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無限幻想 -灰と忘却のパヴァーヌ-  作者: 支倉文度
第三章
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♯27 Dragon's Moon

「せやぁあ!!」


「はぁっ!」


 両者の打ち合いが始まる。

 電光石火の動きからなる体術は、一進一退の展開を見せ、紙一重の回避や熟練の技をより一層映えさせた。

 銀銃の弾ける音がいくつか響くが、それすらも躱されてしまう。

 だが、そのおかげで、隙を見出すことが出来た。


「隙ありだ!」


 右手の短剣による面割り。

 それを青龍偃月刀の柄で受け止め、瞬時に右手を離す。


「ふん!」


 間合いを詰め、自分より大きい体躯のリョドーの水月に右肘をねじ込む。

 右肘で殴るのではなく、右肘に全体重を乗せた体当たり。

 魔人としての身体能力の高さも手伝い、その威力は人間が出せる比ではない。


「むごぉお!?」


 筋肉の壁を突き破り、ダメージが内臓と骨にまで至る。

 枯葉のように吹き飛び、地面に叩きつけられるリョドー。


「あれ、ちょっと強すぎちゃったかな?」


「ま、まだだこんにゃろ……」


 すかさず、魔力による治癒を施すが、それが追いつけないほどにダメージが甚大だ。

 ただの1撃でこれほどの威力は、もはや神業である。

 人間の達人や魔物とも違う異様さに、再び度肝を抜かれた。


「女にサンドバックにされる趣味は持ち合わせてないんでな。こっからは本気で行くぜ」

「もう、初めから本気で来てくれていいのに。イケズな人」


 再び偃月刀を構える彼女の瞳から、薄暗くも艶美な殺気が放たれる。

 負けじとリョドーも闘気を放ち、銃の標準を相手に合わせた。

 

「今度はこっちの番だ!」


 その体躯からは考えられない俊敏な体捌き。

 飛び込むような1歩から銃弾を3発。

 彼女は偃月刀を振り回し、銃弾をすべて弾き落とした。

 だが、それが狙いだ。


「そらぁ!」


「むっ!?」


 弾き終わったときにはすでに、リョドーは彼女の眼前にまでたどり着いていた。

 離れた間合いにおいて有利にことを運ぶことが出来る長物。

 だが、接近戦において小回りの利く短剣であれば、こちらが有利だ。


「やん!」


 短剣が彼女の胸から腹を抉る。

 間合いを空けようとしたが、リョドーがそれを許すはずがない。

 間髪入れず、再度短剣で面割。

 当然のように偃月刀で受け止めるが。


「チェックメイト!」


 銀銃の弾が、ガラ空きになった腹部を貫通した。

 悲痛な声を上げ、彼女は後方へ転げていく。


「俺の、勝ちだな」


 仰向けに倒れ、ピクリとも動かない女に吐き捨てる。

 その直後、後方からアフターの賛美する声が聞こえてきた。


「ブラボー! すばらしい、中々面白いアクションだった。是非今度の本の参考にさせてくれ」


「テメェ、人が命かけて戦ったってぇのに……」


 無性に目の前のこの男を、殴り飛ばしたい気持ちになった。

 

