1 魔王城の風景
「リーガル、ただいま戻りました」
謁見の間に、古めかしい甲冑をまとった髑髏の剣士が現れた。
不死王リーガル。
魔王の側近『七大魔軍長』の一人であり、アンデッド軍団を束ねる猛将だ。
「我が軍の精鋭を率いて北部および東部方面を探索しましたが、勇者の残党は発見できませんでした。残る南部と西部に関しても、順次探索を行います」
「ご苦労だった、リーガル」
玉座から鷹揚にうなずく俺。
王らしい威厳を意識したつもりだが、どうも柄じゃない。
「お前の力はこれからも必要だ。無理をせず、休息も取ってくれ」
「もったいないお言葉にございます、王よ」
リーガルは恭しく頭を下げた。
それから顔を上げ、俺を見据える。
落ち窪んだ髑髏の眼部──その奥に赤い光がまたたく。
「……恐れながら」
「なんだ」
「雰囲気が少し変わられましたな」
と、リーガル。
「ん?」
「以前よりも気迫が感じられます。王としての覚悟を、背負われましたか」
「まあ、少し……な」
仮面の下で、俺はかすかに微笑んだ。
思い返す。
人間界でライルとの決着をつけ、かつての戦友を打ち倒したことを。
魔界でベルとの戦いを通じて、自分の意志を再確認できたことを。
「少しずつだけど、俺がこれから為すべきことが見えてきた」
「それが魔界に繁栄をもたらすものであれば、私は全力であなた様を支えましょう」
口調は恭しいが、リーガルの気配はあいかわらず攻撃的で、俺を試すような感じだった。
奴は言外にこう言っているのだ。
『あなたの行動が魔界に不利益をもたらすようなら討つ』──と。
それだけの苛烈な気配が漂っていた。
と、
「リーガル、久しぶり~」
玉座の向こうから閃光のようなスピードで一匹の黒犬が現れた。
ヘルハウンド形態のベルだ。
「……冥帝竜か」
リーガルが俺からベルに視線を移し、うなった。
「魔王の乗騎たる冥帝竜を従えたのですな……」
と、つぶやく。
「ベルでいいよ。長ったらしいし」
「ここは謁見の間だ。軽挙な言動は控えよ、冥帝竜」
「ベルだってば。相変わらずお堅いなぁ」
ふん、と鼻を鳴らすベル。
「俺が堅いのではなく、お前が軽すぎるのだ」
「堅苦しいと部下も窮屈だよ? 君、魔軍長なんだからもっとこう……明るいキャラでいこうよ」
「俺は俺だ。武人に愛想など不要。武があれば、それでよい」
リーガルが淡々と告げた。
それから俺に向き直り、
「申し遅れました。人間界では部下たちを救っていただき、感謝いたします」
深々と頭を下げる。
「すでに大半は勇者たちに討たれた後だった。残った軍勢とはどうにか合流できたが……」
と、俺。
「霊魔衆や散っていた者たちの無念は、いずれこの私が晴らします」
リーガルが告げる。
淡々とした声音の中に、強い闘志と怒りが混じっているのを感じた。
「すべての勇者を我が剣で斬り伏せ、彼らの弔いといたしましょう」
謁見の時間が終わり、俺は城内を巡回していた。
「はい、次。どんどん続いて~」
「うおおおっ」
「これでぇっ」
中庭に出ると、威勢のよい掛け声が聞こえてくる。
吐き出される火炎や雷撃が、地面に設置された的を次々と射抜く。
兵たちの訓練中のようだ。
「精が出るな」
声をかけると、兵たちが振り返った。
先頭にいるのは赤い髪をポニーテールにした魔族の少女。
警備兵の隊長を務めるリリムだ。
一緒にいるのは、いずれも翼を備えた魔族だった。
魔鷲に有翼女、海妖女、そして飛翔竜。
空戦タイプの魔族たちを訓練しているようだった。
「魔王様、こんにちはっ」
リリムはいつも元気だ。
他の兵たちも俺に一礼する。
「今日は連携技の練習なんです」
「連携技か」
「ちょうどいいや。誰か、やってみせてー」
リリムが兵たちに声をかける。
「よし、魔王様の前でいっちょいいところを見せるか」
「やってやるわよ」
鳥のように翼を備えた魔族二人が、空高く飛び上がった。
「ザマトとアーリユだね。がんばってっ」
リリムは上空の二人に声をかけた。
「じゃあ、はじめ~」
合図とともに、彼らが相次いで急降下する。
先行するガルーダがフェイントのような動きをしながら急上昇。
ガルーダの真後ろに隠れるようにして飛んでいたハーピーが、羽毛を矢のように発射する。
羽毛の矢群は見事に無数の的を射ぬいた。
「先行が敵の注意を引きつけ、その隙をついて後続が攻撃! 名づけてフォーメーション・ザマトです!」
リリムが得意げに叫ぶ。
「あ、ザマトっていうのは、この連携の発案者の名前です」
「ザマトと申します」
さっきの二人組の片方──ガルーダがぺこりと頭を下げた。
なるほど、いろいろと戦い方を工夫しているんだな。
「がんばってくれ。邪魔して悪かったな」
俺は仮面の下で笑みを浮かべた。
「魔王様のお声がけは全員の励みになりますから」
にっこりと答えるリリム。
「じゃあ、みんな。もうワンセット、いっくよー」
「おー!」
兵士たちの士気はなかなか高いようだ。
その後も、忙しそうに働く文官や武官、司祭などの仕事ぶりを見て回った。
巡回を終えた俺は執務室に戻る。
「失礼いたします、フリード様」
ステラが入ってきた。
「頼んでおいたものはどうなった?」
「現在リストアップ中ですが、現時点ではこのような感じです」
と、書類の束を差し出すステラ。
先の戦いで殺された魔軍長三人のポストが空席になっている。
新たな魔族を任命する必要があった。
三か月後に襲来するだろう勇者たちに備え、魔界の防衛体制をもっと強化するために。
魔王の側近を務める彼らは、いわば魔界の最高幹部だ。
慎重な選考が必要である。
「まず極魔導ヅィラームの後任候補ですが──」
ステラが言いかけた、そのときだった。
──視界が、明滅した。
「なんだ、これは……!?」
周囲の景色から色彩が消え、白と黒の二色になる。
地震のように床や壁、天井が激しく揺れる。
「何が起きている──!?」
※
魔界の外縁部──。
黒いモヤが漂う森林地帯から、光の柱が立ち上っていた。
その中に、すらりとしたシルエットがたたずむ。
艶めいた美貌の女魔族だ。
彼女は、まどろみの中にいた。
ゆったりとした浮遊感が断続的に訪れる。
──眠れ。
つぶやく。
半ば覚醒し、半ば停止した意識のままで。
──すべての魔族よ、眠れ。
唱える。
──あたしの夢の中で、永遠に。
月間ハイファンタジーランキングで6位に入っていました。
月間はたぶんここが最高順位のようです。もしかしたら明日表紙入りワンチャンあるかもですが……ちょい厳しそうですw
多くの感想、ブックマーク、評価など本当にありがとうございました。励みになっています。
連載開始時は、ここまで来られるとは予想もしてなかった……感謝です(´Д⊂ヽ
今日から4章。ひきつづきがんばります~!