3 合流作戦
さすまおコールが落ち着いたところで、俺はアンデッドたちに現状を報告してもらった。
「勇者ルドミラの攻撃で、主戦力は壊滅しました……」
彼らの顔は暗い。
といっても、アンデッドだからもともと暗いといえば、それまでなんだが。
「霊魔衆の三人ですら、一瞬で殺されて……後は総崩れです」
「残った者たちは散り散りに敗走……我々もそうして逃げてきました」
霊魔衆というのは、リーガルの側近を務める三人の魔族のことだったな。
かなりの力を持つ魔族だと思うが、たぶんルドミラに倒されたんだろう。
「お前たち以外に逃げ延びた者は?」
「分かりません。ただ……私たちは、先ほど勇者と魔族の大きな魔力のぶつかり合いを感知したので、援軍だと判断してここに来ました」
「ですから、他の者たちもいずれここに向かってくるかもしれません」
と、アンデッドたち。
「なるほど。俺とルドミラの戦いがお前たちを呼び寄せる形になったわけか……」
言って俺はステラを見た。
「こっちに近づいてくる魔族を感知できるか?」
「やってみます」
ステラが立ちあがった。
その瞳に第三の瞳が浮かび上がる。
「向かってくる魔族の集団は全部で三つ。距離はいずれも数十キロ程度ですね」
と、ステラ。
「移動速度から考えると明日中には、どの集団も私たちの元にたどり着くと思われます」
「分かった」
俺はアンデッドたちに向き直った。
「じゃあ、彼らがやって来るまでここに留まろう。合流したら次の行動に移る。お前たち、それでいいか?」
「もちろんです」
「魔王様は俺たちがお守りします」
意気込むアンデッドたち。
「戦いの疲労もあるだろうから、まず休んでいてくれ」
俺は彼らをいさめる。
「ステラは定期的に周囲を監視してほしい。勇者軍が俺たちか、ここに近づく魔族集団のどれかに向かうようなら、すぐに報告を」
「承知いたしました」
ステラがうなずいた。
──その後、半日以上が過ぎた。
ステラには千里眼を使って定期的に状況確認してもらっている。
今のところ、勇者たちが近づいてくる様子はなかった。
俺たちを見つけられないのか。
それとも警戒して、簡単には近づいてこないのか。
どちらにせよ油断は禁物だ。
「ふうっ」
何十回目かの千里眼による索敵を終え、ステラが大きく息を吐き出した。
「大丈夫か、ステラ」
「少し疲労はありますが……平気です」
ステラが微笑む。
よく見ると目の下に少し隈ができていた。
顔色も心なしか青白い。
「……悪い。お前を酷使しているな」
千里眼がなまじ便利なだけに、つい頼ってしまった。
「そのお気遣いだけで十分です、フリード様」
ステラが笑みを深めた。
俺にも千里眼クラスの魔法が使えればいいんだが。
敵を探知する魔法『サーチ』なら使えるが、効力はステラよりも劣っている。
直接攻撃能力なら歴代魔王最強レベルの魔法を使えても、万能とはいかないらしい。
と、
「──フリード様、どうやら到着したようです」
「別のアンデッドたちか」
俺の言葉が終わらないうちに、茂みの向こうから魔族の一団が現れる。
最初に合流した連中と同じく、骸骨型や幽霊型などだ。
ほどなくして、二つ目や三つ目の集団とも合流できた。
その総数は、全部で二百ほど。
傷を負っていた者には、俺が闇の魔力を分け与えて回復させた。
……例によって、また『さすまお』コールが起きたのは言うまでもない。
「よし、とりあえず残存部隊は集まったな」
俺はアンデッドたちを見回した。
さて、これからどうするか──。
と、そのときだった。
「──魔王様!」
ステラが不意に叫んだ。
「勇者たちがすぐ近くまで迫っています。いつの間に、ここまでの距離に──」
俺も仮面の下で表情を引き締める。
「千里眼を使うタイミングの隙間を縫って、近づいていたのか」
「逃がさんぞ、魔族ども!」
声とともに、眼前の景色が蜃気楼のように揺らいだ。
同時に、七人ほどの戦士や騎士が姿を現す。
姿を隠すスキルを持つ『迷彩系』や『隠蔽系』の奇蹟兵装だろうか。
さらに、その後ろから数百の兵たちがやって来た。
「申し訳ありません、魔王様。私の失態です」
ステラが唇をかむ。
「いや、千里眼だって永続的に使うことはできないし、隙を突かれるのはしょうがない」
それに、こうなることも予想してなかったわけじゃない。
「ステラたちは下がっていてくれ」
言って、俺は前に出た。
「奴らは俺が対処する」
「魔族め、覚悟しろ!」
「先頭の奴は魔王だぞ、絶対に逃がすな!」
勇者たちが気勢を上げる。
その手には破壊の剣や水流の槍、大地の斧などの武器が見えた。
いずれも智天使級や座天使級──最強の熾天使級ほどではないが、かなり強力な奇蹟兵装である。
もちろん、俺だけなら彼らを問題なく退けられる。
が、ステラやアンデッドたちに攻撃の被害が及ばないようにしなければならない。
ここは気を抜かずに──、
「退け」
先制攻撃で数百の魔力弾を放った。
爆光と衝撃波が弾け、迫りくる勇者を、兵たちを、次々に吹っ飛ばす。
「ぐあ……ぁぁ……」
場に苦鳴が満ちた。
命を奪うほどではないが、しばらくは動けない程度のダメージを与えておいた。
まずは威嚇だ。
勇者が何人集まろうと、魔王には絶対敵わない──。
そんな恐怖心を植えつければ、多少なりとも抑止力になるだろう。
敵は皆殺しだ、と即座に割り切れるほど、俺は理性的にも冷徹にもなれなかった。
だからといって、何がなんでも殺したくない、とも考えない。
「退くならば、よし。あくまでも立ち向かうなら、我も容赦はしない」
魔王としての口調で言い放つ。
知り合いがいないとも限らないから、声を低く抑え、少しでも印象が変わるようにしておく。
「肉も、骨も、魂までも──滅びる覚悟がある者は来るがいい」
「うう……」
おびえた顔で後ずさる勇者と兵たち。
戦意喪失した様子だった。
と、
「──覚悟なら、ある」
彼らの最後方から、一人の勇者が進み出る。
まだ他にも勇者がいたようだ。
しかも他の連中とは違い、臆した様子がない。
「元よりその覚悟で戦場に立っている。私が相手だ、魔王」
銀髪に銀の口髭。
落ち着いた雰囲気を漂わせた、壮年の戦士だ。
がっしりとした体格で、両手に一本ずつ巨大なハンマーを持っている。
「お前は……!」
そいつの顔には見覚えがあった。
ウルバーノ・レイス。
勇者の任務で何度も一緒になったことがある。
真面目で責任感が強い奴だった。
勇者としての使命感に燃え、愚直なまでに戦う男だった。
「地上の愛と正義を守るため──私がお前を討つ」
嫌いじゃなかった、こいつのことは。
同じ四十代であり、親近感もあった。
その戦いぶりや勇者としての活動には敬意を払っていた。
だが、敵として立ちはだかるなら──。
「魔王に刃向ったことを後悔するがいい」
仮面越しに、かつての戦友を見据えた。
戦う決意も、覚悟も、揺らがない。
俺の背後には、守るべき者たちがいるんだ。








