9、天重、天蕎麦、唯我特上!
「天重、天蕎麦、唯我特上!」
ぽかーん?
誰もが石になったように何も話さない。いかん。完全にスベった。
俺は今、生まれて初めてしゃべった。いや、何もここでネタに走る意味も無かったのだが。
人差指を上に掲げ、タイガーマスクのポーズを取った俺は、周囲の冷たい目線にHP残量ゼロだった。
たまの休日、みんな家に居るタイミングで何か喋ったら受けるかなと思ったんだ。
だが、何を喋ったら受けるだろうか? と考え過ぎた。
スーダラの母をパクったのが運のつきであった。
普通に「まーま」位にしておけば無難だったんだが、それだとパパヲが絶対不貞腐れる。
結構めんどくさい性格してんだよ、あの脳筋。
それに、子供達も絶対喰いついてきて離さないだろう事は予測された。特に、最近では姉のイチヒメが俺の面倒を何くれとなく見たがるのだ。ちょいウザい程。食事時にはあーんをしたがり、お風呂では俺を洗おうとする。目に石鹸が入りそうになった事もしばしば。そして、ちゅー。しょっちゅう俺に抱き付きチューしようとする。いや、美幼女とのチューはバッチ来いと言ってもいいんだが、この世界の習慣として、歯磨きの習慣はないのである。だから何気に口臭はちょい気になるのだ。
歯磨きは大事だよ。日本人の長寿の秘訣のうち、最大の要因は、多分風呂と歯磨きだろうと思う。
歯磨きによって歯周病の原因を日常的に取り除くのは、絶対健康にいいに決まっている。
実は歯周病菌は、心臓病や癌、水虫の原因という説もある。血管内に入ると血液を循環してそういった病気を引き起こすのだ。これらを歯磨きによって除去する習慣がしっかり定着しているからこそ日本人は長寿なのだと思う。
そして、風呂。こちらも、体に付着している病原菌を取り除くのは言うに及ばず、温浴による血流の良化によって、血流疾患を予防してくれるのだ。
幸い、家は風呂はあるし、水を張るのはママメの魔法で一発だし、湧かすのはパパヲの火炎剣であっという間に沸かせるのだ。コストほぼゼロで風呂に入れるという何とも贅沢な御大尽生活を満喫できるという異世界ライフを楽しんでいるのだ。あとは、ある程度成長したら歯磨きの習慣を持ち込んでやる。密かな俺の野望である。
「しゃべった、よな?」
「しゃべった、わね?」
「じろー、しゅっごーい!」
「ジローがしゃべったよ!」
「ジローがしゃべったわ!」
「すごーい」「こくこく」「こくこく」
「うっわーっ! しゃべってみて! ほら、チノおねぇたんって!」
「なんでだよ! ここはノーべさまだろっ!」
「ハナもいますよ~」
「凄いわ。まだ二歳になったばかりなのに」
「ふむ、でもパパヲさんと先生の子供だぞ! 優秀に決まってる」
「おしっこ~」
「ここで脱ぐなーっ!」(天丼)
あれ?
時間差で受けた。
と、いうか、何と喋ったか認識されなかったとか? セーフ!
一度スべるとそういう人間としてしか扱ってもらえなくなるからな。ガクブル、ガクブル、スべるの怖ひ。
「もしかすると、お腹空いたんじゃない?」
「そういえば、小腹が空いたな」
「それじゃあ、何か作りましょうか? マリーとハナも手伝ってね」
「「はーい」」
そう言ってママメとマリー、ハナの三人はキッチンに向かった。実のところ、料理に関して戦力になるのはこの三人だけである。確かうちは女性の割合が多い筈なのだが、後は大ざっぱにも料理ができるのは冒険者のパパヲと最年長のストックだけである。なぜかしら?
ギロり!
