4 煉獄魔王剣
「いつの間に傷が増えたのだ? うーむ……」
ユリーシャが剣を見てうなっていた。
「欠片とはいえ、魔王の剣じゃからな。それを持つ者に強大な力を与える……」
なるほど、魔族に敵対する者が持てば脅威になるわけか。
「欠片の場所は探知できないのか?」
「無理じゃ。魔王の剣はあらゆる魔法探知を受け付けぬ。ゆえに、これまでの六つの欠片も探せなかった……」
「探す?」
「欠片をすべて集めて、煉獄魔王剣を完全な形に修復する──それは歴代魔王の悲願の一つだからな」
説明するユリーシャ。
「ちなみに、わらわは三百年探したが一つも見つけられなかったぞ」
なんでドヤ顔なんだ。
「修復できたら、どうなるんだ?」
俺はユリーシャにたずねた。
「煉獄魔王剣の真の能力を使えば、神が魔族にかけた弱体化の呪いも解け、勇者など問題にならぬほどの力を得られるじゃろう」
「弱体化の呪い……?」
魔族が、昔は今よりも強かったっていう話は知っている。
伝説に残る魔族たちは、人間がどうあがいても勝てる相手じゃなかった。
やがて人間は神様から聖なる武具『奇蹟兵装』を授かり、同時に魔族たちも以前ほど強くなくなったことで、今のパワーバランスに移行していったはずだ。
ただ弱体化の呪いというのは、初めて聞く話だった。
魔王だけが知る情報なのか。
他の魔族には──ステラたち魔軍長にすら伏せられた事実なのか。
それとも……。
ただ、一つ分かったことがある。
魔族が強大化すれば、人間たちにやすやすと侵攻を許すことはないだろう。
魔界の防備も万全になるかもしれない。
その一方で──。
力を増した魔族が、そのまま人間界を滅ぼしてしまうかもしれないが。
「どうした、フリード?」
「今までの戦いで勇者たちと魔族の戦いは、それなりに拮抗していた気がする。魔界に乗りこんできた勇者たちに至っては、魔族を圧倒していた場面もある。それは魔族が弱体化しているからなのか?」
「無論。魔族が真の力を取り戻せば、いかに人間どもが神の武具『奇蹟兵装』を持っていようと敵ではない」
ユリーシャが傲然と告げる。
「まあ、人間どもの中にも突然変異的な強さを持つ者はおる。数人は、真の力を持つ魔族相手でも戦えるだろうが……」
「力を取り戻せば、魔界が勇者たちに制圧されるような事態は防げる、と?」
「当然じゃ」
うなずくユリーシャ。
「わらわの代では叶わなかったが、規格外のステータスを持つお主ならばあるいは──欠片を見つけられるかもしれんな」
「俺が……」
「頼むぞ。魔族の行く末を……肉体を失ったわらわは、もはや現世に介入できん。こうして精神体でかろうじて魔界に留まっているが、それもいつまでもつか。魔族たちのことが心配でたまらぬ……」
ユリーシャって、もっと冷酷な性格だと思っていた。
あるいは俺が魔王になったから、こういう接し方をしてくれているのか?
「どうした?」
「いや、その、もしかしてお前って……けっこういい奴だったりするのか?」
いろいろ親切に教えてくれたし。
「何を言うかと思えば」
ユリーシャが口の端を吊り上げて笑った。
「わらわは魔王ぞ。善なる者だと思うたか、たわけ」
全身が凍りつくような威圧感だった。
さっきまでの平穏な空気は一瞬にして吹き飛んだ。
そうだ、可愛らしい外見に惑わされてはいけない。
こいつは俺やライルと死闘を繰り広げた先代魔王。
魔族を統べ、人間界に攻勢をかけた世界の敵──なんだよな。
……その後も、俺はユリーシャから魔王が持つ様々な能力について聞いた。
いくつかの魔王用のアイテムも渡してもらった。
とりあえず、引継ぎ完了というところか。
「いろいろ教えてもらって助かったよ。ありがとう」
「ふん。わらわを殺そうとした男に礼を言われてもな」
「いや、まあ……あのときとは立場も状況も違うし」
ばつが悪くて、頬をぽりぽりとかく俺。
「そうだ、お前ってこれからどうするんだ? 今みたいに幽霊状態で魔王城に留まれるのか?」
「幽霊って言うな。無礼者」
言いながら、唐突に『ファイア』を撃ってくるユリーシャ。
防御魔法でブロックしておいた。
「精神体なんだし、幽霊みたいなもんだろ」
「むむ……そうかも」
「じゃあ、ここをユリーシャの部屋にするか。やっぱり魔王城が一番落ち着くんじゃないか、お前も」
「ほう、お主なかなかいい奴じゃな」
