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無限幻想 -灰と忘却のパヴァーヌ-  作者: 支倉文度
第一章 
3/32

#2 救世の英雄 その②


『何ッ!? グラビスがいない!?』


『あぁ、朝早くに目が覚めたらグラビスの部屋のドアが開いてて……。くそ、昨日から様子がおかしいと思ったが……僕のせいだ、僕は父親失格だ』


『落ち着け、まだそう遠くには行っていないハズだ。手分けして探そう』


 早朝、グラビスが姿を消したとのことだった。

 部屋の机には置手紙があり、こう書かれていた。


 ――おかあさんをむかえにいってきます、すぐにもどります

                     グラビスより


 手紙を見た直後、リョドーは昨日の会話を思い出す。

 グラビスは自分で、母親を探そうとしている。

 頼れる大人がいない今、自分の力で何とかするしかない、と。


『グラビス! どこだぁ!』

 

 仲間や村の者総出で、大捜索を開始された。

 リョドーは、村の外の原っぱで必死に彼女の名を叫ぶ。


 ――――あの娘は特別だ。

 最後の旅が始まる数年前、カナンが村の男と愛を育み、これからの時代にと残した娘。

 父母両方の愛情を一身に受け、すくすくと育った未来への希望。

 両親にとっても同様に、このリョドーにとってもグラビスは特別な存在なのだ。


 もしも、そんなグラビスがどこかで死んでいたら、と考えると口から心臓が吐き出そうな気分に陥った。

 どうしようもなかったとはいえ、グラビスを追い込んだ原因は確実に自分だ。


『くそ……考えろ、考えるんだ。グラビスの行きそうなところ……カナンを探すと言っていた。となれば、どこだ? 思い出の場所? だとすれば、彼女にとって最も思い入れが深い場所だ』


 考察を続ける中である場所を思いついたと同時に、顔から一気に血の気が引いていく。

 最悪の未来を想像した。

 血塗れになって倒れ死ぬグラビスの姿を。


『最後に俺達とカナンがグラビスと別れた場所……、この村からそう遠くないところにある"魔の森"。その入り口。……もしも、グラビスが1人でそこへ行ったとしたら?』


 考えるよりも先に体が動いた。

 魔の森は文字通り安全な地区ではない。

 そんな中まだ幼い子供が1人で入ったとして、生きて帰れる保証は全くない。

 そう考えると余計に落ち着いてはいられない。

 

(間に合ってくれ!!)




 一方、魔の森ではトコトコとグラビスが仄暗い道を、歩み進んでいた。

 ビクビクとおびえながら母から貰ったぬいぐるみをしっかり抱きしめ、飴やビスケットなどを目一杯詰め込んだ小さなリュックを背負っている。


『あえるもん……この森をぬけたら、お母さんにあえるもん』


 森の暗さと悍ましさに怯え、泣きじゃくりながらも1歩1歩を踏みしめていく。


『お母さん、きっとお腹すかせてる。お菓子いっぱい持ってきたから……きっと喜んでくれる』


 そう自分に言い聞かせながらも、ポロポロと涙を零していく。

 早く会いたいという想いが、歩調を加速させた。

 だがそれとは裏腹に、現実はグラビスを恐怖へと蝕んでいく。


(あれ? ここ、さっきも通った道……?)


