3 戦いを終えて
「い、一撃……!? しかも、山を消し飛ばすほどの威力とは──」
ステラが隣で呆然とつぶやく。
幸い、魔族たちには被害が及んでいないようだった。
勇者たちがいた辺りは、床も壁も天井もごっそりえぐれている。
狙いがずれていたら、魔族たちまで消し飛ばしていただろう。
「最上級火炎呪文の『メガファイア』を無詠唱で撃つなんて──さすがです、魔王様」
「あー、ちょっと違う」
俺はぽりぽりと頬をかき、ステラの言葉を訂正した。
「今のは『メガファイア』じゃない。ただの『ファイア』だ」
あらためて説明を見てみる。
ファイア:最下級の火炎魔法。威力は低いが、発動速度が速い。
……やっぱり最下級って書いてあるな。
それでさえ、この威力──。
歴代魔王をはるかにしのぐというレベル4000オーバーは伊達じゃない。
「えっ? えっ? い、今のが『ファイア』……? 魔王様、ご冗談を……」
ステラもさすがにクールビューティな表情を保てないのか、目を丸くしている。
勇者たちを殺すつもりはなかった。
ただ追い払おうと思っただけだ。
だけど──目の前で惨殺される魔族たちを守ることができて、ほっとした気持ちがある。
勇者たちへの同情は湧かなかった。
もしかしたら、ライルに裏切られたことで、俺自身が人間不信に陥っていたせいかもしれない。
「魔王様!」
「我々を救ってくださったのですね!」
魔族兵たちが、俺の元に駆け寄ってきた。
人間型や獣型、鳥型にアンデッドや竜──。
いずれも化け物然とした連中だ。
ただ、俺は怖いとも不気味だとも思わなかった。
彼らの表情が、いちように俺への感謝に満ちていたから。
心が癒されていくような感覚だった。
ライルに裏切られ、さっきの勇者たちの蛮行を見て、ささくれ立った心が──。
今は、不思議なくらいに温かい。
誰かを助けたり、力になったりして、感謝してもらうっていうのは、嬉しいことなんだよな。
勇者になったころの気持ちがよみがえる。
忘れかけていた思いをはっきりと思い出す。
皮肉なことに、魔王になったことで。
俺は勇者としての気持ちを、取り戻したのかもしれない。
その後、敵襲はなく、俺は私室で休むことになった。
やたらと広いベッドで横になると、たちまち眠気が訪れる。
「今日一日で色々なことがあったな……」
しみじみとつぶやく。
魔王ユリーシャとの最終決戦。
信じていたライルの裏切り。
一度死に、新たな魔王として復活したこと。
そして勇者たちから魔族を守るために戦ったこと。
「これからどうしたらいいんだろうな、俺は……」
魔王として生きるということは、人間の敵になるということだ。
仮にも勇者だった俺が、選べる道じゃない。
だけど、このまま魔族を見捨てることもできそうになかった。
他にも勇者たちが攻めてくるかもしれない。
また──さっきみたいな殺戮が行われるかもしれない。
「あんな非道が行われていたなんて、な」
人格的に問題のある勇者が少なからずいるのは、知っている。
ただ、今まで一緒に戦った勇者たちは、ああいう戦い方をする者はいなかった。
栄誉や権力を求めても、戦いの場では最低限の武人の礼儀を心得ていた。
俺が、ライル以外の勇者と組んで戦う機会があまりなかったせいかもしれないが。
だけど、あいつらは違う。
敵をいたぶり、苦しませ、それを楽しんでいた。
思い出すだけで胸がムカムカする。
他にもあんなことをする勇者がいるんだろうか。
……などと考えているうちに、いつの間にか眠っていたらしい。
目が覚めると、もう朝だった。
「たぶん、だけどな」
というのも、窓から外を見ると、朝のはずなのに夜みたいに真っ暗なのだ。
「朝も夜もほとんど変わらないな……」
言い伝えでは、魔界にはいっさい日の光が差さないそうだ。
暗黒に包まれた、闇の世界。
それが魔界。
暗いのに景色がはっきりと見えるのは、魔王としての能力なんだろうか。
俺はベッドから降りると、部屋を出た。
これからどうするのか、考えはまるでまとまらない。
とりあえず現状把握と眠気覚ましがてらに、外の空気を吸ってこよう。