ユリーシャの顔がパッと輝いた。
「わらわもこの城から出たくないと思っておった。ここをわらわだけの楽園としよう」
ほくほく顔だ。
「許可なく近づく者は殲滅するからな」
「物騒だな。せめて、さっきの兵たちみたいに眠らせるだけに留めてくれ」
「……まあ、お主の頼みならいいだろう」
「分からないことがあったら、また聞きに来ていいか?」
知識は身に付いたが、実地で分からないことが出てくるかもしれない。
「魔界を守りたいのは、わらわも同じ。いつでも来い」
「ありがとう」
礼を言ってから、俺はふと思いついたことがあってたずねた。
「最後に一つ聞きたい。あいつは──ライルは、本当に俺を裏切ったのか」
「どういう意味じゃ?」
「お前が、その……魔法で洗脳した、ってことはないのか?」
言葉にしただけで気持ちが乱れる。
心の中で、あいつを信じたい気持ちが捨てきれないんだ。
だってあいつは、俺にとってこの世でもっとも信頼していた──。
「ふん、まだ執着があるのか。人間とは業の深い生き物よの」
ユリーシャが笑う。
「教えてくれ、ユリーシャ」
俺は先代魔王を見つめる。
心のどこかで、期待していた。
彼女がライルを操り、俺を攻撃させたんだ、と。
本当のあいつは純粋で、優しくて、仲間想いで。
手柄のために俺を裏切るような奴じゃない、って。
「──洗脳などしておらん」
だが、答えは非情だった。
「考えてもみよ。わらわは奴の奇蹟兵装によって焼き尽くされたのだ。本当に洗脳していたなら、お主だけを殺していたはずであろう?」
正論だ。
じゃあ、やっぱり──そういうことなのか?
ライル、お前は俺を裏切ったのか?
「人としての情か。業か」
ユリーシャが笑う。
「その甘さがお主の命取りにならぬよう、祈っておるぞ」
俺はユリーシャの力で異空間から元の場所に戻してもらった。
扉の前にステラやリリム、兵たちがいる。
「魔王様、ご無事で──」
「心配しました~」
まっさきにステラとリリムが駆け寄ってきた。
「ああ、大丈夫だ」
俺は二人にうなずき、
「色々と有益な情報を知ることができたよ。その辺のことは後で説明する」
少なくともステラには話しておきたいからな。
「それと、この場所は立ち入り禁止にする」
「立ち入り禁止ですか?」
「ええと、どう説明すればいいかな……」
しばし考え、
「ここは俺の私室にする」
思いついたことをそのまま言った。
「私室なら、別に用意してありますが」
「いや、いいんだ。ここが気に入った。むしろ、ここじゃなきゃ駄目だ」
力説する俺。
ユリーシャは近づく者を手当たり次第に眠らせそうだし、誰もここに来ないようにしておくのがいいだろう。
「そこまで仰るなら」
ステラが恭しくうなずいた。
「魔王様にも一人でゆっくりできる場所が必要ですね。ここが気に入ったということであれば、私室になさってくださいませ。事務的な手続きは私の方でしておきますので」
「頼む」
──人間界で不死王リーガルの側近たちが討たれた、という報告が入ったのは、三日後のことだった。
「魔霊衆が討たれました」
謁見の間でステラが報告する。
「リーガルの側近たちが、か」
確か、東部大陸の三つの王国をリーガルの軍団が征服して、その統治を配下に任せたということだったが……。
「勇者によって三王国はいずれも奪還されたようです」
ステラの額に第三の瞳が現れる。
そこから放射された光が、中空に映像を映し出した。
「リーガルの配下が持ち帰った映像です」
銀の鎧をまとった一人の少女が、魔族の軍団と戦っている。
手にした翡翠色の長弓は奇蹟兵装だろう。
そこから放たれた数百の矢が、魔族たちを次々と消し飛ばしていった。
強い──。
あの弓の使い手は、普通の勇者とは戦闘能力次元が違う。
俺も人間だったころは最強ランクの勇者の一人だったが──彼女はそのレベルをもはるかに超えている。
「四天聖剣……か」
勇者たちの中で、最強の中の最強と称される四人のことだ。
さらに、その隣にいる勇者を見て、俺は呆然となった。
「あいつは──」
声が震える。
体中の血が沸騰しそうだ。
そこに映っていたのは、金髪碧眼の爽やかな少年。
手にした剣が炎を発している。
奇蹟兵装『レーヴァテイン』に間違いない。
「ライル……!」
仮面の下で、俺は呆然とつぶやいた。