5 帰還と、ふたたびの日常
俺はステラやアンデッドたちと、いったん魔界に戻ることにした。
奪われた三王国は、俺の力なら再奪還することは可能だろう。
だけど奪い返したところで、俺がずっと人間界に留まって、そこを守り続けるってわけにもいかない。
魔界をいつまでも留守にはできないからな。
かといって、アンデッドたちを置いても、ルドミラみたいな強力な勇者が来たら、蹴散らされるだろう。
対抗するには、残存戦力が少なすぎる。
──というわけで、ここは撤退だ。
「お帰りなさい、魔王様~!」
魔王城まで戻ると、リリムたち護衛兵が出迎えてくれた。
「ああ、今帰った」
手を振って応えると、みんなが嬉しそうな歓声を上げる。
一緒に連れ帰ったアンデッドたちはリーガルの軍へ戻ってもらった。
「ありがとうございました、魔王様!」
全員、何度も俺に礼を言って去っていった。
そのリーガルは出張っていて留守だ。
以前、魔界に攻めてきた勇者の残党がいないか、定期的に巡回してくれているのだった。
俺は俺で、やるべき仕事を片付けていかないとな。
ただ、今日は少し休ませてもらおう。
俺は私室に戻った。
魔王の私室は二つあり、一つは純粋にプライベート用のもの。
もう一つは、私室という名目だが、実際は先代魔王ユリーシャの精神体が住む部屋だ。
俺が戻ったのは、もちろん前者の私室である。
仮面を外し、ローブを脱いでベッドに横になる。
「ふう……」
天井を見上げて、ため息をついた。
人間界での数日で色々なことがあった。
四天聖剣ルドミラと戦ったこと。
ライルと再会したこと。
奴に二つの罰を与え、決別したこと。
ステラたちを守るため、ウルバーノを始めとする勇者たちを殺したこと。
俺はもう一度ため息をついた。
色んな思いが湧き上がる。
単純な怒りや悲しみじゃない。
達成感や高揚感でもなければ、失望感や虚無感でもない。
それらが混じり合って、胸の中で渦巻いている。
……その日は、あまり眠れなかった。
翌朝。
「ちょっと留守にしただけでも、けっこう溜まるもんだな……」
執務室の机には、書類が大量に積まれていた。
二日ほど留守にしただけなんだが……。
「フリード様はお疲れでしょう? こういったことは、私が処理しますので」
ステラは書類仕事モードなのか、眼鏡をかけていた。
一方の俺は、二人きりなので仮面を外している。
「一通りチェックしておきます。最終確認はお願いできますか」
「ありがとう。いつも助かる」
「何をおっしゃるのです。あなたは今回も多くの魔族を救ってくださいました。せめてこれくらいのことはさせてください」
「お前だって疲れてるだろ。千里眼を酷使してたはずだし、そもそも魔力が全回復してないだろうし」
ステラにこそ休みをやるべきだな。
「あまり眠れなかったのですか?」
彼女が俺を見つめていた。
「いや、大丈夫だ」
「……ご無理はなさらずに」
ジッと見つめてくるその瞳には、優しげな光が宿っている。
「私でよければ、なんでも話してくださいね」
「……ありがとう」
でも、まだ大丈夫だ。
──それから、俺とステラは書類仕事を始めた。
勇者のときは魔族と戦うような任務がほとんどだったから、執務室にこもって仕事をする時間、というのはやっぱり新鮮な感じだ。
ステラがチェックし、俺が決済のハンコを押す。
各地方からの予算請求書、人事や経済などの各種承認書、軍務やら儀典関係やら……王の仕事ってこんなに色々あるのか。
黙々とやっているうちに昼になった。
「……それにしてもチェックが早いな」
ステラに言う俺。
気が付けば、三十箱以上あった書類も残り半分以下だ。
「眼魔は、視力だけでなく思考速度や反応速度にも優れた眷属ですので。こういった仕事は得意なんです」
「眼魔って?」
「私の種族名です」
ステラってそういう種族だったのか。
こん、こん、と扉がノックされた。
「昼食をお持ちしました」
仕事が溜まっているため、今日は執務室で食事をすることにしたのを思い出す。
「ありがとう。入ってくれ」
俺は仮面をつけ、扉の向こうに呼びかけた。
「失礼いたします~」
魔族の少女がワゴンを持って入ってきた。
外見年齢はステラと同じくらいだろうか。
緩くウェーブがかかったセミロングの紫髪に、眼鏡をかけた地味な容姿をしている。
頭には白いカチューシャ、さらに白と紺のエプロンドレスというメイド服姿。
胸元はぱつんぱつんに膨らんでいて、思わず目を奪われそうになった。
「ご苦労。ここまで運んでくれ、イレーネ」
ステラが指示する。
「はい、お嬢様~」
イレーネと呼ばれたメイド魔族はワゴンを押して進んだ。
「なんだ、お嬢様って?」
「ステラお嬢様は、魔界五大貴族の一つ、アーゼルヴァイン家の正当な後継者なんです~。私はお屋敷でもステラ様にお仕えしておりますので……つい、普段の呼び方が出てしまいました、ふふ」
イレーネが一礼して答える。
「ステラって貴族だったのか……」
さっきの眼魔のことといい、まだまだステラについて──いや、魔族について知らないことがいっぱいあるな。
五大貴族ってなんだろう?
