1 生き返ったら最強魔王
魔王との戦いは最終局面を迎えていた。
「死ね、勇者ども!」
黒いローブをまとった美女──魔王ユリーシャが漆黒の大剣を振り下ろす。
俺は右手の長剣でそれを受け流し、左手で抜いた拳銃を魔王の胸元に照準した。
轟音。
胸から血を流しながら後退する魔王。
「さすがです、フリード師匠!」
隣に並ぶ少年が、俺に微笑んだ。
金髪碧眼に、爽やかな笑顔。
四十二歳の俺とは父と息子ほど歳が離れたこいつの名前はライル。
一緒にこの魔王城の最上階まで来た、俺の相棒にして愛弟子だ。
「俺は右。お前は左からだ。いけるな?」
「はい、今こそ僕の力を──」
「我が闇の魔力にて消えるがいい!」
俺たちの打ち合わせをさえぎり、魔王が叫んだ。
「『ラグナボム』!」
突き出した剣の切っ先から、漆黒のエネルギーボールが放たれる。
「ちっ、最上級呪文を無詠唱で──」
さすがに魔王だけあって、とんでもない魔力だ。
「奇蹟兵装『グラム』──魔力妨害干渉最大展開!」
すかさず俺は手にした長剣を掲げる。
奇蹟兵装。
神から授かった聖なる宝具である。
俺の『グラム』はあらゆる魔法に干渉し、『妨害』する能力を持つ。
黒いエネルギーボールは俺の手前で溶け消えた。
「我が魔法が……不発だと……!?」
戸惑う魔王。
「ならば、直接叩くまで!」
と、剣を抜いて斬りかかってくる。
俺も『グラム』を構えて応戦した。
腕は、ほぼ互角。
速く重い斬撃を、俺は長剣で受け続ける。
──今だ、ライル!
逆方向から回りこんできた愛弟子に視線で合図を送った。
「吠えろ、『レーヴァテイン』!」
ライルは真紅の刀身を持つ大剣を掲げ、振り下ろした。
ほとばしる炎の渦。
「そんな炎など──『ルーンシールド』!」
振り向いた魔王の前面に青く輝く防御フィールドが出現する。
「魔力妨害干渉最大展開」
が、俺がふたたび起動させた奇蹟兵装によって、そのフィールドは跡形もなく霧散した。
魔王の魔法効果を妨害したのだ。
「し、しまっ……」
無防備になった魔王に、ライルの火炎が炸裂した。
「ぐあ……ああぁぁぁ……っ!」
最強クラスの攻撃力を誇る『レーヴァテイン』の炎をまともに受け、さすがのユリーシャも大きなダメージを負ったようだ。
弱々しくよろめき、その場に崩れ落ちる。
「今だ──」
俺はすかさず追撃をかけた。
長剣でその首を刎ね飛ばし、残った胴体に銃弾の雨をばらまく。
「ライル、もう一撃だ。放っておけば、魔王は再生する。その前に『レーヴァテイン』の炎で完全に消滅させ──」
──ずぶり。
突然、胸元に熱い衝撃が走った。
「えっ……!?」
一瞬、何が起きたか分からなかった。
振り返った俺の視界に映ったのは、にいっ、と笑った顔。
ライルの、禍々しい笑み。
「お前……!?」
ライルが、大剣を俺の背中に突き刺している……!?
「このまま戦いが終わるとさぁ、勇者フリードとその弟子が魔王を討った、ってことになるでしょ?」
炎を背に笑うライルは、まるで悪鬼のように見えた。
「師匠は末永く語り継がれる勇者の中の勇者、僕はそのおまけ──だけど、違うシナリオもあると思うんだ」
「違う……シナリオ……?」
たずねた俺の口から、ごぼり、と血の塊が噴き出た。
意識が急速に薄れていく。
「勇者フリードは非業の死を遂げ、その仇を弟子のライルが取った──こっちのほうが、大衆は喜ぶんじゃないかな? ドラマチックでしょ?」
「お、お前……何を……?」
理解が追いつかない。
十年間、手塩にかけて育てた愛弟子だった。
俺は結婚していないし、子もいない。
だけど、ライルのことは実の息子のように思っていた。
ライルも、俺のことを父のように慕ってくれていた。
そう信じていたのに。
どうしてだ。
どうしてお前は、俺を裏切った──?
