#8 胎動
「手短に頼むぞ?」
「ふん、俺とてアンタと長話なんざ、願い下げだ馬鹿め」
悪態もほどほどに、話題を変える。
名殻出雄は、古今東西あらゆる英雄を調べ上ている。
だが、目の前にいる"史上最強の英雄"、リョドー・アナコンデルの情報は極めて少ない。
単に彼が、必要以上に目立ちすぎるのが嫌で、情報操作をしているのかもしれない。
若しくは、多すぎる謎が、彼の経歴に尾ひれをつけたものなのか。
出雄はそれを見極めたいのと同時に、"ある真実"が知りたかった。
「アンタ、いつもそんな感じか?」
「だいたいこんな感じだ」
「……そうは見えないがな」
こういった時の聞き出し方がわからない。
直情的で不器用な人間である出雄には、難しいやり口だった。
自分から切り出したにも関わらず、気まずさを覚える出雄であった。
リョドーは、そんな空気すら、気にもとめず酒を飲んでは紫煙をくゆらせる。
「お前が聞きたいことはなんだ?」
「なに……?」
「俺に目的があって来たんだろう? だったらそのまま聞けばいい。脈絡とかそういうのは気にするな。聞きたいことを聞け」
出雄は、なにも言えなかった。
なにより、自分の目的が見抜かれていたということに、バツが悪そうな顔をする。
そして、こうも簡単に自分のことを話そうというのだ。
予想の斜め上をゆく展開に、動揺を隠せない。
「やっぱり、最近のガキは諜報が下手だな。ま、学園暮らしならそれは無理もないが」
「ぐ…ッ」
「正直言えば、俺はお前の事が嫌で仕方がない。だが、こうやって話し合いの機会を持ちかけた以上、それに応じるのが大人と言うもんだ」
「そうか……では聞くぞ?」
リョドーは目を伏せながら、出雄の言葉に耳を傾ける。
その姿勢に、どこか安心感を得た出雄だった。
「アンタの最後の旅。そう、10年前の破滅の女神との戦い。アンタはその戦いの後前線から引いた。なぜだ? アンタだったらもっと英雄として上の格までいけただろう」
「……グラビスにも聞かれたな、それ」
ため息交じりに、リョドーは答える。
「その戦いは、俺にとって大切なものを失った戦いだったからだ。なんとしてでも守らなければならなかった……だが、俺はそれを守れなかった。むしろ……」
出雄の隣で、拳を握る。
普段見ないリョドーの姿に、出雄は怪訝な表情を向けた。
「……すまない、答えると言っておいてこのザマだ。お前にもいつか必ず話そう。約束する」
「わ、わかった……あと、もう1つある」
「なんだ?」
出雄の表情が、少し険しかった。
風に揺れる髪が、どこか悲しげにも映る。
「――――何故、親父を殺した?」
「……なに?」
リョドーの顔が、一瞬引きつる。
自分が名殻出雄の父親を、――――殺した?
「ふん、まぁ仕方あるまい。隠し事の多い奴だったらしいからな親父は。きっとアンタにも俺の事を黙っていたのだろう。……アンタのこれまでの旅の中に、倭ノ本出身の男がいたはずだ」
「あ、あぁいた。胡散臭い奴だったよ。……だが待て、そいつの苗字は名殻ではなかったぞ?」
「……やはりか」
偽名。
確かにその男は、いくつも偽名を持っていた。
本名もわからぬ為、リョドーは"キツネ"と呼んでいた。
そのキツネが出雄の父親だったとは、死んでも尚驚かせてくれる男だ。
「勘違いするな、俺は別に復讐なんぞ望んじゃあいない。そんなことをせずとも俺はアンタを超えて見せる。だが、1番に気になるのは動機だ。――――なぜだ? あの男は殺されるに値するほどのことをしたのか?」
「それは……」
リョドーは、答えられなかった。
自分が殺した。
結果的に殺してしまったのだとしても、これは取り返しのつかないことだった。
今、出雄に話して理解してもらえるかどうかだ。
「答えられない、か。ふん、まぁそれでもかまわん。……はぁ、折角聞きに来たが無駄足だったか」
「……すまん」
「謝るな。俺はまだ、諦めちゃいない。……俺は必ずアンタやグラビスを超える。……必ずな」
そう言って、立ち去っていってしまった。
昼休みも終わる頃、生徒達の大半は教室に戻り、次の授業への準備に取り掛かっている。
廊下の賑わいは、嘘の様に、教室へと集中していた。
