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無限幻想 -灰と忘却のパヴァーヌ-  作者: 支倉文度
第一章 
7/32

#6 深紅の姉妹

 漆黒に影を浮かばせ佇む修練場。

 内部は昼間のように明るく、双子とリョドーが構えを取り向き合っていた。


「ねぇ、私達が勝ったらどうするの?」


「おい、稽古じゃねぇのかよ。そうだなぁ……、よし、"お前等のいう事なんでも聞いてやるよ"」


 ん? と同時に言葉を発すると、2人の眼光が凄味をましていく。

 口角が少し歪み、舌なめずりをひとつ。

 御馳走を前にした野獣のようなオーラを、リョドーは全身で感じ取った。


(なんだ……悪寒が……?)


 突如、覆いきれない程の風が吹く。

 フィーユが地を蹴り、一気に間合いを詰めてきたのだ。

 縮地という技法に近いその圧倒的な身のこなしは、あっという間にリョドーとフィーユの距離を縮めた。

 それに合わせ、木剣を上段に構え、すばやく振り下ろそうとする。


「ふん、その程度じゃ俺には、――――何ぃッ!?」


 木剣を上段に振りかぶった直後のこと、フィーユが右方に流れるようなスウェーイング。

 その後ろから、ムィールが放った紫色の雷光が、リョドーの胸部目掛け翔ぶ。


「グッ……くそがッ!」


 身を捩り強引に躱すが、フィーユはその間に弾道の下を素早く掻い潜り、リョドーの懐に潜り込むと、ズンッ、と踏み込む。

 右拳による痛烈な発勁。

 深く沈んだ体から放たれるそれは最早、爆発と言ってもいい。

 しかし、1寸退いたことにより直接的なダメージは防いだ。


「今度ぁこっちだッ!」


 現役時代に勝るとも劣らぬ二つの斬撃。

 右袈裟をフィーユは1歩退いて躱し、続く左薙ぎを裏拳で打ち落とす。

 そして、地を擦りながらステップを踏んだ回し蹴りが、スカートが捲れ上がることなどお構いなしにリョドーの顔面に目掛けて弧を描く。


(ここだッ!)


 大振りな動作に隙を見出し、地につくほどまで姿勢を低く身構える。

 そこからバネで弾かれたように鋭い刺突を、フィーユの胸へと放った。


 ――――しかし


「――――"ガリレイ"! 攻撃・方向共にアナタは反転する(・・・・・・・・)!」


 その言葉と同時に、切っ先が接触した直後、リョドーはフィーユに背を向けた状態で、刺突を繰り出していた。

 ほんの一瞬でリョドーは彼女の神託(のうりょく)により、体の向きが反転してし(・・・・・・・・・・)まった(・・・)



 神託名『ガリレイ』

 物理、概念問わず威力・方向・性質等あらゆるものを、反転させることのできる力。

 その毒牙にリョドーはかかってしまったのだ。



「ハッ!やるじゃねぇか!」


 刺突を中断し、持ち前の身体能力で無理矢理向きを直そうとした瞬間、空間転移魔術で現れたムィールが右舷に現れる。


「なるほど……ここまでがワンセットか」


「今更気づいても、遅ェ!」


 螺旋状に風を孕む十文字は、容赦なく抉りにかかる。

 むおおッ! と野太い声を上げ回避し地を転げた。


「お前等本気(マジ)か……、本気(マジ)なのか……ッ」


 緊張と凄味で息を切らすリョドーに対し、ウットリとした表情で横1列に並んで構える双子。


「すごいね、全然衰えてないじゃない。動きのキレなんて昔のまんまだよ。……ふふふ、ということは腕っぷしの方も衰えてないんじゃあない? アンタに強引に捻じ伏せられるって……一体どんな気分になるのかなぁ。ふふふ」


「ダメよムィール、妄想でもそういう抜け駆けをするのは、ダメダメダメぇ。でも……気持ちはわかるわ。私の場合は……ちょっと乱暴だけれど、ふふふ……逆に捻じ伏せてみたくなっちゃう。雁字搦めにしてずっとずっと私達を見てもらうの……ふふふ」


 2人して息を荒くするその顔に、艶やかな赤みが増していく。

 ギラギラと向けられる眼差しに途轍もない面倒くささを感じたが、こうなった以上勝負を有耶無耶にするわけにはいかなかった。


「……ったく、このおてんばか姉妹め。勝った気でいんな。俺はまだ本気もくそもだしちゃいねぇぞ」


「ふふ、言ってくれんじゃん。だったらさ、アナタの独自精巧魔術(オリジナリティ・ギア)、見せてよ」


「ムィールの言う通りよリョドー。私達、いえ、アナタと旅をしたどの仲間も、アナタの独自精巧魔術(・・・・・・・・・)を見たことがない(・・・・・・・・)っていうのだから」


 云わば魔術師におけるとっておき、必殺技に相当する。

 一般的に独自精巧魔術(オリジナリティ・ギア)と言われるもので術と術を重ね合わせ発動させる"連携型"と、生まれ持って、即ち天性の授かりものである"才能型"等で分類される。

