10 髑髏の剣士
「魔王様!」
背後からステラがやって来た。
「屋敷の包囲、完了しています」
「ご苦労だった」
さすがステラ、いい手際だ。
「投降しろ。お前たちには聞きたいことがある」
俺はあらためて宣告する。
「この魔王に刃向っても無駄なことは理解しているだろう? そして逃げ場も封じた」
この状況で彼らにできるのは降伏だけだろう。
「こ、こうなったら──実力行使だ」
彼らの一人が震える声でうめいた。
「血路を切り開くしかあるまい……」
「だ、だが、相手は魔王と魔軍長だぞ……」
「こっちは三人。魔法を使う隙さえ与えなければ、獣人である俺たちの方が白兵戦能力は高いはずだ……」
などと、不穏な相談をする三人。
次の瞬間、彼らの体が内側からぼこりと膨らんだ。
一人は狼の、一人は虎の、残る一人は鷹の獣人に変身する。
彼らは正面と左右に分かれ、三方向から俺に近づいてきた。
「『パラライズ』」
麻痺の呪文を唱える俺。
「ううっ、か、体が痺れる……!?」
一瞬にして、彼らはその場に倒れ伏した。
「お前たちの企てをすべて明かせ」
俺は三人を見据える。
「さもなくば──お前たち自身の命であがなうことになる」
できるだけ魔王らしい威厳を込めて。
「ひ、ひいっ……」
「お、お助けを、魔王様……」
さすがにどうにもならないことを悟ったのか、三人は怯えた顔だった。
「ご慈悲を……」
「言えば、殺されます……」
「我らが盟主は残忍なお方、どうかお助けを……」
俺を恐れている以上に、彼らは獣帝ゼガートを恐れているのかもしれない。
さて、どうやって話を聞き出すか。
──思案した、そのときだった。
突然、視界の端にまぶしい白光があふれる。
「何……?」
「これは……?」
驚く俺とステラの目の前で、
「ぎゃあああぁぁぁ……っ」
魔族たちは絶叫とともに干からびていく。
またたく間に三人とも灰になって消滅した。
「エナジードレイン……!? この力は──」
ステラがうめく。
「失礼いたしました、魔王様」
突然の声に、振り返る。
そこにたたずんでいたのは、古めかしい銀の甲冑をまとった武人だった。
身長は二メートル近くあるだろうか。
兜の下からのぞく顔は、髑髏そのものだ。
「どういうつもりだ、リーガル魔軍長」
ステラが髑髏の剣士をにらんだ。
……リーガル?
じゃあ、こいつが魔王の側近の一人──『不死王』リーガルなのか。
「尋問する前に殺してしまうとは」
「どんな武器を隠しているやもしれぬ」
リーガルが淡々と告げた。
「ゆえに、万が一を考え──魔王様に危害が及ぶ前に誅殺した」
「……本当にそれだけか」
ステラはますます表情を硬くした。
俺と話すときの口調とも、リリムたちへのそれとも違う。
まるで敵と相対するような険しい雰囲気だった。
「どういう意味かな、ステラ魔軍長?」
「そいつらが生きていては、まずいことでもあるのか、と聞いている」
ステラの視線はどこまでも冷たい。
「たとえば、ゼガートと結託して何かを企んでいる──とかな」
「おい、ステラ」
この骸骨魔族まで陰謀に加担してるってにらんでいるのか。
……それじゃ、周りが敵だらけってことじゃないか。
俺は緊張感を高めながら、ステラとリーガルを交互に見る。
「何を言っているのか分からんな。俺は魔王様の身を第一に案じたにすぎぬ」
そのリーガルは平然と告げ、俺に向き直った。
「お初にお目にかかります、魔王様。七大魔軍長の一人、リーガル・ヴァナ・セントーラと申します。人間界への侵攻から帰還いたしました」
兜を脱いで一礼するリーガル。
「……お前の帰還を嬉しく思う、リーガル。以後、よろしく頼むぞ」
俺は気を取り直し、泰然と告げた。
七大魔軍長──。
それは魔界最強の力を持ち、魔王の側近を務める七人の魔族のことだ。
そのうちの三人は、先の勇者たちの侵攻で討たれた。
残る四人のうち、ステラは俺の側に、『獣帝』ゼガートと『不死王』リーガルは人間界へ、残る『夢魔姫』フェリアは勇者との戦いで消息不明ということだった。
そのリーガルが、人間界から戻ってきた……ということか。
「私は配下である不死の眷属を率い、人間どもが東部大陸と呼ぶ場所を攻めていました」
リーガルが報告する。
「人間どもの中にもそれなりの戦士がおり、配下にも少なくない犠牲が出ました。が、最終的に我が軍は奴らを蹴散らし、三つの王国を攻め落としてございます」
「三つの王国を……」
ほとんど無意識に拳を握りしめる。
きっと大勢の人が犠牲になったはずだ。
勇者だけじゃなく、たぶん他の兵や一般人までが──。
「そこには我が側近たちを配置し、戦況も安定したため、私は魔界に戻ってきたのです。状況報告のためと、もう一つ──先代魔王であるユリーシャ様が討たれたと聞き」
骸骨の眼窩に赤い光が宿った。
リーガルの眼光が、俺を鋭く捉える。
「新たな魔王となった方を見定めさせていただこうかと」
「見定める……?」
「恐れながら、王にふさわしい器かどうかを、直接確かめたかったのです」
口調こそ丁寧だが、リーガルの言葉には強烈な威圧感がこもっていた。
こいつ、俺を値踏みしている──のか?
「無礼な!」
ステラが怒りの声を上げた。
「第一、魔王様には継承者の証たる魔王紋があるだろう」
「それがどうした」
リーガルはステラに対して顎をしゃくった。
「何……!」
「紋の有無など些末なこと。俺は、仕えるに値する主でなければ認めん」
言って、髑髏の剣士は俺に向き直る。
「先王ユリーシャ様にはそれがありました。苛烈で、ときには残忍──それは王としての強さにもつながっていました。あなたはどうですかな、フリード様」
「リーガル……?」
「どうやら臣下に慕われておいでのようだ。ステラ魔軍長のそのような表情、少なくとも私は初めて目にします。氷のようだった彼女が、まるで今は年ごろの少女のように」
「な、何を言っている……っ!」
ステラが顔を赤くした。
「わ、わ、私は、別にっ……魔王様のことを、その……」
なぜか、ちょっとモジモジしている。
……さっきまでの怒気はどこに行ったんだ?
「これはフリード様の徳によるものでしょう」
そんな彼女を一瞥し、リーガルは淡々と告げた。
「太平の世であれば、それも良し。ですが、今は戦乱の世。王に必要な資質は優しさではなく強さだと、私は考えます」
吹きつける威圧感が、さらに増した。
こいつ──!
「ゆえに、恐れながら……あなたを試させていただく。不遜ながら、見極めさせていただく」
腰の剣を、抜く。
無数の骨を組み合わせたような、いびつなデザインの長剣だ。
「それを罪というなら、私を死罪に処すなり好きになさいませ、フリード様」
吹きつけてくる殺気は、本物だった。
なるほど、言葉より剣で語る武人タイプか。
なら、やるべきことは一つだった。
「──いいだろう、リーガル」
俺は静かに告げて、身構える。
「お前自身の目で見極めろ。俺の、王としての力を。そして資質を」