6 臨戦態勢
かつての魔王──『虐殺の騎士王』ヴリゼーラ。
俺はその姿を呆然と見つめる。
肌が露出した場所がほとんどない漆黒の全身鎧。
またがっている馬も、主と同じく漆黒の重装甲をまとっていた。
「なるほど、貴公が今代の魔王か」
ヴリゼーラが涼しげな声で話しかけてきた。
フルフェイスの兜の奥で、金色の鋭い眼光が俺を見据える。
「まさか、この身が滅びて後、別の魔王に出会う日が来るとは。縁とは奇妙なものよ」
まるで世間話でもするような口調のまま、すさまじいまでの殺意が吹きつけた。
わずかでも気を抜けば、その瞬間に斬り殺されそうな圧迫感だ。
このプレッシャーは、さすがに魔王だけのことはある。
「見てみてー、また出てくるよ」
リリムがヴリゼーラの背後を指差した。
光は、さらに三度──弾けた。
黄金のローブをまとった魔法使い風のシルエット。
全身が燃えるように赤い獅子の獣人。
そして身長五十メートルはありそうな巨人。
そのいずれもが、ヴリゼーラと同じくらいの強烈なプレッシャーを放っている。
「ステラ、まさかあいつらも……か?」
「……ええ」
うなずいたステラの顔は蒼白だ。
全身が震えている。
恐怖、しているのだ。
「大丈夫だ、ステラ。俺がついている」
呼びかけると、ステラはほんのかすかに微笑んだ。
「そう……ですね。申し訳ありません」
言って、奴らを見据えるステラ。
「右から順番に……『魔導帝』エストラーム様、『真紅の獅子』ロスガート様、『巨大なる覇者』ボルン様。仰る通り、いずれも過去の魔王様たちです」
「あいつらも幻影か?」
たずねると、ステラはうなずいた。
「幻影とはいえ、いずれも歴代魔王屈指の実力者ばかりです。お気をつけください、魔王様」
「過去の魔王が四人……夢の中はなんでもありだな」
仮面の下で苦笑する俺。
──あたしに、近づかないで。
ふいに、声が響いた。
「フェリアか」
クリスタルの中にたたずむ女魔族が俺を見ていた。
いつの間にか目を覚ましていたらしい。
「前にも言ったが、この世界を解除してくれ。魔族が大勢巻きこまれている」
──近づかないで。
「おい、フェリア。話を──」
周囲の景色が、いきなり切り替わった。
森の中から、赤茶けた荒野へ。
荒野から、極寒の氷原へ。
氷原から、灼熱の山頂へ。
次々に場所が変わっていく。
これも、フェリアの仕業なのか……!?
──怖い……の。
ため息交じりにつぶやく夢魔姫。
「えっ」
意外な言葉に俺は戸惑った。
──勇者たちが、あたしを殺しに来る。だから……誰も近づかせない。
世界から色彩が消え、白と黒の二色だけになってしまう。
──嫌、怖い……怖い……怖い……。
さらに黒一色に染まったかと思うと、また元の色彩を取り戻す。
世界が、不安定だった。
──来ないで……来ないで……。
「落ち着け、フェリア」
声を震わせる彼女に、俺は静かに呼びかけた。
よほど恐ろしい目に遭ったのか。
それだけ勇者たちの攻撃は激しいものだったのか。
その戦いで、フェリアはかなりの恐怖を感じたんだろう。
深いトラウマが残るほどに……。
「もしかしたら、これは一種の防衛本能かもしれません」
ステラが言った。
「防衛本能?」
「先の勇者たちとの戦いで、フェリアは敗走して行方不明だという話でした。その際に、フェリアの心に勇者への恐怖心が深く刻まれたのかもしれません」
「勇者への恐怖……」
「恐怖心は、そこから自身を守ろうという防衛本能を呼び覚まし、その本能が夢幻の世界の暴走を招いた──ということではないでしょうか」
ステラが告げた。
「場所も色合いさえも不安定なこの世界は、フェリアの心象風景そのものだと思えます」
確かに……今のフェリアの様子から見ると、あり得る話だ。
「つまり、彼女を恐怖から解き放つことができれば、夢幻の世界を止められるのではないでしょうか」
「なるほど……」
「フェリア。勇者なら魔王様が追い払った」
と、ステラがフェリアに語りかける。
──魔王様が……?