 リョドー・アナコンデルの独自精巧魔術は"才能型"に該当するのだが……。


「それは"嫌"だ。……と言いたいところだが、どうしてもそれじゃ納得してもらえんらしいな」


 この通り、リョドーは自らの独自精巧魔術を人前に晒すのを酷く拒む。

 使い手だからこそ分かる危険性に双子の身を案じているのだ。

 だが、この2人の為に今1度だけそのベールを脱ぐことに。


「うれしいよ。私達のために……――――」


 言いかけた途端リョドーの強い言葉が彼女らを一瞬竦ませる。


「ただしッ! 披露はするが、"見る"ことは叶わないだろうがなッ!」


 右の掌の上で泳ぐ炎系の魔力。

 それを地面に叩きつけると、爆炎と砂ぼこりが舞いあがる。

 突然の出来事にたじろきながらも、同じ魔術師であるムィールは見逃さなかった。


 砂ぼこりに動く影、呪文のような言葉。

 その左腕に魔力が集中していき忽然と影ごと消えてしまったのを。


「消えた……、それにさっきの左腕の異形(か達)……ッ! フィーユッ!!」


 そこに妹の姿はなく、代わりに、岩棘のようなゴツゴツとした突起物を、いくつも全体に生やした"左腕"のリョドーが、砂ぼこりの中で影として映り込んでいた。


「なっ! こ、このぉオ!」


 十文字槍の鋭い横薙ぎは、影ごと砂塵を切り裂いたが、そこにはリョドーの姿はなかった。


「言っただろう? 見ることは叶わない……と」

 

 後方からの声を確認する前に、ゴウッと唸りを上げ意識ごと体が吹っ飛ぶ。

 壁に叩きつけられ身体が脱力を認めた。

 同時に視界に映ったのは、妹フィーユが向こう側の壁に大の字で磔状態にされ、ダラリと頭を垂れている姿だった。


 妹の胸部と腹部の間には、拳1つ分の軽い窪みが出来ている。

 そこまで確認できると、意識はスゥッと遠のいていった。


(ん……ここは)


 しばらくしてムィールが「目を開くと、そこには薄っすらと広がる星々の海。

 見惚れんばかりの輝きに意識を戻していく。


「気づいたか。持ち前の回復力は相変わらずあっぱれなもんだ」


 修練場に仰向けになって寝かされていたムィールとフィーユ。

 痛みに耐えながら上体を起こすとそこにはこちらに背を向けながら、真上を向いて星を眺めるリョドーがいた。


「さっきのが俺の独自精巧魔術。本来なら、ボケジジイになっても人前に晒さねぇと決めた技だが……、ふーん、どうやら直接見ないのであれば(・・・・・・・・・・)大丈夫らしいな」


 支え合いながら立ち上がる2人はリョドーの背に、変わらぬ逞しさと懐かしさ、優しさを感じていた。 だが、それと同時にある種の寂しさも感じた。


「ねぇリョドー。どうして、独自精巧魔術を皆に見られたくないの?」


 彼女等でも知らぬ、彼の一面がそこにはあった。

 独自精巧魔術は云わば、魔術師の代名詞ともいえる代物。

 独自精巧魔術の強さ・恐ろしさは魔術師における"格"や"面子"に等しい。


「……それは言えない。わかってくれ」


 目を伏せながら申し訳なさそうに答える。

 背を向けたまま、葉巻を咥え火を灯した。

 リョドーは昔から目立つのを極端に拒む性格だ。

 例え英雄と讃えられようともその実力をひけらかすようなことは断じてしなかった。

 それと関係があるのだろうかとムィールとフィーユは疑問に思う。


「……つれないのね。私達にあそこまでしておいて」


「よく言われる。あとその物言いやめろホントに」


「……ここ、タバコ厳禁だよ?」


「うるせ、葉巻ぐらい自由に吸わせろ」


 フハァ~ッ、と紫煙をくゆらせると体からゆっくり筋肉のこわばりがとれ緊張がほぐれていくのがわかる。

 リョドーはこの瞬間が大好きであった。

 一仕事終えた後の葉巻はまさに至高の極み。


「ふふふ、それはそうと、勝負は俺の勝ちだな。残念だったなぁ? ん?」


「あ、その点なら大丈夫よ」


 フィーユがニコリ、と微笑みながら、リョドーにゆっくりすり寄ってくる。

 嫌な予感がしてならない。


「私達が勝った場合、アナタを好きにできる。では……アナタが私達に勝った場合でも同じような条件が発動する。そうは思わない?」


「何が言いてぇんだ……」


「あら、女の口から言わせるの?ふふふ、わかってるくせにぃ」


 フィーユに続き、ムィールも後方へ回り込み、すり寄ってくる。


「フィーユの言う通りだよリョドー。アンタが勝ったってことは……私達がアナタのいう事を"なんでも聞かなきゃあならない。"ってことだ。そうだろう?」


 手心を加えたとはいえ、あれだけのダメージを負った後とは思えない程の強い力で、腕を絡ませてくる。

 女の胸中の悍ましさを、改めて理解したリョドーであった。


「扉は魔術で何重にも鍵をかけた。だから誰も入ってこないよ? しかもここは防音設備もしっかりしてるから、……ね?」


「ふふふ、照れなくていいじゃない。私達は仲間……家族のようなモノでしょ? なにも問題はない、なにもおかしくはないわ」


 頭が痛くなる。

 何とかしてこの状況を切り抜けなければと、頭をフル回転させるがどうにもいい切り返しができない。

 なんでも聞く……これをうまく使えば。


「よし、じゃあお前等に命令する」


「うん」


「……はい」


 頬を赤く染めモジモジとしだす2人に告げる。


「扉の鍵を開けろ」


「え?」


「は?」


「えーもはーもあるか。言う事聞くんだろう? ホレ、さっさと動けこのバ姦姉妹(かしましまい)!」


 不満と不機嫌が同時にやってきた顔で、2人は渋々扉を開ける。


「よしッ解散ッ!」


「え?」


「え?」


「え、じゃあない。命令に従え。寄り道はするなよ? はははは!!」


 豪快な笑い声を上げながら、ズカズカと帰っていくリョドーを、2人仲良く爪を噛みながら見送ったという。




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