すると、百発の魔法弾は四方に飛んでいった。
「後は勝手に奇蹟兵装を片付けてくれるはずだ」
たぶん、だけど。
「すごいです、魔王様!」
解説すると、リリムたちが歓声を上げた。
「もしも討ちもらした個体があったら教えてくれ。それと新手が現れた場合も、俺に連絡を。戦力的にけっこう押されてるんだろ?」
その辺りのことはステラに確認したほうがいいな。
「謁見の間はどっちの方角だ?」
俺は道をたずねることにした。
「その……少し迷ってしまった」
魔王が魔王城で迷子になるなんて格好悪いが、仕方がない。
このまま、いつまでもさ迷うわけにはいかないからな。
こいつらを守るためにも、魔界の防衛体制を整えないと。
……って、完全に魔族を守る思考になっているけど、もういい。
勇者だとか魔王とかそういう立場じゃなく、今は自分の素直な気持ちに従いたい。
「まだ不慣れですもんね。謁見の間なら、この外壁沿いにまっすぐ行って、噴水のところで左に曲がれば入り口がありますので」
リリムが道順を教えてくれた。
「それと……よかったら、これをどうぞ」
差し出してきたのは、携帯用の糧食だ。
ぐう、と腹が鳴った。
そういえば、昨日から何も食べてなかったな。
「もしかしたら、お腹空いてるんじゃないかと」
それを見抜いたような、リリムの言葉。
「隊長~、魔王様はいつも最上級のごちそうを食べてるんですよ? 俺たちの糧食なんて口に合わないですって」
「あ、それもそうか……ごめんなさい、魔王様。やっぱり今のはなしで!」
部下の言葉にリリムはハッとした顔になった。
申し訳なさそうに頭を下げる。
「いや、せっかくだからいただくよ。ありがとう」
「魔王様、なんてお優しい……」
目をウルウルさせるリリムや兵たち。
うーん、やっぱりリアクションが大仰だなぁ。
まあ、悪い気はしない。
こいつらといると、心が温かくなる。
ライルに裏切られた心の傷まで癒えていくようだ。
俺は糧食を受け取り、物陰に移動した。
「魔王様?」
「いや、その仮面を外さないと食べられないからな」
仮面を取ったら、俺が人間だとバレる恐れがある。
「魔王様って、まさか──」
ハッとした顔のリリム。
こいつ、俺が人間だと感づいているのか。
思わず身構える。
「素顔を見られたくないなんて、恥ずかしがり屋さんですね。かわいいですっ」
「お、おう……」
ただの天然だった。
俺は彼らに背を向け、仮面を外して糧食を平らげた。
「──よし、決めたぞ」
ふたたび仮面をつけ、リリムたちに向き直る。
「決めた? 何をですか?」
「これからのことだ」
たずねるリリムに笑う俺。
やっぱり、こいつらを死なせたくない。
もちろん人間界を侵略しようなんて思わない。
降りかかる火の粉は払うにせよ──。
誰も傷ついたり苦しんだりしない方法を探してみよう。
こいつらが安心して暮らせるように。
「おはようございます、魔王様」
城内に戻ると、ステラが歩み寄ってきた。
「外に出てらしたのですか?」
「ああ、ちょっと城の周りを散歩しようかと……」
「兵たちが喜んでいましたね。人間どもの残した兵器から守ってくださったのですね」
「ん、なんで知ってるんだ?」
「私には千里眼がありますので。魔王様が近くに見当たらないので探しておりました」
「……そっか、悪かった」
「いえ。リリム隊長たちも喜んでいましたね」
「ま、まあな」
さっきの彼らの褒めっぷりを思い出し、俺は面はゆかった。
「城の中にも活気が戻ってきたように思います。あなたが次代の魔王として転生されて、本当によかった」
「ステラ……」
「ただし、あなたが元人間だということはくれぐれも……」
「分かってる」
隠し事をしているようで気が引けるけれど。
でも、人間と魔族は敵対関係にあるんだ。
魔族の王が、よりによって人間だなんて知られれば、悪感情を抱く者も少なくないだろう。
──って、すっかり魔族側の事情を中心に考えるようになってるな、俺。
思った以上に『魔王である自分』に心が馴染んでいる気がする。
今まで、さまざまな人間に裏切られてきた。
もっとも信頼していたライルにまで。
それらが、俺を人間不信にさせているのかもしれないな。
ひきかえ、ここの人たちは温かい。
俺が王だから敬意を払っているとか、それだけじゃない気がするんだ。
奇妙なことだけど、魔界に来てから、俺は逆に人間らしくなれた気がする。
他人を思いやり、ともに笑い、喜び、あるいは仲間を傷付けられて怒り、戦う──。
栄誉や権力を争い、他者を出し抜き、あげく誰かを犠牲にしてでも戦果を求める──そんな勇者軍よりも。
「……どうかなさいましたか、魔王様」
「いや、なんでもない」
首を振ってから、俺はたずねる。
「そういえば、魔王って何をすればいいんだ?」
たずねながら、まっさきに思いついたのは防衛面だ。
さっきの自律型奇蹟兵装は、ホーミングレイを撃っておいたから、そのうち掃討されるだろう。
討ちもらしに備えて定期的に撃ったり、あるいは俺自身が見回ったほうがいいかもしれない。
後は──、
「今の状況だと、城をなんとかしたほうがいいよな」
「そうですね。魔王城は魔界の中心。魔王様の威光の象徴でもあり、同時にこの世界の最終防衛拠点でもあります」
と、ステラ。
「勇者軍が魔界各地に侵攻している今、半壊状態のこの状況は好ましくありません。修復と、できれば防備の強化が望ましいかと」
そういえば、魔王の呪文にそういうのはないんだろうか?
建物を修復したり、強化するような呪文は──。
俺はリストを見てみた。
「お、これかな……『リペア』!」
物質修復の魔法を城全体にかける。
たちまち亀裂がふさがり、砕けたり大穴が空いた壁が元に戻っていく。
これは便利だ。
ただ、完全に元通りってわけにはいかなかった、
七割がた修復された程度である。
「『リペア』」
もう一回唱えてみる。
「……あれ、だめか?」
城の修復はそれ以上進まなかった。
「この呪文は重ね掛け無効ってことか」
その辺の細かい説明は、リストには載っていなかった。
実地で試すしかないわけだ。
まあ、後は工兵を動員して修理してもらえばいいか。
「わずか数秒でここまで修復できるなんて……すごいです」
ステラが驚いたように俺を見ている。
「……まさか、お前まで『さすまお』とか言いださないだろうな」
「はい? さすまお?」
キョトンと小首をかしげるステラ。
「いや、なんでもない」
「さすがです、魔王様」
ステラが微笑んだ。
……言ってるじゃないか。