9 破天の雷鳴
「一緒に戦ってもらう。これからのために、な」
「ふうん、ボクに勝ってから言ってよね!」
言うなり、竜が黒い光弾を吐き出す。
空中で分裂した光弾が、四方から俺を襲った。
「また、それか」
魔力障壁によって、その威力は俺まで届かない。
このぶんだと数百発レベルで浴びても、『ルシファーズシールド』は耐えてくれるだろう。
「攻撃してこない相手なんて怖くないね! どんどんいくよ!」
竜は調子に乗ってさらに光弾群を撃ってきた。
「じゃあ、望み通り攻撃だ」
俺は魔力障壁を展開したまま、呪文を唱えた。
「『ファイアアロー』」
炎の矢を複数生み出し、迫る光弾群を撃ち落とす。
ごうんっ!
さらに突き進んだ『ファイアアロー』が竜に命中した。
轟音とともに、空中で仰け反る黒い巨躯。
「まだ……まだっ……!」
傷つきながらも、竜は闘志を失わない。
翼の羽ばたきで突風を生み出す。
刃となった風が俺を囲んだ。
「『バーストウィンド』」
竜巻を生み出し、風の刃を吹き飛ばす。
「ぐううっ……!」
攻撃の余波を受けて、竜が後退する。
「──なんてね」
ニヤリと笑う竜。
同時に、背後に殺気が生まれた。
振り返った俺の視界に飛びこんできたのは、巨大な尾。
鞭のようにしなる尾が、いつの間にか迫っている──。
「『メテオブレード』」
俺は振り返りざまに、炎の剣を生み出し、振るった。
頑強な尾を燃え盛る斬撃と爆発で弾き返す。
「いくらやっても無駄だ」
「人間なんかにっ」
るおおおおおおおおおおおおおおおおおんっ!
冥帝竜が吠えた。
「ボクのすべてを込めて、打ち砕く!」
翼を羽ばたかせて突進してくる。
こいつだって力の差は理解しているだろうに。
あるいは相手の強さに応じて、ますます闘志を燃え上がらせるのか。
それが竜としての──あるいは魔族としての気性なのか。
「受けてみろ、これが──最大威力の連撃だ!」
「またさっきの三連コンビネーションか」
「三連? 違うね」
竜の全身が黒い魔力のオーラに包まれた。
その速度が数倍──いや、数十倍にも加速する。
「打撃と魔法の破壊力を最大まで引き上げ、すべてを破壊する──」
牙が、爪が、尾が──黒い雷光のごとき速度で無数に繰り出される。
口からは数百数千のブレスが間断なく吐き出される。
「さあ、耐えられるものなら耐えてみろっ」
俺は『ルシファーズシールド』を張って、静観の構えだ。
爆発音と衝撃音が延々と響く。
おそらくは、地形すら変えるほどの攻撃エネルギーが叩きつけられているのだろう。
それでもなお、魔王の魔力で生み出した障壁は傷一つつかない。
揺らぐことすら、ない。
「くそっ、ボクは負けない! 魔王とはいえ、元人間なんか乗せない! 乗せてたまるか!」
竜が叫ぶ。
「やっぱり人間は嫌いか」
「当たり前だろ! 人間は弱い! そのくせに、神からもらった武器で魔も竜も殺し続けた! 弱いくせに──」
さらに数千、いや数万の攻撃が集中し、すさまじい爆発を起こした。
辺り一帯が黒煙に覆われる。
眼前の竜が見えないほどの煙だ。
やがて、その黒煙がゆっくりと晴れ──。
俺は『ルシファーズシールド』を展開したまま、平然と中空に浮かんでいる。
「ば、馬鹿な……今のを受けて、傷一つ……」
竜は呆然とした様子でうめいた。
「そろそろ終わりにするぞ」
いつまでも中途半端な攻撃を仕掛けても、こいつは闘志を燃やすばかり。
もっと圧倒的な力で──屈服させる。
「人間は弱いと言ったな。なら、元人間の魔王がどれだけの力を得たか──その身に味わえ」
俺の全身を黒いオーラが包みこんだ。
炎にも似たオーラは激しく噴き上がり、上空の雲を吹き飛ばす。
「ちょっときついのを行くぞ。死ぬなよ」
「な、なんだ、この魔力は……!」
竜の声に、戦慄が混じった。
おびえている。
最強の竜種が。
俺は奴を指先で指し示し、唱えた。
「『破天の雷鳴』!」
青いスパークをまとった黄金の閃光が空の彼方まで突き抜ける。
魔界そのものを揺るがすほどの衝撃と轟音が響いた。
「ぐ……ああぁぁぁぁっ……!」
大爆発とともに周囲の空間が裂け、無数の黒い亀裂が走る。
その奥に広がるのは、無明の闇だ。
100%の出力のメガサンダー。
空間すらも灼き、貫き、破壊する──究極の雷撃。
「この力は……世界そのものを焼き尽くしかねない、力……!」
爆炎と黒煙の向こうから聞こえる竜の声は、震えていた。
「あり得ない……たとえ魔王でも、こんな力は……!」
「これで俺を──認めてくれるか」
俺は前方に広がる黒煙を見据える。
ゆっくりと晴れ、現れた黒い竜は傷だらけだった。
