11 大聖堂
「これが『大聖堂』──」
ルドミラは前方にそびえる白亜の神殿を見て、息を飲んだ。
彼女は現在、他の四天聖剣とともに馬車で移動している。
隣の席に座っているのは、貴族令嬢を思わせるドレス姿の美女──フィオーレだ。
「わたくしは一度だけ来たことがありますが、ルドミラさんは初めてでしたよね?」
「ええ」
緊張感が込み上げる。
十万を超える勇者たちを束ねる国際組織『勇者ギルド』。
その総本山ともいえる大聖堂を前にして──。
神殿の前には数人の勇者らしき者がいた。
大聖堂内に入れるのは、基本的に上層部だけだが、その周辺施設は勇者たちの訓練などに使われているのだ。
「姉さん、来てたの? それにルドミラさんも」
一人の少年が駆け寄ってきた。
金髪碧眼の整った顔立ち。
気品のある雰囲気は、貴族の子息ならではのものだった。
「久しぶりね、エリオくん」
ルドミラは笑みを浮かべた。
エリオ・クゥエル。
年齢は十五歳。
フィオーレの弟であり、ルドミラにとっては勇者養成機関での後輩だった。
「ど、どうも」
エリオは顔を赤くして挨拶をした。
「ふふ、元気そうですね、エリオ」
「姉さんも」
と、フィオーレに向き直るエリオ。
「訓練に来ていたの? 精が出るわね」
「俺も第二陣のメンバーに選ばれたんだ。がんばらないと」
得意げに笑うエリオ。
「第二陣って──」
「ああ、三か月後の魔界侵入作戦さ」
魔界の結界を破り、侵入する作戦が行われたのは二週間ほど前のことだ。
その第一陣では百人の勇者が選ばれ、魔界に攻め入った。
残念ながら彼らは敗走し、魔王の力で人間界と魔界の間にある結界は修復されてしまった。
ふたたび結界を破る準備を終えるのに、おおよそ三カ月。
そこで第二次作戦が行われる予定だと聞いていた。
前回は、智天使級や座天使級の奇蹟兵装の使い手から厳選したメンバーで挑んだ。
だが、今回はより大人数で行くため、それより下のランクの使い手からもメンバーを集うそうだ。
エリオは主天使級──奇蹟兵装のランクとしては上から四番目──の使い手のため、メンバーに選ばれたのだろう。
「悪い魔族をいっぱい倒してくるからね。ルドミラさんや姉さんと一緒に行けたらいいなぁ」
「あたしたちも参加できればいいのだけど……」
ルドミラは唇を噛んだ。
熾天使級の奇蹟兵装を持つ者は、魔界に入れない。
そのため、前回の作戦に加わることができなかった。
だが、その対策を上層部が進めていると聞いていた。
もし次の作戦でメンバーに選ばれたなら、魔族を打ち倒すために戦いたい。
そして、先日は完敗した魔王に今度こそ──。
神から与えられた聖武具『奇蹟兵装』を操ることができる素質者──『勇者』の数は全部で10万人ほどだ。
奇蹟兵装はその威力によってランク付けされており、上から順番に使い手の数は、
熾天使級、4名。
智天使級、500名。
座天使級、1000名。
主天使級、2000名
力天使級、4500名。
能天使級、6000名。
権天使級、12000名。
大天使級、25000名。
天使級、50000名。
──となっていた。
そして、彼ら勇者たちを束ねるのが『勇者ギルド』である。
その上層部──ギルドの最高幹部十人と、ルドミラたち四天聖剣は対面していた。
正確には、幹部たちではなく、彼らの意志を伝える通信用魔導装置だ。
高さ三メートルほどの長方形の板が全部で十枚、ルドミラたちの前方で明滅している。
「よく来てくれた」
板から声が響いた。
「君たち四人の活躍は聞き及んでいる」
「勇者ギルドの象徴であり、誇りでもある四天聖剣とこうして話すことができ、我らも嬉しい」
「さっそくだが、用件を話したい」
「三か月後に行われる予定の、第二次魔界侵攻作戦についてだ」