「まぁそう怒るな。君の戦闘は実に栄えあるものだ。今までに戦闘は見てきたが、うん、こりゃあいい。もっともっと君の戦う姿を見たいなぁ」


 出会ったとき以上にノリノリだ。

 ここまでくると怒りを通り越して逆に呆れてしまう。


「しかしまぁ、敵であれば女子供にも容赦がないっていう部分はちょっと余分だったかなぁ」


「なに?」


「相手は女だからという理由で、傷をつけるのを渋ってくれたほうが、更に見どころがあった」


 突然なにを言い出すのかこの男は。

 そんなことで躊躇していれば、こちらがやられる。

 これはそういう戦いだった。


「……次を期待しよう。今度は、悩みに悩みまくってくれ? 機械のような勝利より、葛藤からの敗北は、私にとって非常に価値のあるものだからね」


 ようはもっと痛い目にあえ、ということか。

 リョドーはもう怒る気にすらなれなかった。

 早く出雄を探し、ここを脱け出さなくては。


「……さっさと行こう。アンタの御高説は、他の奴にでも聞かせてやれ」


「つれない男だな君は」


「ありがとさん」


 墓だらけのこの空間を抜ける。

 墓の次は、ミイラだ。

 いくつものミイラが壁に、天井に飾られている。

 眼球無き眼窩は、リョドー達のいる床をじっと見下ろしていた。


「なぁ、この第4層はなんなんだ? 墓にミイラに、武器を振り回してくる女と来た。これじゃあ本当に……」


「"ただの墓場だ"……そう言いたいのか? ここに飾られたミイラ達は、皆、犠牲者だ。時代に振り回され、世界に闇へと蹴り落とされた……報われぬ人々だ」


 アフターはミイラ達を見上げながら呟く。

 それは、敬虔な信者が祈りを捧げるような、慈しみのある声調だった。


「お前さん、この神殿になにか思い入れがあるようだが……」


「一魔術作家として見ているだけに過ぎないよ。私はそういう奴だ」


 先ほどとは違う雰囲気を漂わすアフターに、リョドーはそれ以上なにも話さなかった。

 一刻も早く、この空間を抜け出そうとした。

 その直後、前方から殺気と視線を感じた。

 今までに何度も味わったことのあるこの独特な感覚。

 次にとる行動が無意識に発動した。


「伏せろッ!!」


 リョドーの声と同時に、前方から銃声が響く。

 放たれた弾丸が、リョドー達の頭上すぐ近くをかすめていった。


「また刺客か……アフター、あんたは伏せながら物陰に隠れろ!」


「おいおい、私にミイラの陰に隠れろってのかい?」


「緊急事態だ、つべこべ言うな!」


 いそいそとその辺のミイラの陰に隠れるアフター。

 しかめっ面でこちらを睨んでいたがそんなことはお構いなしだ。

 リョドーは得意の夜目に魔力を宿らせる。

 前方、薄暗闇の先に、馬に乗っている人影が見えた。

 手にはライフルらしきものを持っている。


(なんだ……こんな地下神殿に銃を持った奴が? 新しい魔人か)


 ほふく前進でゆっくりと近づいていく。

 右手には銀銃。

 いつでも撃てるよう弾丸は装填済み。

 

(こんな暗闇の中での射撃……奴も相当な腕前だ)


 相手はじっとこちらの様子をうかがっている。

 リョドーの額に、嫌な汗が流れた。

 直後、馬上からライフルらしきものを構え、引き金を引く動作をする。


「ぐッ!?」


 リョドーの眼前の床に凶弾はめり込んだ。

 飛び散った石やほこりが目に入りそうになった。

 思わず目を閉じかけるや、相手の馬がいななき、そのまま後方へと走り去ろうとする。


「テメッ……待ちやがれ!」


 勢いよく立ち上がり、全力で馬を追いかけるリョドー。

 魔力を足に溜め、速度を上げていく。

 こうして、リョドーと馬上の刺客は薄暗闇の中へと消えていった。


「あ~あ、私は置いてけぼりか」


 ミイラの陰に隠れていたアフターが、ゆっくりと体を起こした。

 気分直しのタバコを咥え、紫煙をくゆらす。


「まさか、第4層の"彼女"をこうもあっさりと倒してしまうとは……。流石、救世の英雄と言われただけはある」


 1人呟くと、コツンと頭に石が当たる。

 否、当てられた。


「……痛いなぁ、石を投げるこたぁないだろう」


 石を投げた本人の方を向く。


「ボクはこの通りまだ死んでないよ。まったく、そもそも加減しろって言ったのはそっちじゃあないか」


 それは先ほど倒したはずの青龍偃月刀の女。

 傷をおさえながらも、普段通りに歩いて見せる。


「すまないね、マクベスはほら、こき使われるの嫌いだから。代わりに君にやってもらったんだ。リョドー・アナコンデルがどういう人物か。作品に活かしたいからね」


「戦う以上、傷付くことは想定内だ。でもね、ボクを捨て駒みたく扱ったのは許せないよ?」


 刃をアフターの喉元に突きつける。

 その瞳には妖艶さも可憐さもない。

 純粋且つ静かな怒りだ。

 だが、アフターは意にも介さず、刃を人差し指でどける。


「……埋め合わせはしよう。それよりも、君。もう1度彼を追ってくれ」


「えぇー! もういいんじゃないか!? それに、ボクはこんな傷だよ。ここはジェーン(・・・・)1人で十分じゃあないのかい」


「魔人がなぁにを言っとるんだ。今度は君達2人でリョドーに挑んでみたまえ。私は、用事がある。では、しっかり仕事頼んだよ?」

 

 一陣の風と共に姿を消したアフター。

 それをふくれっ面で見送る、青龍偃月刀の女。


「まったく、我が主様は我儘だね」

 

 軽く目を閉じ深呼吸。

 体の内側に気を溜め、心身ともに安定させる。

 カッと眼を見開くや否や、腹から声を出す。


「――――十三妹シイサンメイ、参る」


 韋駄天の如く駆け抜け、リョドーを追う女。

 名を十三妹。

 そして、もう1つの目的のために魔人を操る男、アフター。

 地上では朝日が昇る。

 されど地下の闇は、更に濃くなっていった。

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