12 能力テスト
「お前の働きに期待しているぞ。リーガル」
忠誠を誓ったリーガルに対し、俺は鷹揚にうなずいた。
「勇者たちが侵入してきた結界の穴はすべて修復した。しばらくは侵攻もないだろうし、ステラとともに軍の再編を頼みたい」
「王の御心のままに」
跪いたまま、もう一度頭を下げるリーガル。
「勇者の中には魔族をいたぶるように殺す者もいる。先の戦いでも多くの被害が出た。今度こそ彼らを守りたい」
魔族を殺すことをまるでゲームのように楽しんでいた連中のことを思いだす。
あんな光景はもう見たくなかった。
「お優しいことですな、魔王様は」
「俺は、誰かが苦しんだり悲しんだりするのを防ぎたいだけだ」
それは勇者だったときも、魔王になった今も──変わらない俺の願いだ。
「王の勅命とあらば、このリーガル、命を懸けて守りましょう」
「頼む」
「では、私はこれで──その前に、一つよろしいでしょうか」
立ち上がったリーガルは、俺をまっすぐに見据えた。
「なんだ」
「魔界に侵入した勇者どもですが……未だ潜伏している者もいるやもしれません。配下を率いて、彼らを狩り出してもよろしいでしょうか」
先日の戦いで、目についた勇者たちは俺が倒すか、人間界まで追い払った。
だが、確かにそれが全員じゃないかもしれない。
「……分かった」
「先王ユリーシャ様を討った者も、その中にいるかもしれませぬな。その首をユリーシャ様の墓前に捧げ、手向けといたしましょう」
髑髏の眼光が、仮面を通して俺に突き刺さるような錯覚を受けた。
──リーガルが去り、事後処理はステラが引き受けてくれた。
彼らの策動を探りたかったが、全員消滅してしまったからな。
獣帝ゼガートが何かを企んでいるのか。
それは、これから探りを入れていくしかないだろう。
リーガルに関しても、いちおう忠誠を誓ってくれたものの暫定的なものに過ぎない。
……あらためて考えると、信頼できる側近ってステラだけだな。
魔王の道は、前途多難だ。
いや、そもそも──。
俺は、魔王としての道を歩いていくのか。
このまま進んでいけばいいのか。
自分の中で確固たる答えが出るのは、まだもう少し先かもしれない。
翌日の朝、俺は荒野を進んでいた。
隣に、赤い髪をポニーテールにした女戦士が歩いている。
城内の警備隊長を務めるリリムだ。
ここは、魔王城を中心にした魔界の王都──その外側に広がる荒野地帯。
他にも森林地帯があったり、灼熱や極寒の地域があったりする。
都市部の外は、けっこう自然が厳しいようだ。
魔界の地理については、俺も詳しいわけじゃない。
魔王の仕事の合間にステラに教わったりしているものの、彼女も忙しいからな……。
今日もリリムについてきてもらったのは、多忙な彼女の負担を増やしたくなかったからだ。
「思った以上に広いな。ここなら存分に魔法を試せそうだ」
周囲一面に広がる赤い荒野を見渡し、俺は立ち止まった。
「この先に都市部はないのか?」
リリムにたずねる。
「向こう側は絶望の山脈と奈落の滝があるくらいですね。自然ばっかりです」
俺の問いに答えるリリム。
地名がいちいちおどろおどろしい。
さすが魔界だ……。
「じゃあ、始めるか。リリム、俺の側から離れるなよ。巻き添えを食わないように」
「はい」
「それと……いちおう敵襲には備えてくれ」
「りょーかいですっ。警備隊長の力、見せてやりますよ~」
拳を振り上げ、元気よく叫ぶリリム。
まあ、実際に敵が来た場合は、俺が瞬殺するんだが。
──ここまで来た目的は、魔王の力を一通りテストすることだった。
何せ生まれ変わってすぐに勇者たちと戦ったり、魔王としての仕事をこなしたり、陰謀を暴いたり、リーガルと一戦交えたり──と、落ち着く間もなかったからな。
いずれは結界が破られ、人間たちの侵攻が再開されるだろう。
その前に、自分の能力について色々と知っておきたかった。
ひと気のない荒野まで来たのは、王都でやると被害が出かねないからだ。