「ああ、もう安心だ。それでも解除できないか?」
──魔王様は、強いの?
「歴代の誰よりも強い。もう心配することはない」
──強い……怖い……! 本当に……? 分からない……不安……。
「おい、フェリア……?」
──見せて、魔王様の強さを……。
その言葉とともに──。
四人の魔王たちがいっせいにフェリアの前に並んだ。
まるで、彼女を護衛するように。
──あたしが安心して夢から覚められるように。
フェリアがつぶやく。
「俺の力を試したい、ってことか?」
「いかにも」
俺のつぶやきに応えたのはフェリアではなく、馬上で剣を抜いた黒騎士だった。
他の三人もそれぞれ身構えている。
臨戦態勢だ。
──あなたが本当に誰よりも強いなら……勝てるはずよね?
フェリアがクリスタル越しに俺を見つめる。
──勝って、安心させて。あたしを。
「……まったく」
俺は苦笑交じりのため息をついた。
リーガルといい、ベルといい、そしてこいつといい。
すんなり俺を認めてくれないんだな。
幹部たちで最初から俺に従ってくれたのは、ステラくらいか。
かたわらの彼女を見つめた。
「ありがたいよ、本当に」
「魔王様?」
キョトンとしたステラの肩にぽんと手を置く俺。
それから前に進み出た。
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名 前:ヴリゼーラ
階 級:魔王
総合LV:721
H P:5306
M P:3391
攻 撃:6115
防 御:5760
回 避:4284
命 中:5980
装 備
:滅神の剣
:瘴気の盾
:暗黒の鎧
スキル
:千光斬 (LV179)
:騎乗 (LV131)
:闘気放出(LV114)
:魔軍服従(LV150)
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先頭にいる騎士姿の魔王──ヴリゼーラのステータスは、さすがに今まで戦ってきた勇者たちよりはるかに高かった。
他の三人は、エストラームが総合レベル698、ロスガートが713、ボルンが707──似たようなレベル帯だ。
単純な数値で比べるなら、彼らがいずれもレベル700前後なのに対し、俺はレベル4000を超えている。
ステータスもそれに比して、大きな差があった。
とはいえ、相手は四人である。
「……連携されたら、厄介かもしれんな」
仮面の下で小さくうなる俺。
ステータスを見るかぎり、幻影とはいえ強さは本物と変わらない様子だ。
少なくとも気を抜けるような相手じゃない。
「君が今代の魔王か」
魔法使い風の魔王──『魔導帝』エストラームが俺を見据える。
「儂の牙と爪が、お前を千の肉片に変えてくれよう」
獣人の魔王──『真紅の獅子』ロスガートがどう猛に吠えた。
ぐおおおおおおおおおおおんっ。
巨人の魔王──『巨大なる覇者』ボルンが雄たけびを上げる。
「さあ、始めるぞ」
そして騎士の魔王ヴリゼーラが剣を構えた。
「『グラビティフォール』」
俺はすかさず重力呪文を唱えた。
先手必勝。
狙いは──一番動きが鈍そうな巨人魔王だ。
「っ……!?」
超重力に捕らわれ、動きが止まる巨人魔王ボルン。
「『サンダーアロー』!」
そこへ稲妻の矢の乱れ撃ち。
ぐおおおおおおおおおおおおお……んっ!
ボルンが苦鳴を上げた。
「悪いな。幻影に足止めを食うほど、俺は暇じゃない」
魔王の仕事はけっこう忙しいからな。
「『ラグナボム』!」
漆黒のエネルギー球が巨人の魔王を跡形もなく粉砕した。
「だから、さっさとフェリアを解き放って、従えて──元の世界に帰らせてもらう」
俺は魔王たちを見据えた。
あと、三人だ。