 鬱蒼とした森の気配が、徐々に濃くなっていく。

 飛び交う烏、騒めく木々、それらはグラビスを独りぼっちだと嘲笑うかのように、グラビスの心を闇で覆いつくしていく。

 グラビスの表情は段々強張っていき、涙がポロポロと雪崩れていく。


『……お母さんどこ? お母さん、お母さん、助けて、お母さん……ッ!』


 もう、歩くことさえできなかった。

 愛する母親を思えば思うほど、涙を抑えきれない。

 そんな彼女に、更なる不運が襲う。


 グロテスクな風貌の魔物の群れ。

 人間グラビスの臭いを嗅ぎつけ、やってきたのだ。


『やだ……、やだぁ……ッ!』


 足がすくんで動けない。

 ゆっくりと近づいてくる魔物共は、牙をむき出しにしてグラビスに近づく。


『助けて……いやだよう、死にたくないよう……お母さん……おかあさぁああん!!』


 我先にと、魔物達が襲い来る。

 死を直感し、愛する母親や父親の顔が脳裏に浮かぶ。

 すべてが終わった、そう確信したそのとき。




『――――――グラビス、伏せてろッ!』


 火薬と鉄の弾ける音が響くと同時に、いくつかの魔物達が血と肉を地面にぶちまける。

 からんと薬莢が落ちると同時にグラビスの表情から恐怖が消えた。


『おじ……さん……?』


 リョドーが、対魔導兵器用散弾銃ショットガンを携え迎えに来たのだ。

 その後は、一方的な掃滅戦が繰り広げられた。

 素早いポンプアクションから放たれる連弾は、次々に魔物を掃滅していく。

 弾丸の餌食になっていく仲間の惨状に恐れを抱いたのか、茂みの中奥深くへと逃げ去っていった。


『グラビス、怪我はないか!?』


『おじさん……ぐず、うえぇぇえ……』


 グラビスに駆け寄り、片膝立ちとなって無事を安堵するリョドー。

 あと1歩でも遅ければ、と思うと肝が冷える。


『グラビス……どうして森に1人で入った。あと少しでお前は……』


『だって……お母さんにあいたかったんだもん。お母さん、きっとお腹もすかせてると思ったから……』


 そう言って、リュックの中身を見せる。

 たくさん詰め込まれたお菓子に、リョドーは絶句したと同時に、とてつもない罪悪感が心を締め付けた。

 自分は世界を救った、だが1人の少女を不幸にした、と。


『…………カナンはな、お前のお母さんはな、世界を救ったんだ。自分の命と引き換えに……グラビスやお父さんが生きる世界を……お前のお母さんは身を挺して守ったんだッ』


 むごい、あまりにも惨い。

 グラビスを前に、リョドーの瞳から止め処なく涙が零れ落ちていく。

 自分が殺したとは一切告げずに、カナンの死を美化させただけに過ぎない、――――ただの脚色だった。

 そんな自分に腹がった、そんな自分が恨めしかった、そんな自分が悔しかった。


『お母さん、もう、いないの? お母さん、死んじゃったの? もう……あえないの?』


 大粒の涙を零すグラビス。

 ぬいぐるみをぎゅっと抱きしめ、大泣きし始めた。

 そんな姿を見れば、尚更言えなかった。

 母親カナンは滅びの女神と化し世界を滅ぼしかけたのだ、と。

 そして、それを食い止めるためとはいえ、カナンを殺めてしまったのだ、と。 


『帰ろうグラビス。みんな心配してる』


 大泣きするグラビスをおぶり、森から抜け出せる道を歩んでいくリョドー。


(グラビス……俺が必ず、お前を守り抜いてみせる。必ずッ!)

 



 ――――――これは、現在でも鮮明に残っている"記憶"だ。


 


 

 


 


(……あれから、もうそんなに経つのか)


「……ちょっとおじさん、聞いてるの?」


 ぼんやりしていた。

 何故、今こんなことを思い返していたのかよくわからない。

 グラビスが来たからだろうか、それとも自身のクビが確定しそうになったからだろうか。

 