欠伸をしながら、昼からの仕事をどうサボるか思案していると、昨日出会った2人組、クァヌムと沙耶に出会う。
「よう、授業の準備は出来てるのか? 早めにした方がいいぞ」
「あ、リョドーはんも、お変わり無うて結構ですね。うん、ウチ等ぁはいつでも抜かりありません」
「ミスター・リョドーは相変わらず暇そうですね。」
「暇とはなんだ暇とは。大人はいつだって忙しいんだ」
だが、どうせサボる気だろうと2人にたやすく看破されてしまった。
ボリボリとバツが悪そうに頭を掻く。
「あ、リョドーはん聞きましたえ? グラビスちゃんに誘われてんのやろ? 確か……神殿探索やったかな?」
「ん? ということはお前等も?」
「はい、私達もアナタ方に同行させていただきます」
流石グラビスだ、行動が早い。
彼女等も、相応の実力者だ。
これなら安心だろう。
「……そういえばミスターリョドー」
「ん? なんだ」
「先ほど修練場で、グラビスとムィール・フィーユ双教師が、異能戦から殴り合いに移行し今尚激戦の最中にいるのですが……どういうことですか?」
「どういうことって……なにが?」
「なぜ、彼女等は争っているのです?」
「……知らない」
「ホントに?」
「ホントに知らない。アレだろ? 3人とも己を高めるために張り切っているんだ。うん、青春だ……」
「……そうですか」
チャイムが鳴りだすや、口笛を吹きながら去っていくリョドーを背に2人はどこか遠い目をしていた。
「ほんに……罪な御人やな」
「アナタはああなってはいけませんよ沙耶」
「うふふ、大丈夫や。……ウチの勘やけどあの人、絶対これまでに女絡みで危ない目ぇに何度も合うてはるで」
「ソレで生きているなんて……やはり"英雄"は格が違いますね」
「英雄色を好む言うけど、あれじゃ体に毒やろに……。ほな行こか、ホンマに遅れてしまいます」
その後、生徒達は授業を終えて帰宅していく。
グラビスも休日である明日に備え早く帰っていった。
「……やべ、寝すぎた」
リョドーが起きた時には外はすでに暗く静まり返っていた。
翌日未明。
仄暗さを残す時間帯。
旧校舎の地下にある巨大な柱の前で4人が集まっていた。
白のオフショルダーと、黒のタンクトップに、薄ピンクのスカート。
そこから伸びるサイハイソックスと、白のパンプスに包まれた両足を、交互に動かし歩くグラビスの姿は、休日にウィンドウショッピングを楽しむ普通の女子に映る。
クァヌム・サンクトぺナムと沙耶は、それぞれの衣装に身を包み、扉が開かれるその時を待っていた。
そして急遽参加を表明した名殻出雄は、黒い道士服に、呪印らしき白文字が掘られた黒の軽装甲を取り付けた姿で、旧校舎地下の壁に寄り掛かっている。
「私とクァヌム、沙耶、そして出雄君……あとはおじさんなんだけど……」
「なんや遅刻? この時間に集合いうんは事前に伝えはったんやろ?」
「そうなんだけど……、あ、足音…おじさんかな」
ガチャガチャという重装備の音と、靴音が地下にまで響く。
そして現れたのは……。
「遅くなった、俺がみっちり守ってやるから安心するといいガキ共」
迷彩柄の軽装甲と、ズッシリとしたリュックサック。
右の手には対魔導兵器用散弾銃を握りしめ、肌が露出した部分や顔には、何かのペイントが施されている。
自慢げに微笑むリョドーに全員が戦慄した。
(おかしいな、ここでこいつらはあまりの素晴らしさに歓喜し、尊敬の念と共にむせび泣くという予定だったんだが……どうやら俺の入念な準備そして遅れてやってくる、という最高のパフォーマンスにより声も出なくなってしまったらしい)
「HAHAHA、すまないな。おめかしに時間がかかっちまった」
「え、あ、……うん…大丈夫だよ皆さっき来たばかりだから……」
(リョドーはん気づいたげて、流石のグラビスちゃんもドン引きしてるで……)
(こ、これがリョドー・アナコンデル……、底がしれん……。だが、今回の探索でお前を調べつくしてやるぞ……)
全員が揃い、いざ、グラビスが扉を開く準備を始める。
在す導きは忘却の彼方へ
黄昏に軍靴を鳴らし、喉を潰し、痰を吐き出す
されど我は汝の黒馬車に寄り添い
最果ての園への旅立ちを待つ者なり
開け、我が願いよ
真実の扉となりて古えよりの沈黙を具現せよ