#4 旧校舎 その②
旧校舎まで行くには茂みの先の、暗い沼地を歩いていかなければならない。
日中はまだ歩きやすいが、こうも暗くなっていくと視界が悪くなる。
だが、リョドーにとってその点はクリアだ。
まず夜目が効くこと、そして魔力による補正で、昼間同然に暗闇の中を見渡すことが出来る。
「ふふふ、昔渡った沼地を思い出すな。あん時は俺だけ底なし沼に頭から嵌って一大事になったからな」
昔を思い出しながら進んでいく中、旧校舎が近づいてきた。
しかし、そこで奇妙な光景を目の当たりにする。
烏の死骸が、いくつも転がっているのだ。
それも旧校舎に近づくにつれ、その数は増えていった。
「ひどい有り様だ……、俺が来る前になにがあった」
早速魔術を行使し、この地に異常がないか調べる。
だが、目立った反応は見られない。
不思議に思いながらも、死臭に鼻を押さえて進む。
旧校舎もあと数mといった地点。
それは、ようやくついたと安堵した瞬間だった。
リョドーは足を即座に止める。
――――自分の背後から気配を感じたのだ。
静かな動作で、右手をそっと懐に入れる。
そしてショルダーから真っ黒な自動小銃を取り出した。
気配の主の視線は、まだリョドーの背後を射抜いている。
(殺気も無ければ敵意もない……ただじっと見ているだけか?)
聞こえるのは木々の騒めき程度。
互いに動きはない。
先手が勝つか後手が勝つか。
(……よし今だッ!)
電光石火。
リョドーは近くにあった木の陰に隠れ、身を屈めながら銃口を気配のする方に向ける。
それは近くの茂みに佇んでいた。
迷彩服に身を包んだ、古めかしいガスマスクの大男。
銃口を向けられても尚微動だにせず、じっとリョドーを見据えていた。
「……お前は誰だ? こんなところで何をしている」
男はしゃべらない。
じっとこちらを見据えたままだ。
「おい聞いてんのか? ……言葉は通じるか? ん?」
銃口を向けたまま木の陰から出て、1歩ずつ前へ。
すると、男は背を向けそのまま奥へと歩いていく。
逃げるのではなく、ただ単に興味を失くしたといった方がいいか。
リョドーは追わなかった、否、追えなかった。
「不審者か? ……にしては妙な奴だったな」
銃を懐のショルダーにしまう。
気を取り直して残り数mを歩くことに。
旧校舎の前にたどり着いた時、あることに気が付いた。
(ん? 足跡? ……それも2人分)
旧校舎の入り口まで続く、明らかに誰かが通った跡。
「あの迷彩服野郎以外に誰かいるのか? ……勘弁してくれよ」
再度銃を取り出し、キィィと扉を開いて足を踏み入れる。
流石はグラビスが目をつけるだけあって、中の空気は異様なまでにキンと冷えている。
外から見るよりも一層不気味さがあった。
その空気に吞まれぬ様、鋭い眼差しで足を進めていく。
すると――――――。
ギィ、……ギィ。
廊下の曲がり角の向こう側。
何者かが近づいてくる、複数だ。
スゥゥゥと呼吸を整え、全神経を集中させる。
これから何が起きようと、何が来ようと反応出来るようにした。
音がどんどん近くなる。
音の主が曲がり角から姿を現したと思った矢先。
――――ばたぁああん!