「さあ、すべてを吹き飛ばせ、『レーヴァテイン』。魔王も、我が師も」
冷然と告げたライルが、真紅の剣を掲げた。
そこからほとばしった炎が俺と魔王をまとめて包みこむ。
次の瞬間、俺の意識は霧散した──。
俺の最初の記憶は、一面の炎だった。
幼少のころ、故郷の村を魔族が襲ったときの記憶だ。
両親や身近な人はみんな殺された。
駆けつけた勇者によって、俺はかろうじて生き延びた。
一人になった俺は必死で生き、やがて勇者の素質に目覚めた。
国の養成機関で勇者としての戦い方を学び、めきめきと頭角を現した俺は、最高ランクの勇者の一人として、数々の魔族と戦ってきた。
最初は誇らしかった。
人々を守る正義の勇者であることが。
だけど、それはすぐに間違いだと気付く。
勇者たちの間には、醜い嫉妬や権力争いが渦巻いていた。
自分より戦績がいい他の勇者の足を引っ張る勇者。
国の上層部と癒着し、賄賂を受け取る勇者。
人を助けることなど二の次で、地位を求め、欲望を満たすだけの勇者。
勇者同士での──あるいは、その周辺にいる者たちの、実に醜い争いの数々。
策謀と、裏切りの数々。
その唯一の例外がライルだった。
十年前──当時まだ六歳だったライルは、勇者としての戦い方を学びたい、と俺に弟子入りしてきた。
素直でひたむきなライルは、人間不信になりかけていた俺の心を少しずつ、ゆっくりと溶かしていった。
友人であり、相棒であり、愛弟子であり、そして息子のように思っていた。
だけど、結局ライルは俺を裏切った。
信じられる人間なんて、誰もいないのか。
無念のままに、俺の生は終わり──。
「……ここは?」
目が覚めると、大きな広間にいた。
敷き詰められた赤い絨毯や豪奢な調度品の数々。
どうやら城の中みたいだ。
だが、魔王城のどこかだろうか。
さっきまで戦っていた場所とは違うが。
「なんで、こんな場所にいるんだ……?」
胸にずきんと痛みが走る。
「そうだ、ライルが俺を……」
「お目覚めですか、魔王様」
振り返ると、一人の少女が立っていた。
細身の体に軍服のような黒い衣装を着ている。
腰まで届く流麗な銀色の髪。
神秘的な輝きを宿す紫色の瞳。
息が詰まるほどの、絶世の美少女──。
「お初にお目にかかります。ステラ・ディー・アーゼルヴァインと申します」
彼女が俺の足元に跪いた。
「ステラ、とお呼びください。魔王様のいかなるご命令にも従う、忠実なるしもべです」
「さっきから俺のことを魔王とか呼んでるけど、なんの話だ?」
俺は戸惑いながら、自分の体を見下ろした。
ライルの炎に包まれたはずなのに、傷一つない。
しかも服装が変わっていた。
革鎧の代わりに、やたらと派手な装飾がされた漆黒のローブをまとっている。
傍らには、紫色の長大な杖がたてかけられていた。
「まだ人間のころの感覚が残っているのですね。蘇生して間もないですから、無理もありません」
ステラが微笑んだ。
絶世と言っていい美少女に真正面から見つめられ、ドキッとなる。
ええい、年甲斐もなく何を照れてるんだ、俺は。
しかも相手は人間じゃない。
魔族だっていうのに。
「いずれ魔王としての力にも馴染むでしょう」
「話が見えないんだが。さっきからお前は何を言っている?」
戸惑う俺。
「先代魔王──ユリーシャ様は蘇生能力をお持ちでした」
蘇生能力──つまりは死んでも生き返れるってことか。
さすがは魔王様、とんでもない力をお持ちだ。
「どうやら、あなたの持つ奇蹟兵装がユリーシャ様の力と干渉し、誤作動を起こしたようです」
「……グラムの魔法妨害能力か」
「結果、ユリーシャ様ではなくあなたに魔王の力が宿り、蘇生されました」
「俺に、魔王の力が……?」
ふいに右手が熱くなった。
見ると、手の甲に六芒星に似た赤い紋章が浮かんでいる。
「その紋章こそ魔王の証です」
ステラが告げる。
本来ならユリーシャが蘇生するところを、俺が代わりに甦ってしまった、ってことか?
しかも魔王の力を得て──。
「まだ信じられませんか? では、これをご覧ください──『ステータス表示』」
ステラの呪文とともに、空中に光り輝く文字と数字の羅列が浮かび上がった。
───────────────────────────
名 前:フリード
階 級:魔王
総合LV:4702
H P:35566
M P:91005
攻 撃:70330
防 御:45200
回 避:31785
命 中:55539
装 備
:覇者のローブ
:魔王の杖
スキル
:威圧 (LV250)
:瘴気の波動(LV536)
:魔軍服従 (LV1)
呪文
───────────────────────────
その後も、ずらりと文字列が並んでいる。
「こ、これは──すごいです」
ステラが驚いた顔だ。
内容的に魔王の能力を表わしているんだと思うけど。
「一般的な魔族のレベルが50程度、私たち幹部クラスが200前後、そして歴代の魔王様はおおよそ500から700ほどです。ですが、あなたさまのレベルは4000をはるかに超えています……!」
文字通りけた違いらしい。
「どうか、そのお力を以って、私たちを救ってくださいませ、魔王様」
「救うだと?」
「魔界は今、滅亡寸前です。勇者たちの大攻勢に、幹部である魔軍長たちが対抗していますが押され気味。要である魔王城も、今にも攻め落とされかねない状況です」
なるほど、魔界に侵攻した勇者たちは、それぞれ活躍しているんだな。
「俺は勇者だぞ。魔族を救ういわれはない」
「魔王様……」
「俺を魔王なんて呼ぶんじゃない。俺は勇者だ。魔族から人の世界を救う勇者フリードだ」
言い放つ。
ごうんっ……!
ふいに遠くから爆音が響いた。
「なんだ……?」
「──どうやら人間どもの攻撃のようですね」
ステラが表情を引き締めた。
「人間の?」
「今、千里眼で戦況を確認します」
告げたステラの額に瞳が──第三の目が出現した。
「先ほどの戦いで魔王様を討ったつもりでいるのでしょう。残りの軍勢が魔王城の近くまで攻めこんできたようです」
どうやらステラは城の外の様子を察知できるらしい。
「魔王城の結界もすでに機能していません。城の守備兵が迎え撃っていますが、どこまで持ちこたえられるか。私も先日の戦いで魔力を限界まで消耗し、戦える状態まで回復していません」
彼女は俺をまっすぐに見つめ、言った。
「現状で人間どもに立ち向かえるのはあなただけ──今一度お願いいたします。どうか我々を救ってください、魔王フリード様」
「さっきも言っただろ。俺は魔族を救うつもりは」
「このままでは皆殺しにされます。どうか──」
俺は言葉を失った。
涙を浮かべたその瞳があまりにも悲しげで、切なげで、儚げで──。
一瞬、魅入られてしまったのだ。
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