「ボロボロだな……」
俺は城を見上げた。
巨大な塔のような形をした魔王城は、半分がた崩れている。
俺とライルは地下の坑道を通ってきたから、城を破壊したのは、昨日の勇者たちだろうか。
あるいは別の勇者たちだろうか。
「犠牲になった魔族もいるだろうな」
……反射的にそんなことを考えた自分自身に驚く。
考え方が、完全に魔族寄りになっている。
「歩くか」
頭の中がもやもやした。
それを振り払いたくて、俺は散歩がてら、城の周りを歩き出した。
……そして二十分後。
「完璧に迷ったな、こりゃ」
俺はぽりぽりと頭をかいた。
魔王城の外は、とにかく広い。
歩いているうちに、元の入り口が分からなくなってしまった。
「ステラに案内を頼むべきだったか……」
「あ、魔王様。おはようございまーす!」
やたらと明るい声がして、一人の魔族が駆け寄ってきた。
赤い髪をポニーテールにした、快活そうな娘だ。
身に着けているのは、簡素な革鎧。
剥き出しの二の腕や太ももが白く、まぶしい。
……年甲斐もなくドギマギしてしまった。
「ああ、昨日の──」
勇者軍と戦っていた魔族兵たちの隊長である。
「あたし、リリム・バルガムーグっていいます。城内警備部隊の隊長を務めておりますっ」
びしっと敬礼するリリム。
「あ、魔王様だ!」
「魔王様、おはようございますっ」
と、他の兵たちまでやって来た。
「みんな、怪我は大丈夫なのか? 人間の軍は追い払ったし、しばらく休んだらどうだ?」
実際、明らかに傷が治りきっていない様子の兵もいる。
心配になってくる。
「魔王様、我らのような者にまでお情けを……」
「なんという寛大な王だ」
「我らが魔王様!」
「我らが魔王様!」
いきなり、みんなで俺を称えはじめた。
いやいや、ちょっと待て。
俺はただお前らのことを心配しただけだぞ。
反応が大げさすぎないか……?
「うう、今度の魔王様はいいお方ね……もう捨て駒として扱われなくてもすむんだ……」
リリムなんて涙ぐんでいる。
先代魔王はけっこう兵たちにひどい扱いをしていたんだろうか。
「捨て駒──か」
ため息交じりにつぶやく。
俺も、たいがいひどい死に方をしたんだよな。
愛弟子であり、息子のようにさえ感じていた男に──裏切られ、殺された。
「……ん?」
そのとき、背筋にチリッと火照るような感覚が走り抜けた。
何か、がいる。
……ような気がする。
俺は使用可能な呪文リストを表示させた。
ホーミングレイ:追尾型の魔法弾。術者が敵と認識したものだけを自動的に追いかけて攻撃する。
その中に、ちょうどよさそうなのが見つかる。
「『ホーミングレイ』」
呪文を唱えてみた。
俺の手から飛び出した白い光球は、背後へと飛んでいき、
ドゴー……ン!
大爆発を起こす。
振り返ると、全長五メートルほどの獣が倒れていた。
いや、よく見れば獣じゃない。
機械のような四足歩行獣。
「自律型の奇蹟兵装か」
奇蹟兵装にはいくつかの種類がある。
武器として使用する『武具型』や、所有者と融合して力を与えてくれる『装着型』。
そして、この『自律型』は所有者の命令に従って、独自の意志で活動するタイプだ。
あまり複雑な命令はこなせないはずだから、おおかた『魔族を見つけ次第殺せ』とでも命じられているんだろう。
「この前の勇者が放った奇蹟兵装か……? それとも新手でもいるのか」
どちらにせよ、放置しておくと再生するかもしれない。
俺は念のために『ファイア』を放ち、完全に消滅させておいた。
「誰か、怪我した奴はいないか」
と、周囲を見回す。
「大丈夫です!」
「魔王様が守ってくださいましたから!」
兵たちが元気な声を上げた。
ホッと一安心だ。
「この迅速な対応力、そして俺たちへの気遣いを忘れない寛大なるお心……さすが魔王様だ! さすまお!」
「さすまお! さすまお!」
「さすまお! さすまお!」
たちまち湧きおこる『さすまお』コール。
「お、おう……」
とにかく俺が何かするたびに称えられている気がする。
「他にも自律型の奇蹟兵装がいるかもしれないし、掃討しておくか──」