「え? あぁ聞いてるよ大丈夫だ。……しっかしまぁ、本当に熱心だな。いやはや、感心だ」


「うん! 私、お母さんやおじさんみたいな"英雄"になりたいもん!」


 ――真実は、いつか必ず自分が話す。

 かつて自分自身で、立てた誓いだ。

 だが、決心とは月日が重なるにつれ鈍っていくもの。

 言ったらどうなるだろうか、言った後、彼女とどう向き合えばいいのか。

 あの日から彼女を守ると決めた、どんなことがあっても。

 だがそれ故に、真実を話すのが怖い。

 そうしていくうちに、10年以上の歳月が流れてしまった。

 自分が自分で情けない。


「………そろそろ、帰りなさい。明日も早起きして1人教室で勉強するんだろう?」


「あー! そうやってすぐに帰らそうとするー。ふーん! 後でおしゃべりしたくなっても知らないよーだ!」


 少し伸びた顎鬚を撫でながら、走っていく彼女を見送る。

 夕日に反射する、ウェーブのかかったキメ細やかな緑の髪。

 17歳にしては、実り豊かな身体つきで、性格は天真爛漫そのもの。

 顔に至っては、母親の若い頃の面影が、しっかりと映し出されていた。

 言うなれば、美少女を体現した存在であり、男子からの人気は非常に良い。


「心配だ……いつか悪い虫にでも捕まらなければいいが……まぁいい仕事だ。中庭から先にやるか」


 重い腰を上げ、用具を取りに物置へと行き、ほうきやゴミ袋などを手に取る

 サボりたいという気持ちを抑えつつ、中庭へと向かった。

 この時、水分補給として酒を持っていくことは忘れない。

 無論、水分補給とはいえアルコール類を持ち歩くなど言語道断ではあるが。




 ――中庭

 魔術師の集う学園と言っても、特別なものはない。

 魔力によって色が変わる噴水があるわけでもなければ、幻想的な風景が広がっているわけでもない。

 どこにでもありそうな、ただの小奇麗な中庭である。

 ゴミがなければ。


「……ったく、どいつもこいつもヒョイヒョイ捨てやがって。放課後に拾い歩く俺の身にもなれってんだ。まぁいい、始めるか!」


 面倒くさそうな態度を取りながらも、せっせと手を動かす。

 リョドーは、この中庭だけは手を抜かぬようにしていた。

 この何でもない風景が好きだからだ。

 簡素な造りのこの場所は、不思議と心が落ち着く。

 放課後、綺麗にした後の中庭を眺めながら飲む酒が最高にうまいのだ。

 

 因みに他の所は、四角な座敷を丸く掃くといった有り様。

 


 

 ――――ポイ、……カサカサ。


 ふと、音が聞こえた方を向く。

 中庭の木に寄り掛かっている生徒が、お構いなしに菓子の袋を捨てているのが見えた。


(あンのガキ……)


「おうおうコラコラ、中庭にゴミを捨てるんじゃあない」


 折角綺麗になってきている中庭を穢されてたまるかと、ゆっくりと生徒に近づく。

 だが、その長身の不良の様な風貌の生徒はこちらに見向きもしない。


「おい聞いているのか? ポイ捨てしたゴミを、今すぐ拾うんだ。今すぐにだ」


 この忠告の数秒後、ため息が漏れるほどの後悔が脳内を埋め尽くす。

 学園生活において生徒教員問わず、必ず1人は存在する"苦手な人間"。


「――――さすがは"元英雄様"、雑用勤務でも言葉の重みは他の奴等とは遥かに違うじゃあないか?」


 ジロリと黒い瞳が、リョド―を射抜き嫌味の聞いたネットリ口調をきかせてくる。


「君か……。」


「俺では御不満かな?元英雄殿。――――この、腰抜け野郎め」


 名殻出雄(ながらいでお) 17歳


 東の海、独自の文化を持つ小さな島国"倭ノ本"出身の魔術師。

 グラビスと同じクラスで、自己顕示欲の人一倍強い人間だ。

 彼は英雄と言う存在を毛嫌いしており、元英雄であるリョドーに対しても、なにかと因縁をつけてくる。

 

「世界を何度も救っただの、歴代最強の英雄だのと言われているが……、平穏の中では惨めなものだなぁ?」


 前線から身を引き、こうして働いている自分を出会い頭になじってくる。

 これはもう日常と化していた。


「お前さんのそれは聞き飽きたよ。掃除の邪魔だ」


「……ふん、今のアンタなら、5分もありゃ十分だ」


 一瞬、出雄の瞳が爬虫類の様に収縮したかのように見えた。


(……"龍祖の血を求めた旅"。噂は本当だったのか。……ここから遥か北東に存在する、"龍光桃山りゅうこうとうざん"。この世に存在するすべての竜種が集う秘境。人間が赴いていい場所じゃあないはずだが……)


「どうした? 怖じ気づいたか? ――この腑抜けめ、フン、元英雄も大したことないな」


 チッとつまらなそうな顔で舌打ちし、グシャリと菓子の袋を踏みつけ歩いていった。

 その菓子の袋をつまみ上げ、ゴミ袋の中へと入れる。


「デカい態度とりやがって……なぁにが5分で十分、だ」


 出雄はここへ来た当初は、戦闘能力も成績も平凡だった。

 その時からリョドーに対しての威圧は始まっていたが、その旅の噂を耳にするようになってからというもの、更に大きな顔をするようになった。

 

「……ハァ、気が滅入る。さっさと終わらせよう。ここだけでもしっかりやっとかないとな」


 名殻出雄に出会ったからか、それともただの気分か、今日は作業後の酒は飲まなかった。

  

「よし、帰るか。飯なに食おうかな……」


 荷物をまとめて自宅に帰る頃、またあの寂れたチャイムが、3度鳴り響いた。



 


 

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