それぞれの板から聞こえる声を、ルドミラたちは黙って聞いていた。
「前回の作戦は、未知の領域だった魔界への偵察が主目的だった」
「魔王城へのルートは想定よりも敵が少なく、中には魔王の元までたどり着いた者もいた」
「最終的には、勇者たちは戦死もしくは敗走したわけだが──大きな戦果を得ることができた」
「魔軍長を三人倒し、魔王も討った……もっとも、新たな魔王が現れたようだが」
「実際に戦って生き残った勇者から、その力はかつての魔王をはるかにしのぐと報告を受けている」
ルドミラは反射的に体をこわばらせた。
敗北の記憶がよみがえり、無意識に拳を握りしめた。
「ともあれ、今まで交戦データが少なかった魔軍長クラスにも、上位の勇者であれば対抗できることが実証された」
「もちろん油断は禁物だ。高位魔族に立ち向かえるのは、君たちは別格としても、智天使級や座天使級の一部の使い手くらいだろう」
「大多数の勇者の力は、魔族には遠く及ばない」
そう、魔族は強い。
特に魔王や側近、それに準ずるクラスは高い戦闘能力を持っている。
ほとんどの勇者は数十人、場合によっては数百人単位で集まり、ようやく戦うことができるのが現状だ。
「しかも、残る魔軍長──不死王や獣帝は一騎当千の猛者だと聞く」
「特殊能力を持つという魔神眼と夢魔姫も厄介な敵だ」
「だが勇者たちの力を結集すれば、必ずやこれを撃破できるだろう」
「残る魔軍長を倒し、魔王を撃破する──それを成し遂げれば、残りは雑魚だ」
「勇者たちの数の力によって、圧倒できるだろう」
「我ら人間がすべての魔族を駆逐する」
「魔界は滅び、人の世界に悠久の平和が訪れるのだ」
彼らは、謳うように告げた。
「その中心となるのは、君たち四人である」
「諸君の、ますますの健闘を期待する」
「今度こそ確実に魔王を葬るために」
「そして──君たちの戦いは伝説となるだろう」
彼らの声が唱和した。
「前置きが長くなったが──ここからが本題だ」
「君たちには、さらなる力を得てもらいたい」
「先日、そのための手段を『神託』により授かった」
「最強と呼ばれる四つの熾天使級奇蹟兵装──その強化を」
「奇蹟兵装の強化……」
ルドミラは他の三人と顔を見合わせた。
自分たちはもっと強くなれる。
ならば、次こそは魔王に勝てるかもしれない。
ただ、気になることもあった。
(最初から、神がそれだけの力を与えてくだされば……)
ルドミラは眉間を寄せた。
(魔族との戦いによる犠牲はもっと少なかったはずなのに)
まるで……もったいぶるかのように、神が自分たち人間に限定的な力を与えるのはなぜなのか。
神は、まるでこの戦いを──。
「神の御心を量ってはならぬ」
ルドミラの思考をさえぎるように、板がいっせいに明滅した。
「神の御心に背いてはならぬ」
「神の御心を疑ってはならぬ」
「信じよ」
「神を信じよ」
数時間後、ルドミラは『大聖堂』の最上階にいた。
目の前には荘厳なレリーフで飾られた扉がある。
「この向こうが『神託の間』──ね」
天界の神と通信できる、地上で唯一の場所。
四天聖剣の奇蹟兵装の強化と修業のために、彼女はこの部屋に入ることを許された。
「ふふ、よろしくお願いしますね、ルドミラさん」
フィオーレが隣で微笑む。
「こちらこそよろしく。二人で一緒に強くなりましょう」
告げてルドミラは扉を開く。
向こう側から淡い金色の光があふれた。
「あたしは、もっと強くなるわ」
心に、誓う。
「そして、魔王を超えてみせる──」
ルドミラは『神託の間』へ一歩を踏み出した。
次回から第4章「夢幻の世界」になります。
またフリード視点に戻ります。
明日の昼~夕方ごろに更新予定です。
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