3 王都の戦い
魔王城内部に二つの影があった。
黄金の獅子の獣人と、白銀の騎士のような魔族。
ゼガートとツクヨミである。
二人は選りすぐりの手勢を引き連れ、階段を上がっていた。
目的の場所は最上階にある謁見の間。
そこには魔界の戦力の要──魔軍長たちが集まっているはずだ。
「フリードを獄炎都市ジレッガにおびき出すことは成功したようだ。今ごろは儂に化けたシグムンドが奴を引き付けていよう」
「ここまでは目論見通りであります」
ゼガートの言葉にツクヨミがうなずいた。
「ただし自分の計算では、フリードが戦闘能力全開で戦った場合──第四軍といえども数分で壊滅するのであります」
「全開で戦えば、な」
ゼガートがほくそ笑む。
第四軍の戦力は魔界随一だ。
一騎当千の猛者ぞろいである。
ただ、フリードはあまりにも強すぎる。
あまりにもその戦闘能力は規格外すぎる。
第四軍をもってしても、立ち向かうことすらできまい。
ただし──、
「あの男は、あれほどのステータスを持ちながらも、加減して戦うことが多い。他者を傷つけることを可能なかぎり避けているように見える」
ゼガートの笑みが深くなり、鋭い牙が口の端からのぞいた。
「その甘さこそ、儂らが付け入る隙よ」
「同感であります」
うなずくツクヨミ。
「ゼガート殿は容赦の欠片もなく、極悪非道にすべてを叩き潰す猛者であります。だからこそ、自分もフリードではなくあなたに賭けようと考えたのであります」
「ふむ。ワシが王になった暁には、お前を副官として取り立てよう。しっかりとサポート頼むぞ」
「了解であります……というか、こっちもかなりのリスクを負って協力してるんだから、それくらいの見返りは当然であります。あまり恩着せがましく言わないでほしいのであります……ぶつぶつ」
「全部聞こえているぞ、ツクヨミ」
「独り言であります」
「……ふむ、まあいい」
ツクヨミは、性格的に癖があるのは事実だが、有能であることもまた事実だ。
何よりも──フリードを打倒するためには、彼の協力が不可欠だった。
「行くぞ。踏ん張ってくれているシグムンドたちのために、儂らも首尾よく作戦を成し遂げるのだ」
儂は、必ず王になる──。
かつ、かつ、と魔王城の回廊を進みながら、ゼガートはあらためて決意を胸にしていた。
一歩一歩進むたびに、その心が燃え上がる。
長い時間、ずっと準備を重ね、ようやくこの日を迎えることができた。
祖先である『真紅の獅子』ロスガート以来、ゼガートの家門からは千年以上、魔王が出ていない。
自分の代では必ず。
そのとき、彼の魔王としての二つ名はさしずめ『金色の獅子』にでもなるのだろうか。
胸が躍る想像とともに、ゼガートの野心は最高潮に達した。
すでに王都にはジレッガにいる軍とは別の手勢を放ち、制圧を進めている。
あとは幹部である魔軍長を押さえれば、文字通りの『王手』だ。
「謁見の間が近いのであります」
ツクヨミが言った。
「よし、儂が正面から行く。ツクヨミは標的を逃さないよう、目を光らせよ」
「承知、であります」
「うむ」
言ったツクヨミにうなずくと、ゼガートは足音を殺して駆け出した。
全身の筋肉が盛り上がる。
その勢いで甲冑が弾け飛んだ。
胸元に浮かぶ真紅の紋様は、彼が全開戦闘形態になった証しだ。
ごがあっ!
謁見の間の扉を破壊し、内部に突入する。
「ゼガート……!?」
「ジレッガにいるはずでは──」
フェリアとオリヴィエが驚いたようにこちらを見ている。
ゼガートは無言で右腕を振るった。
「きゃあっ!?」
衝撃波が吹き荒れ、二人は大きく吹き飛ばされた。
かなり手加減した一撃だ。
彼女たちは戦闘タイプではないし、力を入れすぎては殺してしまいかねない。
「うう……」
うめきながら、立ち上がる女魔族たち。
「ジレッガを襲うと見せかけて、こっちを攻めてきたのね……!」
「あ、あの、謀反はよくないと思うのですが……」
キッとこちらをにらむフェリアと、慌てふためくオリヴィエ。
精神系魔術の達人と治癒魔術の名人──まずは彼女たちを封じ、魔王側の戦力サポートを断つ。
「ツクヨミ、封印だ」
「了解であります」
背後のツクヨミに命じると、彼は巨大な魔導機械とともに前へ進み出た。
巨大な檻の形をしたそれは、一種の亜空間発生装置だという。
ツクヨミが錬金術の粋をこらし、作り上げたもの。
一時的にとはいえ、あのジュダでさえ封じられる代物だ。
「しばらく、ここに閉じこめさせてもらうのであります」
「あたしたちが戦闘要員じゃないからって甘く見ないでよね」
フェリアがキッとした顔でにらむ。
以前は精神的に脆いところもあった彼女だが、先の勇者軍との戦いを通じて、一回り成長したらしい。
この状況下でも、決してひるむ様子は見せない。
だが、だからこそ手駒として価値がある。
フリードなどではなく、自分の元で。
新たな魔王となった後の、このゼガートの元で──。
(勇者を、そして神を打倒するための力になってもらうぞ)
ゼガートが内心でほくそ笑んだ。
「精神魔術発動──」
フェリアの全身から薄桃色の輝きがあふれた。
その輝きは空中に複雑な軌跡を描き、魔法陣を作り出す。
「夢幻の世界・幻惑の型」
対象の精神に作用し、強烈な幻惑効果を引き出す魔法。
魔界で最高峰の精神魔術の使い手であるフェリアならば、その魔法効果は絶大なものとなる。
ゼガートといえど、その虜にならない保証はない。
しかも、発動のタイミングが思った以上に速い。
「さすがに、やるな!」
ゼガートが右腕を振るった。
間一髪──。
「きゃあぁぁぁぁっ……!」
魔法が完成するよりも一瞬だけ早く、発生した突風がフェリアとオリヴィエをまとめて吹っ飛ばした。
彼女たちにはまだ使い道がある。
自分が魔王となった暁には、引き続き魔軍長として腕を振るってもらわなければならない。
可能な限り、傷つけたくはなかった。
「ぐっ、ごほ……」
それでも壁際に叩きつけられ、かなりのダメージを負ったらしい。
フェリアとオリヴィエは血を吐き出していた。
「やれ、ツクヨミ」
「封印、であります」
ツクヨミが装置のスイッチを入れた。