殺さないように奴の体をかすめるような角度で撃ったが、それでも大きなダメージを受けたらしい。
とはいえ、これくらいやらないと奴も俺を認めてくれないだろう。
リーガルのときと同じように。
「嫌だね……!」
だけど、冥帝竜はなおも猛る。
「どれだけ傷つこうと、打ちのめされようと──一度始めた戦いはやめないよ。この体が動くかぎりは!」
「最後まで闘志は捨てないか。大したもんだ」
俺は次の呪文を唱えた。
決着をつけるべく、最後の呪文を。
「『グラビティフォール』」
竜の頭上に現れる、黒い球体。
「っ!? ぐ、ううううっ……!?」
直撃された竜は一直線に落ちていった。
すさまじい地響きとともに氷の大地に叩きつけられる。
「う、動けない……っ! これは──」
「超重力を生み出す魔法『グラビティフォール』」
俺は浮遊魔法をコントロールし、竜の側に降り立った。
「発動速度が遅くて、高速で動き回る相手に当てるのは難しい呪文だ。だけど、傷ついたお前になら簡単に当てられる」
「『メガサンダー』じゃなく、最初からこの呪文で決着をつける気だったわけか」
竜が俺をにらんだ。
「言っただろ。『殺しはしない。一緒に戦ってもらう』──って。これで動けなくなったな、冥帝竜」
沈黙が、流れる。
俺と竜の視線が空中でぶつかる。
「……あーあ」
沈黙を破ったのは、ため息交じりの声だ。
「ボクだって最強の竜種なんだけどな。こんなにあっさり殺さないように無力化されるなんて」
言って、竜は静かに笑った。
「さすがに勝てる気しないや。降参」
どうにか、認めてもらえたか。
俺は重力呪文を解除した。
「これは返すよ」
竜がさっき飲みこんだ王冠を吐き出す。
……って、ヨダレだらけじゃないか。
俺は水系統の魔法で洗ってから、王冠を手に取る。
王の象徴、か。
「これよりボクは──いえ、わたくしは、あなた様に生涯の忠義を誓います。身命を賭して、御身のために働く所存にございます。以後、お見知りおきのほど何卒よろしくお願いいたします」
いきなり竜の態度がうやうやしくなった。
「俺と話すときは普段どおりでいい」
正直、さっきまでとキャラが違いすぎて戸惑ってしまう。
「よろしくな、ベル」
「ベル?」
「ベル・ガなんとか、って名前は長ったらしいだろ。お前のことはベルって呼ばせてもらうぞ」
「ベル……か。いいね、それ」
竜は口の端を釣り上げた。
たぶん微笑んだんだろう。
「じゃあ、あらためてよろしく──魔王様」
「フリードだ」
俺は仮面を外し、ベルに言った。
こいつには俺が元人間だってバレてるし、素顔を見せてもいいだろう。
ただし他言無用だと釘を刺しておく必要はあるな。
「俺が元人間だということは、側近のステラしか知らない。他の魔族には秘密にしておいてくれ」
「とりあえず、さっきの場所まで行きたい」
俺は仮面をつけ直し、ベルに言った。
竜との戦いの流れ弾が遠くの方に着弾していたことを思い返したのだ。
「乗せてくれ、ベル」
「おっけー。どうぞ、フリード様~」
竜が体を屈めた。
浮遊魔法を調整し、背中に跨る。
……鞍がないと尻が痛くなりそうだ。
城に戻ったら、こいつ用の鞍を作ってもらわないとな。
「じゃあ、行くよ。振り落とされないようにね」
言うなり、竜は翼を大きく羽ばたかせた。
「う……おおっ……!?」
思った以上に揺れる。
以前に乗った魔竜とは段違いだ。
それだけパワーがあるということだろうか。
俺は上体をかがめ、両腕に力を込めて竜の背中にへばりつくような姿勢になった。
……鞍だけじゃなく手綱もいるな、これは。
ほどなくして、さっきベルの攻撃が着弾した辺りに到着した。
衝撃波で地面が大きくえぐれ、いくつもの亀裂やクレーターができている。
が、幸い居住区ではないらしく、魔族の被害はなさそうだ。
「よかった。人死には出ていないらしいな」
「あれくらいで死んじゃうなら、それまでだよ」
あっけらかんと告げるベル。
「魔族とは『力ある者』。それに見合わない弱者は遅かれ早かれ淘汰されるでしょ」
……こいつの価値基準って、とことん『強いか弱いか』なんだな。
「俺は弱い者も強い者も等しく生きる権利を持つ世界の方が好きだ」
仮面越しにベルをにらむ。
「今までの魔王様と違って、随分穏健だねー」
「とにかく……お前の力は強すぎる。周りの被害を考えて攻撃してくれ」
俺はベルをたしなめた。
「魔王としての命令だからな」
「りょーかいっ」
「じゃあ、せっかくだから魔界を軽く見て回るか」
俺とベルは魔界の空をどこまでも翔けていく──。