音の主たる"人の影"が盛大にその場にこける。
「いたたたたた……あーんもぉ、草鞋が切れてしもた。アカン、こんな暗なったところじゃ直せへん……」
聞き覚えのある独特なしゃべり方だった。
1度聞けば忘れもしない。
そこには、両の腕に包帯を巻いた和服の少女がいた。
見たことがある学園内にる生徒だ。
腰には、倭ノ本最強の剣である"倭刀"を、大小二本佩いており、大刀にいたっては倭ノ本ですら珍しい、柄が異様に長い造りの、長柄刀である。
その隣には、踊り子のような衣装の少女が、こちらを見透かすようなダイヤモンドの如き瞳で、じっと見据えていた。
「君達は確か……グラビスと同じクラスの……。こんなところで何やってる?」
制服ではないことから、学生寮へ帰った後でここへ来たのだろう。
私服というには、あまりにも厳かな格好と、彼女らの雰囲気ですぐにピンと来た。
もしかしたら、彼女らも、例の怪談を探りに来たのかもしれない、と。
「あ、確か用務員の……リョドーはん、やったね。ごめんやけどちょっと灯せるもんありません? ウチはそういうんはなくて……」
「生憎、俺もそんなのは持ってないんだ」
「……では、私のがこちらに」
踊り子の衣装の少女が掌に魔力を溜め、ポゥッと柔らかな光の玉を顕現させる。
肌は褐色、高級な布地のような黒く流れる髪。
その瞳は和服の少女を優しく見守っていた。
そして、その光にきゃぴきゃぴと喜びの笑みを向けながら、赤い和服の少女はいそいそと予備の紐を取り出し草鞋をなおす。
久瀬波羅沙耶
極東の島国倭ノ本出身の生徒であり、その国で最も美しいとされる『雅ノ都』と呼ばれる所に住む名家の娘である。
独特なしゃべり口調でマイペースな性格だが、ろうたけたその姿から繰り出される斬撃は全学年トップクラス。
魔術・妖術を使っている姿は授業内での簡易なものを行使する所しか見られていない。
白い花と滑らかな川が彩られた赤い着流しを好んで着ており、その姿は倭ノ本でよくみられる曼珠沙華と言われる花にも形容できる。
本人曰く、赤が好きで着流しは動きやすいからだとか。
クァヌム・サンクトペナム
ここから遥か南西に存在する月と砂漠の支配する国、ジプシアから来た生徒。
学園では沙耶と一緒にいる事が多く、そのミステリアスな雰囲気で魔術を行使する彼女の姿を一目見ようと、余所からくる魔術師やファンは数知れず。
深窓の佳人とも形容できるその容姿から放たれるオーラは、どこか神々しさを感じるものの、学園内の高嶺の花の一角を担う存在ゆえに話しかける相手は限られる。
因みに、今着ている衣装は彼女の国の伝統衣装なのだとか。
「お前達はこんなところでなにしてんだ?」
「肝試し」
「同じく」
他にやることがないのかこの2人は。
「旧校舎は基本立ち入り禁止だ。わかってるよな?」
「言うてリョドーはんも来てますやん、え? 来てますやん? アンタさんは良うてウチ等はあかんのんか?」
「沙耶、喧嘩腰はいけません」
出雄とは違うベクトルで腹の立つ奴だな。
リョドーは静かな苛立ちを覚えた。
「……そういや、お前達は大丈夫だったのか? さっき迷彩服を着た不審者を見つけた。なにかされなかったか?」
「不審者? いや、見てへんね」
「そんな不届き者が? ……しかし、私達はアナタ以外誰にも会いませんでしたが」
「そうか、わかった。まぁお前達の実力なら大丈夫だとは思うが、見かけたら即逃げろ。いいな?」
そう言って2人を帰らせた。
自分も、これ以上の詮索はよそうと旧校舎から出た、――――そのとき。
ガタガタガタガタッ!
風は吹いていない、地震でもない。
だが、確かに旧校舎全体が揺れた。
怪訝な表情で、旧校舎を見上げるが特に異常はみられない。
「…………まだ誰かいるのか?」
あまりにも怪しい雰囲気。
胸騒ぎがした。
「こういうのは気になってしょうがない。……自分の性格を呪いたいよまったく」
再び旧校舎に入り込む。
その時、リョドーはまだ気づいていなかった。
後方から、忍び寄る不気味な影が2つ。
それがユラユラと近づいてくるのを……。




