4 戦友
「お前は、強い。あの四天聖剣ルドミラでさえ勝てなかった」
ウルバーノが険しい表情で俺をにらんだ。
「だが勇者たる者、敵がいかに強大であろうと退くことなどありえない。私の命に代えてもお前を倒す」
「無理だ。お前には」
傲然と言い放つ俺。
「たとえ私がここで倒れても、お前に一つでも傷を与えれば──きっと後の者が続いてくれる」
ウルバーノが左右のハンマーを構えた。
智天使級奇蹟兵装『ミョルニル』。
雷を操る能力を持った武具である。
「その礎になれればいい」
「頑固な奴だ」
相変わらず……だな。
「いくぞ、魔王!」
つい感慨にふけっていると、ウルバーノが地を蹴って突進してきた。
フェイントも牽制も何もない、まっすぐな動き。
いかにもこの男らしい、愚直なまでの正攻法だった。
左右のハンマーが大きく弧を描き、重量感たっぷりに打ちこまれる。
だが俺の反応速度の前では、遅すぎる。
体をよじってかわし、反撃の拳を繰り出した。
「何っ……?」
だがカウンターのタイミングで繰り出した俺の拳を、ウルバーノは身軽に避けた。
ふたたび打ちこまれる左右のハンマー。
体勢が崩れている俺は、無理をせずバックステップした。
「見えているぞっ」
それを予測していたように、ウルバーノがさらに踏みこむ。
こいつ──まるで俺がどう動くのかを知っているような攻撃だ。
「『バレット』」
光弾を放って迎撃する。
「ちいっ」
舌打ち混じりに跳び下がるウルバーノ。
「お前の動きは、ザイラス流剣術に似ている」
「……!」
俺は仮面の下でわずかに顔をこわばらせた。
確かに、ザイラス流剣術は人間だったころの俺が使っていた流派だ。
その動きの癖が、魔王になった今でも出ているんだろう。
考えてみれば、不思議な話でもない。
ただ、今まで魔法主体で戦っていたし、たいがいの相手は一撃でカタがついていた。
そのせいで、自分の体術の癖にまで考えが及んでいなかった。
「……お前を見ていると、あの男を思い出す」
ウルバーノが鋭い瞳で俺を見据える。
「魔王を倒すために魔界へ行き──そのまま帰ってこなかった戦友を」
その眼光が魔王の仮面を通して、突き刺さるように感じた。
まさか、俺がフリードだと感づき始めているのか……?
いや、いくらなんでも動きの癖が似ているだけで、そこまで見抜けるとは思えない。
それに……仮に気づかれたところで、どうということもない。
どのみち、俺にはもう人間界とのつながりなんてない。
一番大切だったつながりは、すでに断ち切った後だ。
「動揺が見えるぞ、魔王!」
咆哮とともに、ウルバーノが迫っていた。
ちっ、反応が遅れた──。
自分自身に苛立つ。
戦場で、戦い以外のことに思考を惑わされるとは……!
俺はまだ『人間』に未練を残しているのか──。
「猛れ、『ミョルニル』! 雷神の槌!」
左右の槌から雷撃が放たれた。
俺はとっさに魔力障壁を張って、それを弾く。
「くっ……」
ダメージは受けないものの、雷撃の勢いに押されて十メートル以上吹き飛ばされた。
「魔王が後退したぞ! 全員、撃て!」
すかさず叫ぶウルバーノ。
「『ウンディーネ』──水流槍撃!」
「『ベフィモス』──地裂の一撃!」
「『アロンダイト』──破閃斬!」
勇者たちが奇蹟兵装で次々とスキル攻撃を撃ってくる。
狙いは、ステラやアンデッドたちだ。
「『ホーミングバレット』!」
俺は数十個の光弾をいっせいに放った。
光弾群はみずからの意志を持つように宙を舞い、勇者たちの攻撃を相殺する。
こいつは追尾型攻撃魔法『ホーミングレイ』の迎撃特化バージョンだ。
「ふうっ……」
間一髪──。
ステラたちに勇者の攻撃が届く前に、すべて撃ち落とすことができた。
だが、今のを防いだとはいえ、まだ脅威は去っていない。
勇者たちはなおも各々の武具を振りかぶり、次の一撃を放とうと精神力をチャージしていた。
「魔王様、私も援護いたします!」
「俺たちだって!」
ステラやアンデッドが、魔力弾と瘴気弾を撃ってきた。
が、勇者たちが第二撃を放ち、あっさりと吹き散らす。
荒れ狂った攻撃の余波が、ステラやアンデッドたちに押し寄せた。
「させるか──」
俺はふたたび『ホーミングバレット』を放ち、それらを撃ち落とした。
「どこを見ている、魔王!」
側面からウルバーノが向かってくる。
ちっ、乱戦だとやりづらい……!
「退け、と警告はしたぞ」
俺は静かに告げた。
魔王の破壊魔法は強力すぎて加減が難しい。
一歩間違えれば、味方にも被害が出かねない。
だがやらなければ、やられる。
やらなければ──誰も守れない。
俺は無事でも、ステラやアンデッドたちが殺されるかもしれない。
「それでも、なお向かってくるなら──容赦はしない」
確実に、勇者たちだけを倒すんだ。
感情を殺せ。
思考を殺せ。
理性を殺せ。
人間を倒すための──殺すための存在になりきれ。
「『サンダーアロー』」
俺の前方に百を超える雷の矢が出現した。
対集団狙撃型の雷撃魔法。
追尾タイプの『ホーミングレイ』あたりと比べると命中精度が落ちるが、威力はこちらの方が上である。
集中力を、高める。
必要なのは、精密なコントロールだ。
「魔王の魔法だ、撃ち落とせ!」
勇者たちの奇蹟兵装から水流が、岩の塊が、斬撃波が、次々と飛んできた。
俺の放った矢群が突き進み、それらをまとめて撃ち抜く。
まばゆい爆光が視界を埋めた。
「がっ!?」
「ぎゃあっ!」
勇者たちは一人残らず、雷撃の矢に貫かれて絶命した。
「悪魔め……っ!」
いや、一人だけ致命傷を免れた者がいる。
倒れたウルバーノが、俺をにらんでいた。
『ミョルニル』の雷撃である程度ダメージを打ち消したか。
とはいえ、瀕死のようだった。
全身にひどい火傷と裂傷を負っている。
「はあ、はあ、はあ……たとえ、私たちが倒れても、勇者はまだいる……」
苦しげな息の下で、ウルバーノがうめいた。
すでに死相が浮かび始めた顔で。
「悪が栄えたためしはない……いずれお前たちは滅びる……後は、仲間たちに……託……す……」
「滅びはしない。俺が、全部守り抜く」
俺はウルバーノに歩み寄り、手をかざした。
手のひらに魔力の光が灯る。
「眠れ──勇者よ」
魔力の光が弾け、ウルバーノの体は跡形もなく消え去った。
 