何故かチノに睨まれた。黒いオーラが出ている。
「いい女というものはね、無駄な足掻きをしないものなのよ」
何故か間近まで来て諭された。こくこく、とロロルルのように頷く。ガクブル、ガクブル、おにゃのこ怖ひ。
◇◆◇◆
おやつは、こちらの世界でも定番のパンケーキである。もっとも、砂糖は高級品であるため塩味であるが。どちらかというと具のないお好み焼きみたいだ。
さてさて、ここで俺の家の間取りをちょこっと説明しようと思う。
実のところ、我が家はかつての領主の別宅をパパヲがある事件解決の報酬として貰ったのだが、領主は伯爵の割にフランクな性格の御仁で、かつての別宅にあっさりと孤児達が住む事を了承してくれた。この屋敷も領都からも離れている為、馬の買い付けの時位しか利用しない。精々年一回しか使わないなら、別の者に有効活用して欲しい。買い付けの時だけ泊めて貰えば何も問題無いとの事であっさりと譲ってくれたらしい。子供のいる家って痛み易いと思うのだが・・・
いずれにしろ、廃教会を利用して住んでいた王都の家と比べると天国と地獄位の格差がある。
敷地は東京ドームの6倍程ある林の中にあり、建物も二階建てながら22LDKという豪華な建物で、以前も言ったが風呂も立派なものがある。現在は男部屋1、女部屋2、夫婦の部屋と続きの子供部屋以外は利用していない。もっとも、後の部屋も掃除や手入れをしなければいけない為、ママメと子供達、そして通いの家政婦さんが毎日掃除をしている。
その他にはここに引っ越して来てから畑を作るようになった。とはいえ、素人農業なので、簡単に作れる芋関係や根菜が多い。あとは、果樹をいくつか植えている。葡萄やみかん、桃なんかが数本ある。とはいえ、そちらはもう少し収穫できるまで時間がかかりそうである。
「ところで、そろそろセレクトセールの時期だな。伯爵が泊まりにくるから部屋を用意しないとな」
「大丈夫。領主様とお付の方々の部屋はいつでも使えるように用意してあるわ。それに、そろそろ夏野菜も早いものは収穫できるし、昨日頂いたお肉もまだまだ残ってるし、おもてなしの用意は万全よ」
「おおっ、それは重畳。さすがはママメ。出来る嫁」
「いやぁね。子供達が見てますよ」
あまーい!
ちくそー。邪魔しちゃる。
「ちっこー」
「ぼくもおしっこ~」
「あらあら、早くちーしに行きましょう。パパヲお願い」
「ほらほら、さっさとトイレ行くぞ!」
「「は~い」」
マローが釣れて来たのは誤算だったが。
し~とっとっと。
この世界のトイレは基本、洋式なので座りションできて楽なのだ。とはいえ、俺の体はまだ小さすぎるので、便座の上から補助便座を乗せなければ落ちてしまう。そして、このトイレ、所謂バイオトイレであるため、水を流さずとも汚物処理をしてくれるエコなトイレである。
汚物を処理する生物が剣呑な事に目を瞑ればだが。
簡単に言うと、スライムの一種である。どっかの小説で見たようなクリーンにしてくれるスライムとは違って、その気になれば人間位喰い尽くすことも出来るほど危険なスライムなのだが。凶悪で悪食なこのバイオスライムは、ある魔術師が開発した人造スライムである。多種多様な用途で使われており、人間の生活で出るゴミなどは全て処理できる程の優れた生き物だ。しかし、余りに強力な生命力は度々人の命まで奪うこともある。現に、毎年数件はトイレの処理層に落ちた人がこれに喰われる事故が起きている。しかし、便利の良い事には違いなくそれらの危険に目を瞑っても日常的に使用されているのだ。
もちろん、小さい子には絶対目を離さないようにしなければいけないため、大人が付いてくるという事はしばしば見受けられるのだ。
ふぅ。すっきり。
パパヲの監視の元、しっかりとおしっことウンコもついでに済ませて一心地ついた。最早慣れたものではあるが、トイレくらい一人で済ませたいものだ。
さて、この世界、太陰暦を基本とした暦があり、一年は12ヶ月、1月が30日そして、年に4~6日のうるう日があり平均して大体一年は365日、地球とほぼ同じである。
このうるう日が一般的な休日となり、この日は、商人も農民も役人も軍人も休むというのが義務となる。休日というよりは安息日といった方がいいかもしれない。この大陸では日本同様1、2月は寒く、春、夏、秋、ときて12月にはまた冬がくるということである。
んで、さっきパパヲが言ってたセレクトセールってのは、毎年7月の半ばに行われる当年生まれた馬を直接見て選べるセリ市のことだ。この時期、国中から馬を仕入れる為に金と人が集まってくる初夏の一大イベントでこの街の年商のほぼ7割をここで稼ぐのだ。
きんこーん
ドアベルが鳴る。
「は~い」
ママメが出ていくと、やがて一人の男を案内してきた。たしかこの人は・・・
「先日はどうも、パパヲさん」
「やあ、クールモウさん。よくいらっしゃいました」
そう、郊外で牧場を経営しているクールモウ氏だ。この近辺でも特に大きな牧場を経営する地元の名士で領主の遠縁にあたる人である。60絡みのいい歳のおじさんだが、年の割には姿勢も良く矍鑠とした雰囲気の持ち主である。パパヲとは、良く指名依頼を貰う関係で、領主様が馬を買いつける相手でもあるため、うちで事前の打ち合わせに来たらしい。
「キルトクール卿にお買い上げ頂く馬の馴致もおかげさまで順調です。牝馬を狙うグリフィンもパパヲさんに退治して貰い、今年は全て順調で有難いことです」
俺を膝の上に乗せたパパヲは、どうもこういった挨拶は苦手なようで
「それで、今日こちらにいらしたという事は?」
「はい。キルトクール卿よりセレクトセールの初日よりいらっしゃる旨御連絡いただきました。つきましては、いつも通り卿の護衛をお願いします。それと……実はこんなものが今朝投函されていまして……」
と、懐から一通の手紙を取り出す。? 手紙じゃないのか?
