7 ヘルハウンド
ヘルハウンドは魔王城内を逃げ回っている、ということだ。
「ああ、申し訳ありません……」
ステラがヘコんでいた。
「あれは代々の魔王様に受け継がれてきた大切なもの。それを奪われるなんて……」
「気にするな。すぐに俺が取り戻してくる」
落ちこんでいるステラのためにも、な。
「ヘルハウンドの居場所を教えてくれ」
「承知いたしました」
ステラはうなずき、第三の瞳を開いた。
千里眼でサーチしている。
「現在は王城の三階にいますね。警備兵たちが追いかけている様子です」
「よし、俺も行ってくる」
王城の三階に行くと、何人もの兵士が回廊を走っていた。
ん、ヘルハウンドはどこだ?
「こいつ、速いぞ!」
「囲め……って、消えた!?」
「落ち着け、超速移動を繰り返して……いてて、噛まれた!」
兵たちは大騒ぎだ。
よく見ると、彼らの間で黒い閃光のようなものが見えた。
もしかして──あれがヘルハウンドか?
動きが速すぎて残像が見えていた。
警備兵たちはそのスピードにまったくついていけない。
やすやすと王城内に侵入を許してしまったのも、この圧倒的なスピードのせいか。
と、ヘルハウンドが動きを止めた。
全身が真っ黒な犬。
体長は一メートルにも満たず、口に金色の王冠をくわえていた。
ステラはこいつを魔獣だと言っていたが、外見は普通の犬と同じだな。
丸っこくて、可愛らしい。
「あたしに任せて、魔王様っ!」
進み出たのはリリムだ。
兵たちを指揮して、ヘルハウンドを追い詰めていたらしい。
「絶対捕まえるんだからっ」
闘志を燃やしているようだ。
がんばれ、リリム。
「いつもよりよけいに伸びております~!」
と、リリムがスライム化した腕をロープのように伸ばす。
スルスルと伸びていった腕が、猛スピードでヘルハウンドに迫った。
だが、
「……うそ、速い~!?」
犬はすぐに加速し、リリムの腕をすり抜けてしまう。
まだ加速できるのか。
俺だけはかろうじて目で追えたけど、他の兵たちは反応できないみたいだ。
リリムのスライム腕もむなしく宙をつかむのみ。
「くそ、捕まえろ!」
「魔王様の王冠を!」
兵たちがいっせいに追いかけた。
ヘルハウンドはそれをあざ笑うようにスルスルッと彼らの間を通り抜けてしまう。
「『シェルター』」
俺は魔力で半径数メートルほどのドームを作る。
ヘルハウンドの動きが止まった。
「これで逃げられない」
俺はじりじりと距離を詰めつつ、同時にシェルターの範囲を狭めていく。
いくらこいつが速くても、超速移動できるスペースを限定してしまえば、どうってことはない。
労せずして捕まえることができた。
──と思ったら、
「がうっ」
小さく吠えて、ヘルハウンドの体が浮き上がった。
「こいつ……?」
次の瞬間、俺に捕まえられた体勢のまま、ヘルハウンドが猛スピードで飛翔する。
魔力の壁に向かって。
体当たりで突き破るつもりか。
俺は急いで『シェルター』の魔法を解除した。
魔王の魔力で作った壁は、体当たりくらいで破れないだろう。
けど、ヘルハウンドが怪我をするかもしれないからな。
「がううっ」
ヘルハウンドは俺ごと城の窓から外に飛び出し、空中を一直線に進んだ。
「おい、どこに行くんだよ」
俺は振り落とされないように掴まっている。
風圧や空気との摩擦熱に備えて、魔力の防御フィールドを張っておいた。
ヘルハウンドは飛び続けた。
高度千メートルくらいの地点まで跳び上がり、そこから前進。
ぐんぐん加速していく。
「こいつ、俺を振り落とすまで飛ぶ気か?」
捕まえたまま地面に下ろしたいところだが、適当な魔法が見つからない。
その間も飛行スピードは上がり続ける。
周囲の空気が赤熱化し、俺たちは赤く光る尾を引きながら空を翔けた。
