5 人間界への出陣
「我ら不死王リーガル様の側近を務める霊魔衆!」
「たった一人で我らの軍団に挑むとは笑止!」
「斬り殺し、撃ち殺し、刻み殺し、犯し殺してやろう、女!」
前方から、数百という数のアンデッドが押し寄せてくる。
「邪悪な魔族め……一人残らず駆逐してあげる」
美貌の少女勇者──ルドミラが微笑み混じりに言い放った。
ツインテールにした青い髪の先端が、黄色いリボンが、風で揺れる。
「あたしが薙ぎ払うわ。あなたたちは討ちもらした魔族の対処をお願い」
「いくらなんでも数が多すぎる……無茶だ!」
「しょせん数だけよ」
ライルの警告に平然と答えるルドミラ。
(本当に、一人でやる気か……!?)
魔族軍によって征服された東部大陸の三王国を奪還する──その任務に同行したまではよかったのだが。
まさか、ルドミラが大軍を相手に正面突破を試みるとは。
ライル以外に同行した勇者は全部で二十人。
さらに同盟各国の兵が千人ほど。
だが、ルドミラはそのいずれにも頼るつもりはなさそうだった。
以前、一緒に戦ったときはここまでの無茶をする少女ではなかったが──。
すでに魔族軍は十メートルほどの距離まで迫っている。
「さあ、殺戮の音色を奏でなさい──奇蹟兵装『ラファエル』」
ルドミラが美しい翡翠色の弓を構えた。
二本の弓がX字型に交差したようなフォルム。
熾天使級奇蹟兵装『ラファエル』だ。
あらゆる奇蹟兵装の中で最高位の聖武具だった。
「『ラファエル』の最大装弾数は777。この一射で──」
無数の光の矢がいっせいに放たれる。
竜巻を起こしながら突き進んだ矢群が、すべての魔族を同時に貫いた。
血しぶきで辺りが真紅に染まり、それを風が吹き散らしていく。
「お前たちの命運は、尽きる」
静かに告げたルドミラの声に答える魔族は、もはや一人もいなかった。
不滅の肉体を持つアンデッドたちの弱点──コアを正確に砕いたのだ。
圧倒的な連射力と精密性だった。
「一瞬で……」
ライルは呆然と立ち尽くした。
以前に見たときよりも、さらに強くなっている。
ライルがフリードと二人がかりでなんとか追いこんだ魔王ユリーシャも、ルドミラならば瞬時に倒せるかもしれない。
ただ、一つ疑問があった。
これほどの強さの持ち主なら、なぜ先の魔界決死行でメンバーに選ばれなかったのか。
ルドミラや他の四天聖剣が加わっていれば、確実に魔王を討ち取れただろう。
今までの戦いも、もっと楽に勝てただろうに──。
「どうかしたの、ライルくん?」
ルドミラが振り返った。
凄惨な戦場でなお、彼女の周囲には華やかな空気が流れている。
心を甘くときめかせ、見とれてしまうほどに。
「……いえ」
ライルは首を左右に振った。
見とれるのは、後だ。
疑問も、後だ。
「さあ、後は残党を蹴散らし、王国を奪還しましょう。勇者たち、そして王国の兵たちよ、進め!」
ルドミラが凛々しく言い放つ。
歓声と鬨の声が上がった。
「よし、僕も──」
真紅の大剣『レーヴァテイン』を手に、ライルは走り出す。
今はとにかく戦果を挙げることを考えよう。
ライルが目指す栄光のために──。
※
「三王国を奪還され、我が側近たちも殺されました──王よ、私に出撃許可を」
謁見の間に現れたリーガルは、開口一番にそう言った。
「勇者どもを皆殺しにして、必ずや王の元にその首を捧げましょうぞ……!」
顔が髑髏だから分かりにくいけど、口調や態度からして激怒しているんだろう。
確かにリーガルは強い。
並の勇者が相手なら、言葉通り皆殺しにしてしまうかもしれない。
だが、今回の相手は四天聖剣である。
それに、何よりも……。
「いや、俺が出る」
玉座から立ち上がった俺は首を左右に振った。
「魔王様、自らが……?」
驚いたようなリーガル。
玉座の側で控えるステラも、同じように驚いた様子だ。
「お前には留守を頼みたい。結界があるから勇者たちが攻めてくる可能性は低いが、備えは必要だ」
「恐れながら……今回の件は、配下に任せて人間界を離れた私の失態。それを挽回する機会をいただきたい」
リーガルも引かない。