名前からしてかなり高い地位にありそうだ。
ただ、魔族にとっては常識的な知識かもしれないし、うかつには聞けない。
後でステラと二人になったときにでも教えてもらおう。
「そこに並べてくれ」
「はい、お嬢様」
ステラが言うと、イレーネは手近のテーブルに配膳した。
「あ、ステラもどうだ? 腹減ってるだろ」
と、俺。
言ってから、イレーネと目があった。
メイド魔族は眼鏡の奥の瞳を輝かせ、チラチラとテーブルの上の料理を見ている。
「……おいしそう、じゅるり。いいなぁ、食べたいなぁ……」
心の声がだだ漏れだ。
まあ、確かに美味そうだよな。
「えっと……イレーネも食べるか?」
「わあ、本当ですか~? 嬉しいですぅ」
豊かな胸をぶるんと震わせ、はしゃぐイレーネ。
「よろしいのですか、魔王様」
「せっかくだし、いいだろう」
たずねるステラに答える俺、
「ありがとうございます、魔王様っ」
イレーネは嬉しそうにぴょんっと跳びはねた。
「王の御前だ。控えよ」
「うふふふ、お嬢様、お仕事モードですねぇ」
「職場ではお嬢様ではなく魔軍長と呼ぶように」
「あらあら、まあまあ」
穏やかに微笑むイレーネ。
「いいじゃないか、ここには三人しかいないんだし、肩の力を抜いていこう」
俺が二人に言った。
「ステラだって昨日まで人間界にいて、気を張り詰め通しだったろ?」
「……魔王様が仰せならば」
うなずくステラ。
その後、俺たちは三人で昼食を取った。
人間界にいたときは気が張っていたし、こうして落ち着いて食事ができるのはいいもんだ。
「お嬢様、その卵焼き食べないならもらっていいですか~」
「駄目だ。これは最後の楽しみに……って、待て。こっそり持っていこうとするな」
「うふふ、見つかってしまいました~」
「まったく……あ、そこの煮つけも私のだからな。お前はさっき食べただろう」
「育ち盛りなのでお腹がすくんです~」
「しょうがない。半分こだ」
「わーい、お嬢様優しいです」
「お嬢様じゃなくて魔軍長……いや、魔王様のお許しがあるから、そっちの呼び名でいいのか」
そんな二人のやり取りが微笑ましい。
俺はほっこりと癒されながら、昼休みのひと時を過ごしたのだった──。
夕方近くになり、ようやく平常業務が終わった。
「本当にありがとう、ステラ。お前がいないとどれだけ時間がかかったことか……」
「お役に立てて何よりです」
「というか、お前がいないと立ち行かないな。感謝する」
「そんな……」
ステラは照れたようにはにかんだ。
「ゆっくり休んでくれ。俺はちょっと寄りたい場所がある」
「寄りたい場所……ですか?」
「ああ、ちょっと……な」
この後、ユリーシャに会いに行くつもりだった。
魔王剣の欠片のことを聞いておきたい。
連載開始からそろそろ一か月。予想よりもずっと多くの方に読んでもらうことができました。本当にありがとうございます。
また感想やブックマーク、評価など、いつも励みになっています(*´∀`*)
これからもがんばります。








