2 発動、魔王の力
今日中にあと1、2話投稿予定です<(_ _)>
我々を救ってください──なんてお願いされてしまった。
ついさっきまで人間だった俺が。
魔王として蘇生した、ってことは……今の俺は『魔族』なんだよな?
とはいえ、意識は人間のままだ。
もちろん感情や倫理観だって。
人の世界を守るために勇者として戦ってきたのに、今度はその人間たちと戦えなんて言われても、戸惑いしかなかった。
そう、俺は人々を守る勇者なんだ。
──裏切られ続けてきたのに?
ふいに、内心から湧き上がる、昏い言葉。
「俺は、勇者だ」
自分に言い聞かせるようにつぶやいた。
──同じ勇者に裏切られたのに?
また、心の内から言葉が湧き上がる。
くそ、俺は何を考えて……。
「魔王様、これを」
そんな内心の葛藤を中断させたのは、ステラの声だった。
彼女が俺に向かって手をかざす。
虚空から、禍々しい紋様の刻まれた仮面が出現した。
空中を滑るように進み、俺の顔にすっぽりとはまる。
「これは──」
「あなたの正体が元人間であることは隠したほうがいいでしょう。今のままでは人間からも魔族からも敵とみなされます」
ステラが言った。
「人間からは『魔界に寝返った勇者』として。魔族からは『先代魔王を討った人間』として」
「……それはそうかもしれないが」
勇者だった俺が、魔王の仮面をかぶるなんて。
「この仮面は単純な力では絶対に外せません。あなたの意志でのみ脱着可能な魔法をかけてあります」
と、ステラ。
「今のところ、この事実を知るのは私一人。もちろん、私も他言はいたしません」
切れ長の目が俺をまっすぐに見つめていた。
「ここにいたか、魔王!」
そのとき、数人の戦士たちが広間に入ってきた。
──もしかしてライルもいるんだろうか。
俺は彼らに視線を向けた。
愛弟子であり、親友であり、相棒であり、そして息子同然だった男。
俺を、殺した男。
「俺は勇者アレク!」
「同じくフレッド!」
「我が名はジェレミー! 覚悟しろ、魔王!」
順番に名乗る勇者たち。
「……ライルはいない、か」
俺は仮面の下でため息をついた。
百の勇者による魔王討伐のための決死行──。
それが実行されたのは三日ほど前だ。
俺やライルもそのメンバーだった。
多くの仲間が魔族に討たれ、あるいは離れ離れになり、魔王城にたどり着いたころには俺とライルだけになっていた。
そして最上階まで進み、魔王と戦い──。
今、こうして俺自身が魔王になっている。
ライルはあの後、どうしたんだろう?
別の場所で戦っているんだろうか。
それとも──。
「魔王様には指一本触れさせんぞ!」
今度は魔族の兵たちがやって来た。
「あ、あれ? ユリーシャ様じゃない……誰なの?」
先頭の女魔族が戸惑いの様子を見せる。
赤い髪をポニーテールにした若い娘だ。
「控えよ、リリム隊長。この方は、ユリーシャ様に代わり新たな魔王様となられた」
厳かに告げるステラ。
「新たな魔王様……!?」
「混乱するのは分かるが、今は非常時。己の責務を全うせよ」
驚く彼女──リリムにステラが告げる。
「た、確かに魔王様の紋章がありますね……ならば、あたしたちがお守りいたします」
「ふん、魔王の前にまずは貴様らから蹴散らしてくれよう」
勇者たちと魔族兵たちが対峙する。
「さあ、お下がりください」
ステラに促され、俺は後ろに下がった。
まだ気持ちの整理がつかないままだ。
理屈で言えば、俺は勇者として、人間側に味方するべきなんだろうと思う。
なのに、俺の中の何かがそれを押しとどめる。
この感じは……なんだ?
ライルに裏切られたからか?
ステラや魔族たちに情でも移ったか?
あるいは──。
戸惑う俺の前で、勇者たちと魔族たちの戦いが始まった。
三人の勇者はそれぞれ同じデザインの槍を構えていた。
奇蹟兵装。
神が人間に与えた、魔を打ち倒すための聖なる武具だ。
それを扱う素質を持つ者たちは、こう呼ばれる。
勇者、と。
「吹っ飛べ!」
勇者の一人が槍を突き出す。
「うなれ、『ウンディーネ』!」
「ぐあっ」
「ぎゃあっ」
その穂先から飛び出した水流は、鋭い刃となって数体の魔族を切り刻んだ。
「そーら、また死んだぁ! これで俺がトップだな」
そいつの腰に、魔族の首らしきものがいくつも吊り下げられていた。
見れば、他の二人も同じだ。
「まだ魔族どもはいくらでもいるだろ」
「見てろ、ここから逆転してやる!」
勇者たちがニヤニヤと笑っていた。
こいつら、魔族を狩る『ゲーム』をしてやがる……!
