10 戴冠
俺は冥帝竜──ベルに乗って、魔界の空を駆け巡った。
王都を中心に広がる四つの地方。
灼熱の大地、純白の氷原。
緑の草原や赤茶けた荒野。
険しい山脈に広大な海。
闇に包まれた大地に、様々な自然が息づいている。
ぽつぽつと点在する街並みが見えた。
魔族には魔族の生活があることを、今さらながらに実感する。
人間だったころは、ただ『人を襲う魔物』としか認識していなかった。
実際、そういう連中も多くいた。
人を守るために戦った。
でも、今は──。
「どうしたの、魔王様?」
ベルが長い首を曲げて俺を見た。
「感傷に浸る、ってやつ? やっぱり人間っぽいね」
「こういうふうに魔界全土を見回る、っていうのは初めてだからな」
俺は答えた。
「人間界とは違う?」
「うーん……住んでいる種族が違うし、魔界には日の光がないからな。雰囲気はだいぶ違う」
「そっか」
「でも、いろんな奴がいて、たくさんの生活があって──本質的には大差ないんだろう」
「ここはここで一つの『世界』だからね」
他愛もない会話をしながら、さらに飛ぶ。
と、
「そういえば、さっき俺の中に『神の力がある』とか言ってなかったか?」
ふと思い出して、ベルにたずねた。
「んー……フリード様から匂いがするんだよね」
「匂い……」
「人でも魔でもない、神に属する力の匂いさ」
「神に属する力?」
どういうことだ。
「あ、城が見えてきたよ」
ベルに言われて、俺は意識を眼下に向け直す。
漆黒に彩られた巨大な城がそびえていた。
魔王城だ。
こうして空から見ても、やはり大きい。
城の近くから歓声が聞こえた。
「あれは……」
目を凝らすと、魔族たちがこっちを見上げていた。
「ふふ、ゆっくりと旋回するから、手でも振ってあげたら? 最強の竜を従えた魔王、なんて絵になると思うよ」
と、ベル。
「魔王様としての威光を示すのもいいでしょ。威厳は大事だよ。ハッタリきかせないと」
「まあ、一理あるかもな」
苦笑交じりに、俺は手を振る。
歓声が、一段と大きくなった。
俺はベルを魔王城の正門前に下ろした。
竜の背から降りる。
「お帰りなさいませ、魔王様」
ステラが駆け寄ってきた。
その背後には臣下の魔族たちがずらっと並んでいる。
一同で王のお出迎え、って雰囲気だ。
「王冠は返してもらったぞ」
と、彼女に渡す。
「元の場所に戻しておいてくれ」
「承知いたしました……あの、魔王様。冥帝竜と一緒だったのですか……?」
たずねるステラ。
「先の勇者との戦いで逃げたはずの……」
「逃げたとは失礼だなぁ。みんながあまりにも弱いから呆れて城を出ただけだよ」
ベルが鼻先から、ふしゅう、と息を噴き出した。
「魔王専用の乗騎であるお前が、戦いから逃げてどうする」
「弱い連中と一緒に戦うのは気が乗らなかったの」
「こいつは気分屋なところがあるけど、戦闘能力も飛翔能力も高い。心強い味方だ」
俺はステラをとりなした。
「で、さっきのヘルハウンドの正体がこいつだったんだ」
説明する。
「王冠を取ったのも、俺をおびき寄せるため。まあ、こいつなりに──新たな魔王である俺を試したってところだな」
「えへへ、騒がせちゃってごめんね」
ベルが頭を下げる。
「結果的に、こうして最高の乗騎を得られたんだ。今回のことは不問ということでいいか」
「魔王様が仰せならば」
うやうやしくうなずくステラ。
「それにしても、冥帝竜がヘルハウンドに変身できたなんて……」
ベルが歴代魔王の乗騎だということは知ってるんだろうけど、犬の姿にもなれることは知らなかったらしい。
「魔王様以外の前では、あんまり変身しないんだけどね」
ベルが巨体を揺すった。
ぽんっ、と煙が上がり、その姿が小さな黒犬に変わる。
「竜の姿のままだとエネルギー消費が激しいし、普段はこっちで過ごそうかな」
「ああ、そうしてくれ」
ベルにうなずく俺。
「あ、冥帝竜ってメスなんですね」
と、ステラが言った。
「ベルでいいよ。魔王様はそう呼んでるし」
「ベル……ちゃん? あらためて見ると、かわいい……」
ステラが微笑む。
さっきまでの態度が嘘みたいに柔らかな笑みだ。
というか、それよりも──、
「お前、オスじゃなかったのか?」
俺はベルにたずねた。
「? そんなこと、一言も言ってないけど」
きょとんと首をかしげるベル。
口調からオスだと思っていたし、声音も少年っぽいと感じたんだが……メスだったとは。
「ち、ちょっと触っても……いい?」
おずおずと申し出るステラ。
「ん、いいよー」
「じゃあ、すりすりすり」
ステラが犬のベルに抱きつく。
嬉しそうに頬ずりしていた。
「あはは、ちょっとくすぐったい」
「んー、いい触り心地。最高のもふもふ……」
笑うベルと、うっとりするステラと。
彼女たちを見て、俺は心を和ませた。
謁見の間──。
俺は王冠をかぶり、杖を手にして玉座に腰かけた。
戴冠だ。
「お似合いですよ、フリード様」
ステラが微笑む。
今は謁見の時間外のため、彼女と二人きりだ。
「魔王としての正装ですね」
「王冠なんてかぶると落ち着かないな、どうも」
「いずれ慣れると思います」
と、ステラが微笑む。
「これからは、今まで以上に王として振る舞うことを求められるでしょう」
魔王として生きていく、ってことか。
今まで以上に──。
人としての心と、魔王としての立場と。
俺の中には、人として過ごしてきた記憶や感情が染みついている。
すべてを簡単に割り切ることなんてできない。
だけど俺は──。
「……ステラ」
「はい、フリード様」
俺の呼びかけに、恭しくうなずくステラ。
「俺は、決めたよ」
目の前にある、この笑顔を守りたいと思う。
ここにはいない、多くの魔族の笑顔を守りたいと思う。
「魔界の防備も、臣下の編成も、一つ一つ整えていく」
人間だったときには結局、作ることができなかった──優しくて、温かな居場所。
それは、ここにあるのかもしれない。
なら、その居場所を守るために力を尽くそう。
それを壊し、傷つける者がいるなら、全力で戦おう。
俺は、俺として。
魔界の王──フリードとして。
連載開始から一ヶ月が経ちました。想像していたよりずっと多くの人に読んでもらえたおかげで、どうにかここまでたどり着きました。
感想やブックマーク、評価など本当に励みになっています。ありがとうございます(*´∀`*)
二ヶ月目、三ヶ月目をめざして、またがんばります~!








