2 夢幻の世界
俺はステラとともに執務室の外に出た。
回廊も、壁や天井も、そして窓から見える景色も──世界のすべてが、白黒の二色に彩られている。
「どうなっている……!?」
「──城の正門前に巨大なモンスターが近づいてきます」
ステラが千里眼で感知する。
「この現象と関係があるのか……?」
分からないが、俺はステラを連れて、城の正門前まで移動した。
景色は、いつの間にか元の色彩を取り戻していた。
ただ、完全に元通りというわけじゃない。
薄赤いモヤのようなものがところどころに漂っている。
「まさか、これは……」
ステラがハッとした顔でつぶやいた。
「心当たりがあるのか」
「これほどの真似ができるのは、魔界広しといえども限られています。おそらく彼女の──」
ずし……んっ!
ステラが何かを言いかけたとき、前方から地響きが響いた。
全長は二十メートル近くあるだろうか。
黄土色の岩石でできた巨人──岩石魔人だ。
さっきステラが感知したのは、こいつだな。
「敵……発見……」
兜をかぶったような顔で赤い目が光った。
ずし、ずし、と地面を揺らしながら、近づいてくる。
明らかな敵意を持って。
「こいつは……!」
俺は右手の甲を向け、魔王の紋を見せた。
だけど、ゴーレムは止まらない。
俺が魔王だと知っても向かってくるか。
と、
「魔王様ーっ!」
リリムや兵たちが駆け寄ってきた。
「みんな、魔王様を守るよっ」
「おうよ!」
「特訓したあの技を見せてやる!」
ガルーダのザマトが、ハーピーのアーリユとともに飛び立った。
先行するザマトがゴーレムを牽制し、離脱。
その後方からアーリユが羽毛の矢を放つ。
空戦魔族たちの必殺連携技『フォーメーション・ザマト』だ。
が、岩石でできたゴーレムの装甲は、そのすべてをやすやすと弾き返した。
「効かないなんて……うあっ!?」
「きゃあっ!」
ゴーレムが反撃とばかりに石の礫を弾丸のように射出した。
二人の魔族はあえなく撃ち落され、地面に叩きつけられる。
「魔王様、あれは幻影です」
ステラが第三の瞳を開き、告げた。
「幻影?」
「ただし──実体を持つ幻影のようです。この『夢幻の世界』でのみ存在できるモンスターですね」
夢幻の世界……?
なんのことか分からないけど、でも、
「幻影なら、遠慮なく倒してもいいんだな?」
「お願いします」
「『ダークエッジ』!」
俺は呪文とともに右手を突き出した。
魔力で生み出した三日月形の刃を放ち、ゴーレムを両断する。
「おおー、一撃で!」
リリムたちが歓声を上げた。
「ぐぬぬ……フォーメーション・ザマトをもっと磨かねば」
「特訓あるのみ、ね……」
ザマトとアーリユが悔しがっていた。
「ステラ、この空間のことを知ってるのか?」
俺はステラにたずねた。
「おそらくこれは魔軍長の一人、夢魔姫フェリアの生み出したものです」
うなずくステラ。
「ただし──彼女は暴走状態にあるのだと思います」
「暴走?」
「本来、この空間は限定した対象にだけ作用するもの。ですが今は、無差別に──おそらく王都中の魔族に作用しています」
「王都中に……」
「フェリアの能力は対象を眠らせ、夢の中──『夢幻の世界』に引きこむ……というものです。眠っている間は、そこから出ることができません」
ステラが説明する。
「そして夢の中では、フェリアは万能の女王となります。すべてを支配し、絶大な力を持つのです」
「要は、ここは異空間みたいなものか。じゃあ、ここを壊して脱出すればいいんじゃないか?」
「無理です。夢幻の世界は、物理でも魔法でもけっして破壊不可能な──」
「試すだけ試してもいいだろ」
俺は右手を掲げた。
「『ラグナボム』」
黒いエネルギーボールを上空に放つ。
ぐごおおおぉぉぉぉぉぉんんっ!
