3 アーゼルヴァイン公爵領
突然前方に現れた草原と丘、そして城。
ステラによれば、ここは魔界五大貴族の一つ、アーゼルヴァイン公爵家の領地だという。
彼女は確か、その公爵家の跡取り娘だ。
「ですが、公爵領は王都から数十キロは離れています。夢の中の世界だけに、地理がねじ曲がっているのかもしれません」
「フェリアの仕業か? 何か意味があるのかな」
「可能性はあります」
俺の問いにステラがうなずいた。
「フェリアに意図があって、公爵領を出現させたのか。あるいは特に意味のない出来事なのか。大元は彼女の夢なので、意図を正確に読むことは難しいですね」
「とりあえず行ってみるか。フェリアの居場所を突き止めるヒントがあるかもしれない」
俺たちは丘を登り、城までやって来た。
魔王城より一回り小さいものの、十分に立派な城である。
人間界なら大国の王城だといっても通用するレベルだ。
正門の前に、一人の女魔族が立っていた。
緩く波打ったセミロングの紫髪。
眼鏡をかけた地味な顔立ち。
白いカチューシャに白と紺のエプロンドレスというメイド姿だ。
「イレーネ……?」
眉を寄せるステラ。
「お帰りなさいませ、お嬢様」
彼女──イレーネは深々と頭を下げた。
もともとはステラの実家のメイドで、今は魔王城で働いていると以前に聞いていた。
こいつもフェリアの夢の中に捕らわれていたのか。
それとも──。
「……幻影、ですね」
ステラが額の瞳を輝かせ、告げた。
「先ほどのゴーレムと同じく、フェリアが作り出した実体を持つ幻影です」
「ふふ、さすがはお嬢様。簡単に見抜かれてしまいますね」
微笑むイレーネ。
その存在感は幻影だとはとても信じられないほどの現実味があった。
「イレーネ、フェリアはどこにいる?」
ステラがイレーネに詰め寄った。
「まあまあ、慌てないでくださいな。まずは一休みなさいませ」
「答えるんだ、イレーネ」
ステラの語調は強い。
「魔王様まで夢の中の世界に捕えるなど、臣下としてあるまじき行動だ」
「お嬢様、もっと笑って笑って。せっかくの美人さんが台無しですよ~」
「イレーネ、今は非常時……ふにゃっ!?」
「ほ~ら、笑顔笑顔ですよ」
イレーネがステラの頬をつかみ、無理矢理笑みを作らせる。
「え、ええい、離せ……」
「お嬢様はからかい甲斐がありますね~。だから好きです」
「まったく……」
イレーネから離れたステラは、軽く頬を膨らませた。
拗ねてるんだろうか。
と、
「──眠れ」
声が、響く。
「なんだ──」
同時に、周囲から色彩が消えた。
魔王城のときと同じく、白黒二色の世界に変わる。
「漂う魔力が濃くなっています……お気を付けを、魔王様」
ステラが警告した。
こつ、こつ、と足音が響く。
何もない空間からにじみ出るようにして、人型のシルエットが現れた。
足元まで届く、薄桃色の髪。
悪戯っぽい笑みを浮かべた、可憐な容姿。
下着と見まがうような露出度の高い衣装が扇情的だ。
腰からは細い尾が、背中からはコウモリを思わせる皮膜状の翼が生えていた。
「……フェリア」
ステラが険しい表情になった。
こいつが七大魔軍長の一人──夢魔姫フェリアか。
「すぐに夢幻の世界を解除しろ。魔王様まで巻きこむとは、どういうつもりだ」
「──すべては、あたしの夢の中に」
ステラの問いにも答えず、つぶやくフェリア。
「──生きとし生ける者は等しく、眠れ」
「俺は新たな魔王になったフリードだ。話を聞け、フェリア」
「──永遠に、眠り続けよ」
俺の言葉にも反応はない。
「──永遠に続く、夢の中で」
呪文のようにつぶやき、その姿が消えた。
「どこか別の場所に移動したようですね……」
と、ステラ。
「夢の中の世界では、フェリアは万能です。瞬間移動など造作もないことでしょう」
「じゃあ、やっぱりさっきの奴がフェリアなんだな?」
「ええ。ただ、意思の疎通はできない感じでした」
確かに、フェリアは一方的にしゃべっているだけだったからな。
「あなたが魔王様だということも、おそらく認識していないのでしょう」
ステラがため息をついた。
「もともと、あまり他人の話を聞かないタイプでしたが、さすがに今のは限度を超えています」
そのとき、館の外から赤い光があふれた。
「わー、何これー?」
リリムの声が聞こえる。
外に出ると、赤いクリスタルのドームが館全体を覆っていた。
まるで檻だ。
たぶん、これもフェリアが作ったものなんだろう。
「……閉じこめられたか」
つぶやく俺。
フェリアは何がしたいんだ。
俺たちをおびき寄せたかったのか。
足止めしたいのか。
それとも意味なんてない、ただの気まぐれなのか。
まるで読めない。
俺たちは、完全に翻弄されていた。
「屋敷の外は完全にクリスタルで覆われています。脱出できるような隙間はまったくありませんでした」
ステラが周囲を千里眼で見回し、告げた。
「強引に壊すと、他の魔族たちにダメージがあるかもしれないな」
さっき空の一部に穴を空けたときのことを思い返す。
夢幻の世界にダメージを与えると、その中に捕らわれている者に跳ね返ってくるようだ。
「申し訳ございません、お嬢様。すでに門限の時間ですので~」
イレーネがおっとりした口調で言った。
「明日の朝になれば、檻は開きます。それまで屋敷の中でお過ごしくださいねぇ」
「私たちは急いでいるんだ。すぐに開いてくれ」
「門限は守っていただかないと。私が奥様にお叱りを受けてしまいますぅ」
「……お母様が、か」
ステラの表情に暗い影が差した。
ん、どうしたんだ?
「朝には出られるっていうなら、今晩はここに泊まるか」
俺はそう提案した。
「魔王様……」
「下手に檻を壊して、またお前たちがダメージを受けるのは嫌だからな」
「それは、そうですが」
「仮に、朝になっても檻が残ったままだったら、また別の手を考えよう。全員の休息も兼ねて、今日はここに泊まるってことでいいか?」
「……承知いたしました。では、私はリリムたちに伝えてきます」
ステラの表情は、やっぱり少し暗かった。
──俺たちは屋敷の中の部屋を適当に使い、休息した。
そして、深夜。
俺は寝苦しくて目が覚めてしまった。
「少し外の空気にでも当たるか……」
檻で覆われてるから、あんまり新鮮な外気じゃないかもしれないが。
俺は休息用に選んだ客室から出た。
「考えてみれば、ここって夢の中なんだよな。夢の中でさらに寝るっていうのも、どうなんだ……?」
廊下を歩きながら、そんなことを考える。
「きゃぁぁぁぁっ……」
悲鳴が響いたのは、そのときだった。
廊下の突き当たりから聞こえてくる。
「あの声は──ステラか!」
慌てて走り出す俺。
次の瞬間、眼前の景色が切り替わった。
城の中から、よく手入れがされた庭園に。
俺の目の前を、小さな女の子が歩いている。
「お前……!?」
肩のところで切りそろえた銀色の髪。
凍りつくような美貌に、あどけなさが混じった彼女は──ステラによく似ていた。
まるで、彼女が子どもになったようだ。
次回から隔日更新になります<(_ _)>
ストックが減ってきたのと、今後の展開を練っていきたいので~。
次話は3月27日(火)に投稿予定です。
よろしくお願いいたします。