11 魔王VS不死王
俺は剣を抜いたリーガルと向き合っていた。
「リーガル、何をやっている! 魔王様に対して!」
「貴公が驚くことではあるまい? 俺はいつでもこうしてきた。大切なものは──いつでも俺自身の剣で確かめる。それだけだ」
声を上げるステラに言い放つリーガル。
根っからの武人、ってことか。
人間界で三つの王国を滅ぼしたという話には、複雑な気持ちがあるが──。
今は、こいつとの戦いに集中しよう。
「ステラ、いいんだ。下がっていてくれ」
「ですが、魔王様」
「これがリーガルなりの『対話』ってことだろ」
「さようです。私はあなたを殺す気で打ちかかりますゆえ」
リーガルは無数の骨を組み合わせたようなデザインの長剣を構えた。
隙のない構えは、さすがだ。
「来い」
「参る!」
告げて、床を蹴るリーガル。
重い金属鎧をまとっているとは思えない、すさまじい速度だ。
魔法主体で戦う俺に対し、まず間合いを詰めようというんだろう。
「『エナジードレイン』」
──と思いきや、リーガルの全身から淡い白光がもれだした。
その光に触れたとたん、体から力が抜ける。
これがエナジードレインか。
不死者系の魔物が使う、生命力吸収呪文。
「まともに食らうとは。無防備すぎますぞ──むっ!?」
「食らっても問題はないからな」
俺は魔力障壁を張り巡らせ、告げた。
しょせんは呪文。
俺の魔法防御を突き破ることなどできない。
ただ、思ったよりは体力を奪われたな。
「ならば、これで──」
リーガルはさらに加速し、俺に向かって骨剣を叩きつけた。
がいんっ、と金属音が鳴って、リーガルの斬撃はあっさりと跳ね返される。
「無駄だ。物理も魔法も、俺の障壁は通さない」
俺は防御しつつ、牽制代わりの攻撃呪文を放つ。
が、リーガルの反応は鋭い。
炎も、雷も、水流も、土槍も。
剣一本ですべて吹き散らす。
「今の台詞はそのまま返しましょう。我が剣の前にはいかなる魔法も無駄だ、と」
「強いな……」
俺は思わず感嘆の声をもらした。
さすがは魔軍長というべきか。
剣さばきや今の反応に加え、エナジードレインのような呪文も操る、敵に回せば厄介極まりない戦士だ。
単純な戦闘力だけなら、先王ユリーシャを超えているかもしれない。
そんなリーガルが、なぜユリーシャを認めていたのか。
こいつのいう『強さ』とは、単なる一個人としての戦闘能力を指すわけじゃないんだろう。
──なら俺は、どんな『強さ』を示せばいい?
ユリーシャとは違う、俺の強さ。
それを認めさせれば、リーガルは忠実な魔王の配下となるんだろうか。
魔界を防衛するための、要の一人に──。
「なぜ攻撃してこないのですか、フリード様」
リーガルの斬撃に鋭さが増した。
俺の魔力障壁を破ることはできないものの、剣を振り回すたびに衝撃波が吹き荒れる。
屋敷の壁が粉々になって吹き飛んだ。
「側近を傷つける理由などない。俺はただお前の力を見定めたいだけだ。お前が俺を見極めようとするのと同じように」
「傷つけたくはない、ということですな。お優しい」
リーガルの声に、わずかな嘲笑が混じった。
「ユリーシャ様であれば、私を殺す気で攻撃してきたでしょうな」
「……俺は前の王とは違う」
「ええ、あまりにも──ぬるい!」
リーガルの両腕が、突然消失した。
──いや、違う。
背後に殺気が出現する。
振り返ると、そこには骨だけの腕と長剣があった。
骸骨の体を活かし、両腕を分離して俺の背後まで飛ばしたのか!