そうこうするうちに、眼下の景色が変わる。
一面の草原から荒野へ。
さらに黒い霧がわだかまる、闇のふきだまりのような氷原に──。
「ここは……?」
一面に広がる、氷の白と霧の黒。
魔王のローブには耐寒機能があるのか、少し肌寒い程度だ。
「魔界の外縁部まで着いちゃったみたいだね」
声がした。
ヘルハウンドがこっちを見ている。
「お前、しゃべれるのか」
「ボクを誰だと思ってるの? 普通の魔族よりずっと賢いよ」
ふん、と鼻を鳴らすヘルハウンド。
声音も口調も、十代の少年みたいな感じだ。
ヘルハウンドは飛行スピードを緩め、やがて空中で停止した。
「外縁部……って、魔界の端っこか? こんな景色なんだな……」
初めて目にする場所だった。
魔界は、簡単にいえばひし形をした巨大な陸地だ。
王都を囲むように東西南北の四地方が広がっている。
陸地の外縁部は未踏の区域も多く、まだまだ謎が多いんだとか。
「えっ、知らないの? 君、新しい魔王だよね」
そう言われても、魔王になって日が浅いからな。
魔界の地理は、まだまだ分からないことも多い。
「ん、その匂い……もしかして、元人間?」
ヘルハウンドが金色の目を細めた。
ぎくりとする。
「あ、図星だ~……ふーん」
がるる、とうなるヘルハウンド。
「しかも君、体の中に神の力を隠し持っているでしょ。それも匂いで分かるよ」
「神の……力?」
なんのことだ?
「新しい魔王様に挨拶しようと思ったんだ、本当は」
ヘルハウンドがまた鼻を鳴らす。
「王冠を盗んだのも、君をおびき寄せようと思って」
「なんで、わざわざそんな真似をしたんだよ」
普通に会いに来ればいいだろうに。
「ちょっとした悪戯心だね」
ヘルハウンドがあっけらかんとした口調で言った。
「だけど、気が変わった。ボクは誇り高き魔王専用乗騎。元人間に背を貸すわけにはいかないなぁ」
「……そうか」
まあ、無理強いしてもしかたない。
「代わりの魔竜もいるし、そっちに乗るよ」
「えっ、いいの、それで?」
「いや、お前が俺を乗せたくないって言ったんだろ?」
「いやいやいや、そこは引き留めるところでしょ」
力説するヘルハウンド。
「『俺の乗騎はお前しかいない』『頼むから乗せてくれ、我が生涯の相棒よ』とかそんな感じの台詞、あるでしょ? あるでしょ?」
「乗せたくないって言ってる奴に、無理強いするわけにもいかないだろ」
「そこは粘ってよ! がんばってよ! すがりついてよ! 頼むよ頼むよ~!」
どんどん必死な態度に変わっていくヘルハウンド。
こいつ……もしかして、構ってちゃんなのか?
「そうだ、こうしようよ。ボクが君を魔王にふさわしい逸材か試すってことで」
「俺は別に」
気が進まない。
「元人間とはいえ、紋章を受け継いだ魔王であることに代わりはない。ならば、その力を示し、我を従えてみせよ……!」
「聞けよ、人の話を」
「じゃあ、始めよっか」
次の瞬間、ヘルハウンドの全身からすさまじいエネルギーが放射された。
「っ……!?」
不意打ちの圧力に吹っ飛ばされる俺。
「『ウインドバーニア』」
空中で風の呪文を使い、姿勢制御。
落下のスピードも緩めて、ゆっくりと着地する。
「あれは──」
見上げると、ヘルハウンドは真っ黒なオーラに包まれていた。
ばちっ、ばちっ、と赤いスパークをまき散らしながら、その体が巨大化する。
黒い鱗に覆われた巨躯。
皮膜状の翼。
鋭い爪と牙。
「お前は──」
「ボクは冥帝竜」
ヘルハウンドあらため、漆黒の竜が厳かな口調で告げた。
「代々の魔王に従い、その乗騎として数多の戦場を翔け抜けた──最強の竜種さ」
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