2 継承
「真の魔王の力……」
彼女の言葉を繰り返す俺。
つまり今の俺の力は、不完全ってことなんだろうか。
いや、そもそもそんな話の前に──。
「どう見ても、あの魔王ユリーシャとは別人なんだが」
まあ、面影があるといえば、あるような気もするけど……。
「『メガファイア』!」
「うおっ!?」
いきなり最上級火炎呪文を撃ってきた彼女に、俺は慌てて防御呪文を展開した。
「いきなり何するんだよ」
「ほう今のを防ぐとは」
「俺以外だったら死んでるぞ、今の」
「お主がわらわを愚弄したからだ。魔王に対する非礼──万死に値する」
むーっと口を尖らせる少女。
拗ねてるんだろうか。
そんなことで『メガファイア』を撃ってこないでほしい。
「だいたい、お主はわらわを殺そうとしたではないか。実際に殺したのは、もう一人の方だが」
……ライルのことか。
それを知っているなら、やっぱりこいつはユリーシャなのか?
「でも、俺が戦ったユリーシャはもうちょっと魔王としてのカリスマみたいなものがあったからなぁ。お前はただのちびっ子にしか見えないし」
「『ラグナボム』!」
「って、だからいきなり攻撃呪文撃つのはやめろ!?」
今度も防御呪文を唱えて、彼女の魔法をやり過ごす。
「……ん? それ──魔王紋か」
彼女の手の甲に浮かぶ紋様に気づいた。
俺の魔王紋と同じデザインだ。
「じゃあ、やっぱりお前がユリーシャ……?」
「ふん、ようやく信じたか」
小さなユリーシャは偉そうに腕組みをして鼻を鳴らした。
「まあ、わらわも本来なら大人の姿で精神体を構築したかったのだが、な。なぜかこの姿で固定されてしまったのだ。あるいは、お主が使っていた奇蹟兵装の影響かもしれぬ」
「『グラム』のことか」
魔法効果を妨害する機能を持つ奇蹟兵装『グラム』。
俺が勇者だったころに愛用していた武器だ。
ユリーシャとの戦いの後、グラムを探したが見つからなかった。
もう一つの愛用武器である拳銃は見つかったんだが……。
「わらわの蘇生魔法に干渉して、代わりにお主を魔王として生き返らせてしまったし、な。まったく災難な武器を持ちこみおって」
ユリーシャが俺をにらむ。
恨みのこもった眼光に、思わずたじろいでしまった。
「そういえば、お前って死んだんじゃないのか?」
話題をそらしてみる。
「肉体は滅びた。だが魂は不滅だ。この姿は精神体──まあ、精神エネルギーで作った仮初めの体だと思ってくれればいい」
ユリーシャは、えっへんと胸を張った。
「今のわらわが現世に影響を及ぼすことは叶わぬ。お主には魔王としてがんばってもらわねばならん」
「魔王として……」
「元人間だから魔族のために戦うのは嫌か?」
「俺はその人間に裏切られて死んだ」
別にすべての人間を憎む、ってわけじゃないけれど。
「それに──魔族だから守りたくないとは思わない」
まだ出会って日は浅いけど、俺はステラやリリムたちに出会って、温かい気持ちになれた。
守りたい、という思いが自然に湧いた。
「ふむ、まだ迷いは見えるものの──気持ちは本物のようじゃの。では始めるか」
ユリーシャがニヤリとする。
「先代から今代への──魔王継承の儀式を。魔王の力が不完全では、戦いにも支障が出よう」
「そうでもないぞ? 勇者たちの侵攻も余裕で食い止められたし」
「な、何、お主そんなに強いのか? ちょっとステータスを見せてみよ」
言いながら、ユリーシャは『ステータス表示』と唱えた。
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名 前:フリード
階 級:魔王
総合LV:4742
H P:35766
M P:91205
攻 撃:70530
防 御:45400
回 避:31985
命 中:55739
装 備
:覇者のローブ
:魔王の杖
:魔王の仮面
スキル
:威圧 (LV261)
:瘴気の波動(LV553)
:魔軍服従 (LV19)
:魔王の紋章(LV2)
呪文
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ん? 前に見たときより、少しレベルアップしてるな。
「な、な、ななななななんじゃこれはっ!?」
ユリーシャが驚きの声を上げた。
「あり得ん……あり得なさすぎる……歴代魔王の誰よりも圧倒的な数字ではないか! このわらわだってレベル631だぞ。なぜ人間の蘇生体にすぎないお主が……!?」
「そう言われても」
俺にも分からない。
「あるいは、これもお主の奇蹟兵装の影響か? 蘇生の際、能力値を転写するときにエラーが出たのか……いや、それにしても数値が大きすぎる……」
ユリーシャがうなる。
「まあ、それは今考えることでもないか。今は──お主に魔王の真の力を渡すのが先決」
「真の力、か。でも、今の状態でも楽勝なんだけど」
「力と言っても単純な戦闘能力の話ではない」
首を振るユリーシャ。
「『真の力を渡す』とは『魔王としての資格を得る』という意味じゃ」
「資格……?」
「たとえば、魔王の力の精髄たる剣『煉獄魔王剣』を手にする資格。あるいは魔王の乗騎たる『冥帝竜』を従える権利。そして、魔界の最終防衛機構である魔王城の起動能力の取得──他にもいくつかある」
どれも初めて聞く話ばかりだ。
ステラが説明を忘れるとも考えづらいし、もしかしたら歴代魔王しか知らない情報なのかもしれないな。
「さっそく渡していくぞ。手を出せ」
「こうか」
差し出した手の上に、小さな鍵が現れた。
「魔王城の起動キーじゃ。なくすなよ」
「起動キー……?」
「他にも渡すものがいくつかある。説明はまとめてしてやろう」
ユリーシャは両手を高々と掲げた。
「次は『煉獄魔王剣』の授与じゃ」
こうしてユリーシャから俺への、魔王引継ぎ業務が始まった。
※
「出口はどこなんだ……?」
勇者ライルは闇の中をひたすら進んでいた。
もはや時間の感覚も、日にちの感覚もない。
どれだけ歩いても、眼前に広がるのは闇。
闇、闇、また闇──。
「まさか、ここは地獄……?」
ふと、そんなことを思った。
師匠を殺した罪なのか。
恩を忘れ、栄誉のためにフリードを裏切った罰なのか。
「……それが、どうした……っ!」
ぎりっと奥歯を噛みしめる。
ライルは自分の行動に、なんら後悔はしていなかった。
フリードに拾われたころから、彼が求めるものは『人の上に立つこと』。
それだけだった。
野心と支配欲が、ライルのすべてだった。
なのにフリードは勇者としての正義や、人を救う慈愛──そんなものを説いてばかりだった。
くだらない、と内心では嘲笑していた。
だが、フリードの実力は本物だし、師匠として優秀だった。
だから、表面上は従順な弟子を装い、従ったのだ。
やがてライルは成長し──魔界に決死行をかけた百の勇者に選ばれた。
魔王の元までたどり着き、あと一歩で打ち倒せるところまで来た。
そのとき、気づいた。
このまま魔王を倒しても、手柄の大半はフリードのものになる、と。
同時に、閃いた。
今こそ、幼いころからの野心や支配欲を叶えるチャンスだと。
ここでフリードを魔王もろとも殺せば、自分こそが魔王殺しの勇者になれる──と。