「『ヘルブレード』!」
魔力の輝きを宿した長剣が打ちこまれる。
びきっ、と音がして、魔力障壁に亀裂が走った。
「『ファイア』」
俺は振り返りざま、障壁を解いて火球を放つ。
両腕も、骨の剣も、一瞬で焼け溶けた。
さらにもう一発──今度は腕を失ったリーガルへ放つ。
「ちいっ」
髑髏の剣士はバックステップしつつ、瞬時に両腕と骨の剣を再生した。
迫りくる火球をあっさりと両断する。
「なぜ最下級呪文などを。もっと強力な呪文を放てば、私を屠れたはず」
そう言われても、魔王の力は強大すぎるからな。
さっきの『ファイア』だって、コントロールを失敗したら周囲に被害が出かねないし。
「手加減するとは……愚弄するおつもりか、フリード様!」
だけど、それがリーガルの怒りに火をつけたようだった。
武人らしい性格なのか、俺が力をセーブしていることが気に食わないようだ。
「あなたは強い……ですが、あまりにも甘い」
リーガルがふたたび突進して剣を振るった。
俺は、どう戦えばいいんだろう?
迷いつつも、ふたたび魔力障壁を展開。
斬撃をあっさりと弾き返す。
「戦いの鉄則は、殺される前に殺すこと──私はそんな戦場で幾千年も生きてきました」
リーガルはひるまない。
何度攻撃を弾かれても、諦めずに向かってくる。
力の差は理解しているだろうに、大した闘志だ。
「魔界の現状もそうです。あなたには絶大な戦闘能力がある。気配だけで分かります。おそらくはユリーシャ様や歴代の魔王に比べても、隔絶した力が──はああああっ!」
ほとんど剣先が分身したように見える六連撃。
魔力障壁にまた亀裂が入った。
やるな、こいつ──。
「なのに、なぜ人間界に攻めこまないのです。あなた一人でも人間どもを滅ぼせましょう!」
「殺し合いの連鎖を生むだけだ。俺はそれを止めたいと思う」
魔王の力は強すぎる。
今、人間界で戦いを起こせば、和平や停戦まで行く前に大きな被害が出るだろう。
制御しきれない力で、人間界に大きな破壊をまき散らしてしまうだろう。
「それが甘いと申し上げているのです!」
リーガルが長剣を振りかぶった。
骨を組み合わせたようないびつな刀身が、紫色の魔力でコーティングされていく。
全力の一撃を放つつもりか。
「『エネルギーハンド』」
その瞬間の隙を狙い、魔力の手を生み出してリーガルを捕まえる。
「くっ、これは……」
屋敷の屋根を突き破り、上空二十メートルほどまで引っ張り上げた。
「『ファイアアロー』」
そして炎の矢を放つ。
最下級呪文──といっても、その威力は山を消し飛ばすほどだが──の一つ上のランクにある火炎呪文だ。
「があ……ぁぁっ……!」
苦鳴とともにリーガルの体が爆散した。
地面に無数の骨が落下して散らばる。
それでもなお髑髏の剣士は元通りに再生した。
「甘いと申し上げたはず……アンデッドである私は、完全に消滅しないかぎり……こうして何度でも再生する」
ああ、分かっている。
再生できるように、威力を絞って撃ったからな。
「なら、その甘さをお前に補ってほしい」
俺はリーガルを見据えた。
仮面越しの俺の視線と、髑髏の眼窩にまたたく赤い眼光がぶつかり、小さな火花を散らす。
「俺の元で戦え、リーガル」
告げて、右手を上空に向かって掲げる。
さっきのやり取りで空いた穴から、黒い空が見えた。
日の光がまったく差さない、魔界の空が。
魔界全体にたちこめる、暗い不安を象徴するような、空。
「『メガファイア』!」
天に向かって、俺は放つ。
魔王の、最強火炎呪文を。
「これは──」
リーガルが、息を飲むのが分かった。
黒い空を、真紅の光が埋め尽くす。
太陽の光など存在しない魔界を、太陽以上にまばゆい輝きが満たす。
「これがフリード様の……力。ここまでの魔力を──」
赤く輝く空を見上げ、リーガルがつぶやいた。
「……私には未だあなたの器が見えません」
俺に向き直った髑髏の剣士は、小さく息をついた。
「確かに隔絶した能力は認めましょう。意志の強さも伝わってきました。ですが、その考えはやはり甘く──」
「なら、これからは俺の側で尽くしてくれ。とりあえず判断保留でもいいだろう?」
「……王よ、あなたは」
「やっぱり俺が王にふさわしくない、と思ったなら、そのときにもう一度挑んでこい。受けて立ってやる」
リーガルはしばし黙考し、
「では今は……我が剣をあなたに捧げます、魔王フリード様」
俺の足元に跪いて、深々とこうべを垂れた。
少しは認めてもらえたらしい。
暫定的に──だけれど。