9 二つの罰
ライルに対する一つ目の罰──。
それは生涯続く激痛だ。
寝ても覚めてもその痛みに苛まれ、日常生活を送ることすら困難になるだろう。
仮に『グラム』のような魔力妨害系の奇蹟兵装を使ったとしても、魔王の超魔力による呪いを解除することなど不可能だ。
そして今から与えるのが、二つ目の罰。
「──『ラストワード』」
「ううっ……ぐっ……!?」
俺の体からあふれた魔力光がライルにまとわりつき、奴の体がびくんと跳ねた。
「こ、今度はなんの魔法だ……っ!」
痛みに顔をしかめながらたずねるライル。
「洗脳系魔法の一種だ。『お前は今から勇者ギルドに行き、魔界でやったことをすべて告白する』」
命令を、与えた。
「……っ!」
「俺を裏切り、魔王退治の栄誉を独り占めにしようとした──その罪を明かすんだ。すべて、な」
「そ、そ、そんなことをしたら……痛い痛い……うぐぐぐぐ……僕は、破滅する……ぐああ、ぁぁぁっ……!」
「お前は勇者としての資格を失い、罪人として投獄されるだろう。今までの功績から考えて、死罪だけは免れるかもしれんが……英雄として再起することは不可能だ。成り上がりたいというお前の野心は潰える。永遠に、な」
言って、俺は『レーヴァテイン』を持ち上げた。
奴の手から離れたせいか、俺がこうして触れていても、脱力する感じはしない。
漆黒の刀身を握りしめる。
力を込めると、ばきん、とへし折れた。
黒い欠片が浮かび上がり、煉獄魔王剣に吸いこまれる。
刀身の欠損部にぴったりとはまりこんだ。
「欠けた部分は残り六つか」
おおおお……ん、と鳴動する魔王の剣。
「これからの人生は、その痛みを抱いて生きていけ。何者にも成り上がれず、生涯続く苦痛とともに──」
「ぐあ……ぁぁぁ……っ、痛い……痛い痛い痛いいたいいたいいたいいいいいいっ……」
涙でぐしゃぐしゃになったライルの顔を、俺は静かに見下ろした。
「い、嫌だ……許して……助けて……お、お願い……お願いします……僕が悪かったんです……ま、魔が差したから……だから、フリード……師匠、許して……ゆるじでぐだざい……痛い痛い痛い……破滅、しだぐない……」
こいつの言葉は、もう俺の心には響かない。
何も、感じない。
心の奥に残っている『人間』の部分がゆっくりと崩れ落ちていく感覚があった。
俺を人間として繋ぎ止めていた何かが、薄れ、消えていく感覚があった。
「嫌だ……僕はこんなところで……もっと成り上がる……誰よりも上に……いずれは、王にだって……くそ、くそぉぉ……ぐあ、痛い痛い痛い……いだいぃぃぃいいいいいいいいいい……くそぉぉ、フリード、許さねぇぇぇぇぇぇぇっ!」
怒号と嗚咽と苦悶の声だけを延々ともらすライルから、俺は背を向けた。
ステラの元まで歩み寄る。
「待たせたな」
「フリード様、お手が……」
ステラは悲しげな表情だった。
「ん? ああ、これか」
気持ちがたかぶって気づかなかったが、『レーヴァテイン』の刀身を握りつぶした際に、手のひらや指の裏が裂けていたようだ。
ぽた、ぽた、と血が滴っている。
「問題ない」
俺は治癒呪文を唱え、傷を塞いでおいた。
「これで俺は……心身ともに魔族になったのかもしれないな」
人間だったころ、大切にしていた最後のものと決別して。
本当の意味で──魔王に。
「フリード様……」
「いや、なんでもな……えっ!?」
言いかけたところで、ステラがいきなり抱きついてきた。
柔らかくて、しなやかな感触。
何よりも、温かな感触。
「……ステラ?」
「フリード……様」
慰めてくれているのか。
俺は軽く彼女を抱きしめ返し、それから体を離した。
「失礼いたしました。少しでもお心が休まれば……」
ステラが切なげにつぶやき、頭を下げた。
「出過ぎた真似を……」
「いや、嬉しかった。ありがとう」
俺は微笑み混じりにうなずく。
と、
「──フリード様、新手が来ます」
ふいにステラが表情を引き締めた。
その額に第三の瞳が出現する。
「数は七。いずれも勇者です。その後ろには五百ほどの兵が」
「これだけ派手に戦っていれば、他の勇者たちにも気づかれるか」
俺は苦笑気味につぶやいた。
さて、どうするか。
「魔王らしく、勇者たちを片っ端から打ち倒すのも一興……か」
「恐れながら、いったん離れたほうがよいかと」
ステラが進言した。
「先ほど、魔王様の力が不安定だったことが気にかかります」
「……なるほど」
あれは煉獄魔王剣の欠片の影響だろう。
欠片はすでに取り戻したし、おそらくは大丈夫だと思う。
ただ、絶対とは言い切れない。
あの脱力感がまた襲ってこないとも限らないし、そんな状態で複数の勇者を相手にするのは危険だ。
念のために退却しておくか。
「ステラ、安全なルートを見極めてくれ。この場から離脱する」
※
吹雪が吹き荒れる山の中に、二つのシルエットがあった。
「……ふむ、この気配は魔王の剣の欠片か。新たな魔王が回収したようだな」
巨大な影がうなる。
「奴はいかほどの器か……お前はどう見る、シグムンド?」
「今代の魔王フリードは強大な力を持つと噂されています。その器は未知数。仕掛ける時期はまだ先になりましょう」
シグムンド、と呼ばれた小柄な影が告げた。
「まずは──魔王の力を抑え、打ち勝つために。欠片を集めることが先決かと存じます」
「儂が持つ欠片だけでは足りんか?」
巨大な影の手には、黒い金属片がある。
バチッ、バチッ、と紫色の火花を散らす欠片だ。
「一つでは、まだ。ですが、もう一つあれば……あるいは」
「慎重だな」
巨大な影が体を揺する。
その全身から発する闘気がオーラとなって立ち上り、大気を焼いた。
「主は豪胆に過ぎますゆえ」
シグムンドが淡々とした口調で告げる。
「それをいさめるのが臣下の務めと存じます」
「ならば、今しばらくは潜伏するとしよう。行け、シグムンド。儂の元に、さらなる欠片を」
「我が主、獣帝ゼガート様の御心のままに」
「『獣帝』ではない」
巨大な影──ゼガートが笑った。
「遠からず、儂の称号は『魔王』となろう」
※
「くそ……嫌だ……嫌だ嫌だ嫌だ……僕は、絶対に罪を告白なんて……痛い痛い痛いいだだだだ……嫌だぁぁぁっ……!」
ライルは泣きながら歩き始める。
痛みのあまり、少し歩いては倒れ、また立ち上がっては歩き出し、そして倒れ──。
目指す先は、勇者ギルド。
そこで彼の罪は白日のもとに晒されるだろう。
彼の野心も、栄光も、すべては終わり、裁きのときが待っている──。
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次回から第3章「天と魔の策動」になります。
明日の昼~夕方ごろに更新予定です。