魔王の破壊魔法は強力すぎる。
「『マジックウォール』」
まずは魔力の防壁を数キロ四方にわたって、張り巡らせた。
これでテストした魔法が想定以上に強力だったとしても、結界の外にまで威力がもれることはない。
「というわけで、まずは──『ファイア』」
おさらい代わりの基本魔法。
荒野に炸裂した火球が大爆発とともに、巨大なクレーターを作り出す。
「すっごい……」
リリムが息を飲んだ。
「さすまおです」
単なる基本魔法も、魔王の絶大な魔力によって放てば、最上級魔法すら上回る威力と化す──。
「次は、その最上級魔法を試してみるか」
ふうっと息を吐き出し、俺は魔力を集中した。
リーガルとの戦いでは空に向かって放った、火炎系の最上級魔法。
最大威力で放つのは危険なので、とりあえず威力を一割程度に抑えることにする。
「『メガファイア』!」
先ほどとは比較にならない規模の爆炎と爆光が視界を埋めた。
土くれが猛烈な勢いで弾け、吹き飛ぶ。
それらは俺が張った『マジックウォール』にぶつかり、土の雨となって降り注いだ。
そして俺とリリムの周囲は──。
数キロ四方にわたって地面が深くえぐれ、陥没し、地形が完全に変わってしまっていた。
いや、違う。
それだけじゃない──。
「なんだ、これ?」
地形だけじゃない、辺り一帯が黒いモヤみたいなものに覆われていた。
この前は空に向かって撃ったからよく分からなかったが、『メガファイア』ってこんな現象を起こすのか?
「もしかして……これ、空間ごと削り取られてる……?」
黒いモヤに触れてみるが、消える気配はない。
「ひ、ひえっ……魔王様、何が起きたんですか……? さすまおだと思いますけど……」
「たぶん空間レベルで焼却消去したんだろうな」
震えているリリムに答える俺。
「威力はとんでもないけど、こういう場所じゃないと味方にまで被害が出そうだ……」
広範囲大火力魔法は、使いどころに気を付けないとな。
俺は固く心に誓った。
「とりあえず、王都内でも使えそうな攻撃魔法を探すか」
威力が高く、かつ効果範囲が狭いものがいい。
俺はしばらくの間、習得している呪文リストとにらめっこした。
いちおう俺の希望に即した呪文がピックアップされてるんだが、どれも一長一短がある。
と、
「お、これなんていいかも」
とある呪文を見つけ、俺はつぶやいた。
「『グラビティナイフ』……強大な重力を作り出して敵を圧殺、か。効果範囲は名前の通り、ナイフで切りつけた部分のみ」
これなら味方を巻き添えにしないだろう。
さっそく試してみよう。
「『グラビティナイフ』!」
呪文とともに、俺の右手に黒いナイフが出現した。
これで切りつけると、そこに超重力が発生するらしい。
足元を軽く斬ってみた。
ずおおおおおおおおおおおおおおおおおおおんっ!
轟音とともに、そこが真っ黒に染まる。
「うーん……?」
今一つ何が起きているか分からないな。
「さすまお……?」
リリムも首をかしげていた。
実際に敵を斬らないと、効果のほどはなんとも言えない。
これは保留にしよう。
──その後も、俺はいくつかの呪文を試した。
が、威力が高いやつは総じて広範囲であり、逆に限定空間に作用するタイプは破壊力が今一つ(それでも並の敵なら瞬殺できるだろうけど)という感じ。
なかなかこれといった呪文が見つからない。
「毎日、地道に探していくしかないか」
今日の呪文テストを終了し、俺は魔王城に戻った。
「お帰りなさいませ、魔王様」
執務室に戻ると、ステラが出迎えてくれた。
「留守中、変わったことはないか」
「一つ、お耳に入れたいことが」
と、俺に顔を寄せる。
甘い石鹸みたいな香りが漂ってきて、一瞬ドキンとした。
「……なんだ?」
平静を装い、たずねる。
「魔王城に不審な者が侵入しました」
そして。
俺の運命は動き出し──加速を、始めた。
次回から第2章「魔王への道」になります。明日の昼~夕方ごろに更新予定です。