嫌な気分だった。
俺だって幾多の魔族を討ってきた。
戦いにおいて、命のやり取りは当然だ。
だけど、それをゲーム感覚で楽しむのは、違う。
敵に対する最低限の敬意さえ忘れてしまったら、それはもう勇者でも戦士でもない。
あいつらのやっていることは戦いじゃない。
ただの、殺戮だ。
まるで、あいつらこそが悪魔のようだ。
「みんな、下がって! ここはあたしが!」
リリムが前に出た。
その体が半透明に薄れたかと思うと、みるみるうちに軟体化して伸び広がる。
あいつ、スライムの眷属なのか。
「あたしが盾になるから、みんなは陣形を立て直して──きゃあっ!」
悲鳴を上げるスライム女。
勇者たちの放つ水流が槍と化し、粘体ボディを貫いたのだ。
「リリム隊長!」
「だめだ、強すぎる──」
部下の魔族たちが絶望と恐怖の声を上げた。
通常、スライムには物理攻撃が効きづらい。
だが、さすがは奇蹟兵装というべきか、あの水流はスライムにもダメージを与えられるらしい。
それでも彼女は、仲間を守ろうと懸命に立ちはだかった。
「ああっ……くあ、あ……ぁぁぁっ……!」
全身を貫かれ、苦痛の声をもらしながら、一歩も下がらない。
──俺は勇者の一人として、魔族と戦ってきた。
魔族は、人の世界を脅かす敵だった。
倒すべき敵だった。
「だけど……」
ぎりっと奥歯を噛みしめる。
リリムが何度となく貫かれ、それでもなお仲間をかばって立ち続ける姿を見つめて。
「相手が人間だろうと、魔族だろうと……関係あるかよ」
こんな場面を見過ごせない!
「やめろっ!」
俺は怒りの声を上げて、進み出た。
「へっ、魔王様が直々に相手をしてくれるのかよ」
「やったぜ、こいつを倒せば大手柄じゃん」
勇者たちが歓声を上げた。
相手は勇者三人か。
魔王城まで来たなら、選ばれた精鋭のはず。
生前の俺ではかろうじて渡り合えるかどうか、といったところだ。
だけど、『魔王としての俺』ならどうだろう?
彼らに視線を向けると、空中に無数の文字が浮かび上がった。
名 前 アレク
階 級 騎士型勇者
総合LV 110
H P 560
M P 170
攻 撃 302
防 御 440
回 避 415
命 中 700
装 備 奇蹟兵装『ウンディーネ』
スキル 水流槍撃LV7
水の障壁LV4
「これは……さっきステラに見せてもらった『ステータス表示』か?」
どうやら俺にも同じようなことができるらしい。
今のは先頭の勇者の表示だけど、他の二人も似たような数値だった。
俺の総合レベルは4702で、相手はいずれもレベル100台。
単純な数字上では圧倒している。
「何をボーっとしている!」
「隙だらけだぞ!」
「魔王を貫け、『ウンディーネ』!」
三本の槍型奇蹟兵装が、いっせいに水流の刃を放ってきた。
──相手が水なら、炎で対抗するか。
考えたとたん、眼前に別の表示が現れた。
ファイア:最下級の火炎魔法。威力は低いが、発動速度が速い。
バーストボム:広範囲に爆発を起こす。術者のレベルに応じて範囲と威力が拡大。
メテオブレード:炎の斬撃を繰り出す。基本リーチは約三メートル。
他にも、数百単位の呪文名がずらりと並ぶ。
たぶん、俺が使用可能な魔法のリストだ。
「魔法なんて使ったことないな。とりあえず『ファイア』でいいか」
練習がてら、最下級魔法を選んだ。
──炎よ。
豆粒くらいの小さな火球が生まれた。
ゆっくりと空中を進んだ火球は、三つの水流とぶつかり──、
すさまじい大爆発を巻き起こした。
「え、あれ……?」
三つの水流は一瞬で蒸発し、三人の勇者は悲鳴すら上げられずに消滅した。
さらに床が、壁が、ドロドロに溶け、焼き尽くされる。
なおも突き進んだ火球は、城の外へ飛び出し、数キロ先の山脈にまで達し、いくつかの山をまとめて消し飛ばした。
「俺が撃ったのって、最下級魔法……だよな?」
ちょっと想像していたよりも、はるかに──とんでもない威力だ。