#23 Go to Hell!!!!
ジャンヌの悲痛に満ちた叫び声が響き渡る。
ガタガタと空間内の岩壁や建物が、不気味に軋み始めた。
出雄は咄嗟にソフィーティアンヌを脇に抱え、駆け抜けていく。
『おいおいどうしたこのクソ野郎。あのドラゴン召喚でアイツをやっつけないのか?』
「うるさい! お前のせいでそれどころじゃあなくなったんだ! お前も出口を探せッ!」
(大体お前のせいじゃねぇか……)
曲がり角を右へ、左へ。
だが、叫び声と地鳴りは貴様を逃がすまいと強くなっていく。
このままでは埒が明かない。
ジャンヌからは遠ざかってはいるものの、出口らしいものは見つからなかった。
完全な迷宮だ。
ソフィーティアンヌも、どうやら出口へのルートを知らないらしい。
「くそ、ジャンヌのほうから妙な力が膨張していっているのを感じる……、嫌な予感しかしない」
『おいおいおいおい、私まで巻き添え喰らうとかごめんだぞ!?』
「黙れぇい! そもそもお前があの場所に居なきゃこんなことには……!」
『ハァ!? テメェ私がいなかったらどうするつもりだったんだよぉ! やましいことしようとしてたんだろぉお!!?』
「違ぁぁああう!! それは誤解だといっているだろう!」
言い争いをしながら走る。
地鳴りと叫び声が響く中、そしてこの2人以外の音がゆっくりと近づいてくるのに気づいた。
駆け足をやめる出雄は、その方向を睨み見る。
ジャンヌではない。
むしろジャンヌとは正反対に落ち着いていて、ゆったりとした足取りであると感じた。
「今度はなんだ……新手か!」
薄暗闇の中からポワン、と光の玉がやってくる。
その正体はカンテラの灯火だ。
身の丈ほどの杖を持った女性が、先端にカンテラを取り付け、ゆったりと歩いてきた。
腰まで伸びる金色の髪、楚々とした雰囲気と真っ白なドレスに身を包んだ若い女性だ。
純白に包まれた豊かな胸と艶美な曲線に、露出している部分から見える陶器のような肌は、カンテラに照らされより美しく出雄の瞳に映った。
「……だ、誰だ」
無言の微笑みを浮かべる女性の麗しさに一瞬心を動かされたが、すぐに持ち直し警戒の色を見せる。
「……こちらです、どうぞついてきてください」
女性の澄んだ声が、心地よく出雄の耳に入る。
その声だけで出雄の本能がこう告げた。
この女は敵ではない、と。
「あ、あぁ」
無論、理性ではなんらかの罠の可能性を考えた。
しかし、今はなんの手立てもない状態。
鬼が出るか蛇が出るか……。
女性はクルリと踵を返し歩き始めた。
「……決してはぐれぬよう。今のあの娘の精神は酷く不安定です。この街を丸ごと吞み込むつもりでしょう」
「ま、待て! 貴様は何者だ? 吞み込むとはいったい……ッ!」
「ふふふ、混乱は無理なきこと。ですが、今は説明を省きます。ご安心を、もうすぐです」
次の曲がり角を左へ。
するとその先には見覚えのある通路が見えた。
「出口……ッ、まさか……本当に……」
『おい、どーでもいいがいい加減離せやこの暴漢』
「き、貴様まだそれをッ!!」
「……ふふふ」
ようやく出口を抜けると地鳴りが小さくなっていくのを感じた。
安堵しソフィーティアンヌを放り投げた次の瞬間。
硬いものを無理矢理押しつぶそうとする音が聞こえた。
しばらくしてから耳をつんざくような破裂音が響き渡る。
「……な、なんだ。何が起こった!?」
「ジャンヌが街を破壊したのです……魔人としての力、とでもいうべきなのでしょうか」
「魔人……?」
「そう。彼等は元々は人間で、この世界に来てからは魔人として……この地下神殿に潜んでいます。来たるべき日を待ちながら、ね」
杖をそっと抱きしめるように握りながら、女性は悲しげな笑みを浮かべる。
それは慈愛と憐みに満ちた、今にも涙する表情そのものだった。
「……一刻も早くこの地下神殿を去りなさい。ここは、今を生きる者が来て良い場所ではありません」
「待て、質問に答えろッ! 貴様は何者だ? 魔人とはなんなんだ! ……来たるべき日、とは何のことを言っている!」
女性は少し俯いたまま口を開かない。
無理矢理捻じ伏せてでも聞きたかったが、彼女には助けてもらった恩義がある。
それを踏みにじるほど出雄は落ちぶれてはいない。
(ソフィーティアンヌは性格上教える気はなさそうだ。だが、この女はそうではない。どちらかといえば、教えたくとも教えられない……まるで口止めでもされているかのような……)
ジロジロと女性を睨みつける出雄。
だがそれに臆すどころかにこやかに微笑み返す女性。
思わず赤面し背を向け咳払いを1つ。
「ふん、貴様の思惑がなんであるかはわからんが……とりあえず、出口まで案内してくれたことは感謝はする。だが、ここを去るわけにはいかん。俺のほかにバカが4人もいるのでな。ほっといてもいいのだが、それでは俺の管理能力を疑われる。よって……俺は今からバカ共を探す。邪魔はさせんぞ?」
出雄の発言に女性は一瞬目を丸くする。
そして、うれしそうに頬を緩ませ無邪気な笑顔を浮かべた。
「……アナタに、主の御加護があらんことを」
胸の前で指で十字を切る。
その仕草に出雄は小首を傾げたが、自分を応援してくれているとわかると、満更でもない気分になった。
「行くぞソフィーティアンヌ。お前の案内が必要だ」
『ハァ? なぁんでお前の案内なんか……っておいコラ! 置いていくんじゃねぇえ!』
