1 扉の向こう側
「侵入者?」
「はい、魔王城の最上階に突然、妙な気配が現れたのです」
説明するステラ。
「警備兵を向かわせましたが、まるで歯が立たない様子」
「……何者なんだ、そいつは?」
「黒い霧のような姿をした魔族のようですが……私の千里眼でも完全に見通すことはできませんでした。かなりの魔法能力を持っていると思われます」
「侵入者なら、あたしの出番だねっ」
と、元気よく叫ぶリリム。
「警備隊長として、やっつけてきます~」
「いや、待て。ステラの千里眼が効かないほどの相手なら危険かもしれない」
俺はリリムを止めた。
「俺も行こう」
「ならば、私もお供します」
ステラが進み出る。
……というわけで、俺たちは三人で魔王城の最上階までやって来た。
ゆるやかなカーブを描く回廊を進んでいく。
と、
──ぞくり。
ふいに、背筋が凍りつくような気配がした。
「なんだ、この感じは……」
手が、熱い。
見ると、手の甲に浮かぶ魔王の紋様が淡く発光していた。
これは──!?
「魔王様……?」
ステラが訝しげに俺を見る。
「……いや、大丈夫だ」
俺はきっぱりと言った。
「二人とも俺の後ろにいろ」
「だめです。あたしはこの城と魔王様を守るのが仕事ですからっ」
「私も、いざとなればあなた様の盾になるつもりです」
「気持ちだけありがたくもらっておく」
俺は二人にうなずき、
「だけど、俺もお前たちを守りたい。だから、ここは従ってくれ」
「魔王様──」
「それにステラは俺の能力を知ってるだろ? なんといっても歴代最強魔王だからな、俺は」
仮面の下でにやりと笑う俺。
「……分かりました」
「……です」
ステラとリリムはどうにか納得してくれたようだ。
なおも進んでいくと、前方に倒れている人影が見えた。
警備兵の魔族たちだ。
「おい、大丈夫か?」
彼らに呼びかける。
見たところ外傷はなさそうだが──。
「んー……むにゃむにゃ」
「すぴー……すぴー……」
「──って、寝てるだけか」
俺は小さく息をついた。
とりあえず命に別状はなさそうでホッとする。
「あと五分あと五分……」
「起きろ、全員」
苦笑交じりに言う俺。
「あ、あれ、いつの間に俺……?」
「こ、これは魔王様っ……!」
兵たちは寝ぼけ眼で目を覚ました。
俺を見ると、全員が直立不動になる。
「何があったんだ?」
たずねつつ、身構える。
前方の部屋──扉の向こうに妙な気配があった。
誰かが、いる。
強い力を持つ、誰かが。
「侵入者を撃退するためにここまで来たのですが……」
兵の一人が答えた。
「扉の前まで来ると、急に意識が遠のいて……」
「そうなんです、気づいたら眠っていたようで……」
他の兵もうなずいている。
「分かった。後は俺がやる」
扉に向かって進んだ。
「っ……!?」
と、ふいに意識がフッと遠のき、眠気が込み上げてくる。
なるほど、兵士たちを眠らせたのはこれか。
「『レジストウォール』」
呪いや麻痺、毒、精神攻撃などあらゆる状態異常魔法を防ぐ呪文だ。
眠気は瞬時に吹き飛んだ。
「さて……と。出てきてもらうぞ」
扉に手をかける俺。
──次の瞬間、周囲の景色が一変した。
「なんだ……!?」
驚いて辺りを見回す。
城の中じゃない。
周囲には、墨を流したような闇がどこまでも広がっていた。
黒一色の空間だ。
前方には、周囲に比べてもよりいっそう暗い何かがいる。
霧のような何かが澱んでいる。
「待っていた……」
黒い霧からくぐもった声が聞こえた。
男とも女とも判別がつかない、不明瞭な声。
「お前は……?」
ふたたび手の甲の魔王紋が発光していた。
俺はこいつを……どこかで見たような気がする。
俺の中の何かが言っている。
こいつを知っている、と。
「ついて……くるがいい……」
俺は訝しみながら、そいつの後をついていった。
霧に先導されて、闇の中を進む。
進み続ける。
そうやって何十分も歩いただろうか。
「また会えたな、勇者──いや、魔王フリード」
ふいに目の前が明るくなった。
黒い霧が収束し、弾け散る。
「ここは現世とはわずかにズレた空間。お主と二人きりで話すために作り上げた空間だ」
「俺と話す……?」
だけど、声の主は見当たらない。
「ここじゃ、ここ」
「ん、どこだ?」
俺はもう一度きょろきょろとした。
「ええい、ここだと言っておろうに!」
やけに可愛らしい、小さな女の子みたいな声。
その声は俺の足元から聞こえる。
「……あ、いたのか」
ちょうど俺の腰あたりまでしかない身長の少女だった。
背が低すぎて視界に入っていなかっただけらしい。
足元まで届く黒髪に、神秘的な輝きを宿す薄緑の瞳。
そして、人形のように愛らしい容姿。
身に着けた黒いローブは、丈が余りまくっていてダボダボだ。
「聞け! 驚け! 畏れ敬え! 我が名は──ユリーシャである!」
「……はい?」
「まさか、お主……わらわを忘れたわけではなかろうな?」
「どう考えても初対面なんだが……ん、ユリーシャ?」
俺はしげしげと少女を見つめる。
「先代の魔王と同じ名前だな」
「当たり前だ。わらわこそ先代魔王ユリーシャ。かつてこの魔界を統べていたものである」
ぺったんこの胸を反らして宣言する少女。
「いや、全然姿が違うじゃないか」
俺とライルが戦った魔王ユリーシャは妖艶な美女だった。
強大な魔法を操る手ごわい相手だった。
「こんなちっこい女の子じゃなかったぞ」
「ち、ちっこいって言うな!」
ユリーシャ(?)がキレた。
「で、その先代魔王様がなんの用なんだ?」
自称、先代魔王様だが。
「むむ、反応が軽いな」
不満げに眉をひそめるユリーシャ。
「先代に対する敬意がまったく感じられん……不遜なやつめ」
外見がただの女の子だからな……。
魔王の威厳なんてカケラもない。
それに出会いが唐突すぎて、まだ理解が追いつかない。
「で、俺に話したいことっていうのは?」
とりあえず本題に戻す。
「うむ」
彼女はうなずき、語った。
「お主に継承しようと思ったのだ。真の──魔王の力を、な」