「魔軍長の誇りにかけて、必ずやもう一度王国を征服してみせましょう」
「その心意気は嬉しく思う。だが、相手は最強と呼ばれる四天聖剣の一人だ」
「誰であろうと、我が剣で打ち砕くのみです」
「お前の実力は分かっている。頼りにもしている」
とにかくリーガルのプライドを無駄に刺激しないよう、言葉を選ぶ俺。
「だからこそ無意味な消耗は避けたいんだ。いかにお前といえども、四天聖剣を相手に無傷というわけにはいかないかもしれない」
「む……」
「傷を負ったところで、他の勇者たちに追撃を受ければどうなる? 万が一、ということも考えてほしい」
本音を言えば、今言ったことがすべてじゃない。
戦略的な理由としては、その通りだけれど。
リーガルを派遣すれば、多くの人死にが出るだろう。
俺はそれが嫌だった。
甘いのは分かっていても、やっぱり嫌だった。
それに──目的の場所にはライルがいる。
あいつとは、俺が決着を付けなきゃいけない。
これから先、魔王として──そして人として。
どんな道を歩んでいくのか。
それを見定めるために。
「だから、俺はステラと二人だけで行くつもりだ」
宣言した。
「生半可な力を持つ魔族を連れていっても犠牲が増えるだけだろう」
「ですが、護衛一人というのは……」
「ステラは索敵能力に優れている。俺のサポートにはうってつけだ」
リーガルに説明する俺。
「魔王様のために全力を尽くします」
ステラの方を見ると、彼女は静かにうなずいた。
「それに──俺の力は知っているだろう? 直接剣を交えたお前なら。四天聖剣であろうと、俺の敵ではない」
強気に言い放つ。
以前に戦ったときのことを思いだしたのか、リーガルは押し黙った。
「ただ……万が一俺が討たれたときには、お前に後を託したい。現状、俺の周囲にいる魔族ではお前が最強だ。ステラもまだ万全じゃない」
「魔王様──」
「俺が討たれれば、新たな魔王が生まれるんだろう? それがステラやリーガルなのか、別の魔族なのかは分からないが……もしお前以外の者が新魔王になったときには、支えてやってくれ。頼む」
「……そこまでの覚悟であれば、私はもはや何も申しません。ご武運を、王よ」
リーガルは俺に向かって深々と頭を下げた。
──というわけで、俺はステラとともに人間界へ行くことになった。
二人で一緒に魔王城を出る。
「では、私が通り道を作りますね。『ディメンションロード』」
ステラが呪文を唱えると、目の前の空間にぽっかりと黒い穴が開いた。
結界の一部を開いたのだ。
俺がまだ人間だったころ、結界に空いた穴を通って人間界から魔界まで来たことはある。
だけど魔界から人間界への移動は初めてだ。
俺はステラとともに黒い穴を通った。
そこから先は真っ黒な空間が広がっていた。
「フリード様はまだ結界内を進むことに慣れていないでしょう。どうか、私の手につかまってくださいませ」
ステラが俺の手を握った。
柔らかくて温かな手だ。
彼女に連れられて、俺は結界の中を進んでいく。
「この結界って、人間界から魔界へも、その逆も自由に行き来できるんだよな?」
「ええ、魔族ならば問題なく通過できます。ただし、人間は通ることができません」
俺の問いに答えるステラ。
人間側は結界を破らないかぎり魔界に侵攻できないが、魔族側は魔界と人間界を自由に往来できる──。
もし人間側が自由に魔界へ侵攻できるようになれば、戦いのパワーバランスは一気に変わってしまうだろう。
……などと考えながら、さらに進む。
やがて前方に光が見えてきた。
出口だろうか。
──と思ったときには、もう外に出ていた。
周囲には青々とした森林が広がっている。
ひさしぶりの陽光が目にまぶしい。
魔界では太陽が照っていないからな。
「勇者たちは数キロ先にいる模様です」
額に第三の目を生み出し、告げるステラ。
「分かった。まっすぐに進もう。ステラは千里眼で索敵を頼む」
俺はステラとともに歩き出した。
進む先には勇者たちがいる。
その中には──きっと、ライルもいるはずだ。
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