「怪人2001面相なる人物から、盗難予告をされました。我が牧場の一番の種馬「ハイドライド」号を奪うと……」
「かい? なんですって?」
「怪人2001面相です。2001の顔を持ち狙った宝は必ず盗むという、今売り出し中の怪盗です。王城から王妃様のティアラを盗んだり、悪い噂の絶えない豪商から財産の一切合切を盗み貧しい人々に分け与えるなど、活躍の噂は枚挙に暇がないほどです。しかし、何故にこんな田舎の、まして私のような只の牧場主なんぞを的にしようとしたのか?」
と、謙遜するが、この国でも一番の大牧場の主である。ましてや、一番の種牡馬ともなれば、生まれた子馬は、戦場でも一番優秀な戦働きをする騎馬となる。そんな優駿を年に100頭以上誕生させる、戦争をも左右すると言われるいわば戦略生物兵器であるのだ。
「つまり、俺達にそんな怪盗を退治してくれと? 正直自信は無いぞ」
「ご謙遜を。まだこの街に来て一年足らずですが、既にこの街を代表する冒険者で、街の顔役ではありませんか? あなたから見て怪しい人物が居たらマークしていて欲しいのです。どうかお願いできませんでしょうか?」
ふむ、と難しい顔をするパパヲだが、幾通りかのシミュレーションを頭の中でしたのであろう。脳筋なりに。
「わかりました。それとなく気にはしておきましょう。それと、俺よりも、家族の者たちの方が怪しい人物なら見つけやすいかも知れません。みんなそれぞれに町中で仕事を頂いてたりしますからね」
「なるほど! 確かにここの子供達の人数ならより密な捜査もできますかね。しかし、危険もあるかもしれませんし……」
「なに、本当に危険な所には絶対手出ししないよう厳命しておきますよ。ぶっちゃけ、俺のパーティーは皆脳筋の集まりですからね。知恵という点ではうちの子供達の方が優秀かもしれませんよ。上の子などはそろそろ冒険者にしようかと考えていた位ですし」
「ほう。もうそんな歳になるのですか……月日の経つのは早いものです。どうりで老ける訳だ」
「何をおっしゃいますやら。今だ初期馴致を自ら行っていると聞き及びましたよ?」
「はっはっは。どうしても、自分で確かめないと不安になるものでねぇ」
そうして、幾つかの確認をすると、クールモウ氏は何度も宜しくと言いながら帰っていった。
「さて、ちびっ子諸君! 集合してくれたまへ」
そう、パパヲが子供達を呼ぶと、わらわらと集合する。
「聞いての通り、クールモウ氏から依頼を受けた。あそこの看板種牡馬「ハイドライド」号が狙われている。君達は怪しい人物がこの街に入って来ていないか確認して欲しい。とはいえ、危険な場所に入ったり不用意に怪しい人物に接触したりしないように。有力な手掛かりには銀貨一枚を進呈する。各員励むように!」
『『『『『『は~い』』』』』』
「パパヲ。そんな風に安請け合いした上に子供達に下請けさせるなんて」
「だが、街の中なら十分この子たちで用が足りると思うよ。それに、かえって子供の方が見張られている事に気が付かないかも知れないし……」
段々パパヲのトーンが小さくなっていく。いいよ。ぶっちゃけろよ。楽になれよ!
「それに、ほら、俺って、シティアドベンチャーって苦手だから」