足早にその場から去っていく2人を見送り、女性は先ほどの街並みへと足を運ばせていく。
だが薄暗闇の先に広がるものは見るも無残な瓦礫の山。
入り組んだ通路も、立ち並ぶ小さな店たちも、民家であろう連なった家々はみな、ジャンヌの怒りと共に消えていた。
「……どうして、こんな」
この空間の中心には膨大な力が集結し、破裂したであろう巨大な痕跡が残されていた。
ジャンヌの姿はない。
あの女騎士が死んだとは思えない。
きっとどこかにで息をひそめている。
女性はそんなことを考えながら空間の中心で跪き、あふれ出る涙と共に祈りの言葉を吐露していた。
場所は変わり、第1層にて。
どこまで歩いても変わらない通路の中で、リョドーは壁に寄り掛かりへたり込んでいた。
「くそ……どこまで行っても鬱陶しい岩と壁画の通路だ。この地下神殿を作った奴は、相当人をイライラさせるのが大好きな捻くれモンらしいな」
葉巻を一服。
紫煙の中にグラビスの顔が浮かんだ気がした。
それも、幼いころの、母を失った時の表情で。
「……グラビス、今どこにいるんだ? お願いだ、生きていてくれ。もうお前だけが、……俺の唯一の存在理由なんだ」
いつになく寂しげに呟き、俯くリョドー。
葉巻の火が赤く揺らめく。
なんとしてでも仲間を見つけ出すという意志を、再熱させた。
そして、顔を上げたその時。
"女の顔が2つ"、宙に浮くようにうっとりとした表情でリョドーを見下ろしていた。
「ほわぁああああああ!!!?」
絶叫と共に銀銃を引き抜き撃とうとする。
「あぁ待っとくれよ。私だよ、ムィールだよ」
宙に浮く顔の1つがクツクツと笑む。
「ひどいわねリョドー。2度も怖がるなんて……」
もう1つの顔が悲しげな笑みを見せる。
冷静に見てみると、これはまたしてもやられた。
旧校舎の時と同じ手口でムィールフィーユ姉妹に驚かされてしまったのだ。
姿隠しの魔術をすぐさま解く2人を見ながら、深いため息を1つした後、当たり前のことを聞いてみる。
「……なんでお前等がここにいるんだ?」
「なんでって……。リョドー、どうしてそんなおかしなことを聞くのさ? なぁフィーユ?」
「そうねムィール。それはあまりにもおかしな質問よリョドー」
双子は目を丸くしリョドーを心配そうに見ている。
リョドーがこの会話に、明らかな違和感を感じたのは言うまでもない。
「リョドーの臭いをたどってここまで来たに決まってるだろう? なぁフィーユ?」
「えぇムィール。大事な仲間がアバズレ共に連れ去られて、それを助けに行くのは当然のことじゃない。その為にアナタの臭いをもとにここまで来た。……私達何かおかしなこと言ってる?」
またしてもすり寄ってくる双子。
苦虫を噛み潰したような表情を浮かべながらも、疑問はなるべく浮かべない様にしたリョドー。
「あぁわかった。まぁとにかく手段や理由はどうであれ、俺達を助けに来てくれたんだな?」
「あぁ、リョドーを助けにね」
「えぇ、リョドーを助けに」
2人の瞳がリョドーに絡みついて離れない。
というよりも、これはリョドー以外の物すべてがまるで見えていないと言ってもいい。
この2人の目的はたったの1つ。
リョドーを助けること、あとはどうなってもいい。
そういうことだろう。
「待て、まだグラビスや沙耶達も見つかっていないんだ! 皆を見捨てることは出来ない」
「優しいのねリョドー。昔からそうだったわ。でもね、あんなアバズレ共を助ける必要なんてないのよ?」
「そうさリョドー。リョドーに迷惑かけるようなアバズレなんてほっとけばいいさ。」
突如として2人の両腕がリョドーの体を掴む。
そして、尋常ではない力で自分達よりも大きな体躯を誇るリョドーをグイグイと引っ張る。
「待て! 待てッたら! 俺はあいつらを絶対に見捨てない!! 必ず全員助け出すんだ! あと因みにだが出雄もいるんだぞ? あいつは男だアバズレじゃない!」
「どうでもいいわよそんな奴、なぁフィーユ?」
「そうねムィール。きっとどっかでもうくたばってるわ、あんな不良のガキ」
説得は不可能、彼女達にはリョドーしか見えていない。
これではなにを言っても無駄だろう。
だが、諦めるわけにはいかなかった。
そこでリョドーがとった行動は……。
「ムィール! フィーユ!」
そう叫んだ瞬間、一瞬2人の力が緩んだ。
その気を見計らい、なんとその大きな腕で2人を抱き寄せたのだ。
「え!? リ、リョドー!?」
「は、はぅうう!?」
突然の出来事で素っ頓狂な声を上げ、顔を紅潮させる姉妹を抱きしめながら耳元でささやく。
「……頼む、もう誰も犠牲を出したくないんだ。……皆を助けたい、力を貸してくれ」
2人は黙ったままリョドーに抱きしめられている。
不安の中、抱きしめる手を緩め2人から少し離れてみると。
「う……うん」
「……はい」
うっとりとした瞳でリョドーを見つめながら犬のように大人しくなる。
リョドーは安堵と共に深い溜息をもらした。
性格はともかく、この2人の実力なら信頼できる。
「よし、じゃあ行こう。昔みたいに……」
「あ、あぁ! わかった! 私達をいっぱい頼ってよ!」
「うふふふふ、うふふ、うふふふふふふふ」
どこか様子のおかしい2人に小首を傾げながらも先頭を歩くリョドー。
新たな仲間を従え、今、前へと突き進む。