大爆発とともに、空の一角に大穴が空いた。
「壊れたみたいだぞ」
「あ、あなたという方は……」
ステラが呆然とした顔で俺を見ている。
ちなみに、今のは魔王の呪文としては中の上くらいの破壊力だ。
たぶん最上級の『灼天の火焔』や『破天の雷鳴』辺りなら空全体が吹き飛んでいたんじゃないだろうか。
「後は脱出するだけだな。空じゃなくて、もっと地面に近い場所に穴を空けるか」
しかし威力が強すぎる攻撃魔法は、周囲にも被害が出る。
なるべく狭い範囲に破壊力を集中するタイプがいいだろう。
俺は最適な魔法を探そうと呪文リストを呼び出す。
──と、そのときだった。
「ううっ……気持ち悪いぃぃ……」
ふいに、リリムが倒れた。
「う、ああ……」
いや、彼女だけじゃない、他の兵たちも苦しげな様子で次々に倒れていく。
さらに、
「くっ……ぅぅ……」
ステラまでが倒れ、苦悶の表情を浮かべた。
「おい、どうした、みんな!」
「おそらく……世界の、一部が……壊れた、せい……で……」
震える指先で上空を指差すステラ。
そこは、さっき俺が魔法で壊した穴があった。
「世界に……傷をつけると……そのダメージが、私たち……に……も……ううぅ」
俺だけが平気なのは、魔王だからなのか。
それとも魔法の能力によるものなのか。
あるいは、また別の理由なのか……分からないが、とにかく、
「強引にこの世界を壊すのはまずいってことか……」
俺は空の穴に向かって呪文を唱えた。
「『ルーンリペア』」
以前、魔界の結界を修復する際にも使った魔法だ。
空の穴は、俺の魔力によって完全に塞がった。
「はあ、はあ、はあ……た、助かりました」
周りを見ると、ステラたちは立ち上がっていた。
もう大丈夫みたいだな。
「悪い。みんなを苦しませてしまって」
「いえ、私にも予想外のことでした……」
と、ステラ。
ともあれ、世界を壊して脱出する、っていう手は使えない。
「さて、どうするか……」
いつまでもこんな場所にいるわけにはいかないな。
また、さっきみたいな敵が襲ってくるかもしれない。
あるいは別の場所では、他の魔族たちが襲われているかもしれない。
「ステラ、この世界から全員が脱出するにはどうすればいい?」
「一番簡単なのは夢魔姫フェリアに会うことです」
たずねた俺に、ステラが答えた。
「フェリアに?」
「彼女はこの世界のどこかで眠っています。その魔力で夢幻の世界を作り上げているのです。彼女の目を覚ますことができれば、この世界は消滅し、私たちも元の世界に戻ることができるでしょう」
ステラの千里眼によれば、フェリアがいるのは西部地方の魔界外縁部だそうだ。
ただし、彼女の力をもってしても正確な居場所はつかめなかった。
夢の中では、ステラの千里眼も能力を制限されてしまうようだ。
まあ、大雑把な位置は分かるんだし、後は周辺まで行って探せばいい。
俺たちは西の外縁部を目指して出発した。
メンバーは俺とステラ、そしてリリムと兵たちだ。
こういうとき冥帝竜ことベルがいれば、手っ取り早くフェリアの元までいけるんだが、どこにも見当たらなかった。
もともとこの世界に取りこまれていないのか。
あるいは、どこか離れた場所にいるのか──。
ともあれ、俺たちは進んでいく。
数時間ほど歩いただろうか、ふいに街道が消失した。
次の瞬間、前方に美しい草原と小高い丘が出現する。
丘の上には、壮麗な城がそびえていた。
「これは……でも、どうして……!?」
ステラが戸惑った顔だ。
「どうかしたのか、ステラ」
「こんな場所にあるはずが……でも」
「ステラ……?」
知っている場所なんだろうか。
「間違いありません。ここはアーゼルヴァイン公爵領──」
ステラが俺を見つめ、言った。
「私の、故郷です」
ハイファンタジーの月間ランキング5位に入ってました。
さすがに届かないと思っていたので驚きです。まじか……。
また、200万PVを超えていました。ありがとうございます<(_ _)>
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引き続きがんばります……!(ぐぐぐっ








