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無限幻想 -灰と忘却のパヴァーヌ-  作者: 支倉文度
第三章
27/32

#23 Go to Hell!!!!

 ジャンヌの悲痛に満ちた叫び声が響き渡る。

 ガタガタと空間内の岩壁や建物が、不気味に軋み始めた。

 出雄は咄嗟にソフィーティアンヌを脇に抱え、駆け抜けていく。



『おいおいどうしたこのクソ野郎。あのドラゴン召喚でアイツをやっつけないのか?』


「うるさい! お前のせいでそれどころじゃあなくなったんだ! お前も出口を探せッ!」


(大体お前のせいじゃねぇか……)


 曲がり角を右へ、左へ。

 だが、叫び声と地鳴りは貴様を逃がすまいと強くなっていく。

 このままでは埒が明かない。

 ジャンヌからは遠ざかってはいるものの、出口らしいものは見つからなかった。

 完全な迷宮だ。

 ソフィーティアンヌも、どうやら出口へのルートを知らないらしい。


「くそ、ジャンヌのほうから妙な力が膨張していっているのを感じる……、嫌な予感しかしない」


『おいおいおいおい、私まで巻き添え喰らうとかごめんだぞ!?』


「黙れぇい! そもそもお前があの場所に居なきゃこんなことには……!」


『ハァ!? テメェ私がいなかったらどうするつもりだったんだよぉ! やましいことしようとしてたんだろぉお!!?』


「違ぁぁああう!! それは誤解だといっているだろう!」


 言い争いをしながら走る。

 地鳴りと叫び声が響く中、そしてこの2人以外の音がゆっくりと近づいてくるのに気づいた。

 駆け足をやめる出雄は、その方向を睨み見る。

 ジャンヌではない。

 むしろジャンヌとは正反対に落ち着いていて、ゆったりとした足取りであると感じた。


「今度はなんだ……新手か!」

 

 薄暗闇の中からポワン、と光の玉がやってくる。

 その正体はカンテラの灯火だ。

 身の丈ほどの杖を持った女性が、先端にカンテラを取り付け、ゆったりと歩いてきた。


 腰まで伸びる金色の髪、楚々とした雰囲気と真っ白なドレスに身を包んだ若い女性だ。

 純白に包まれた豊かな胸と艶美な曲線に、露出している部分から見える陶器のような肌は、カンテラに照らされより美しく出雄の瞳に映った。


「……だ、誰だ」


 無言の微笑みを浮かべる女性の麗しさに一瞬心を動かされたが、すぐに持ち直し警戒の色を見せる。


「……こちらです、どうぞついてきてください」


 女性の澄んだ声が、心地よく出雄の耳に入る。

 その声だけで出雄の本能がこう告げた。

 この女は敵ではない、と。


「あ、あぁ」


 無論、理性ではなんらかの罠の可能性を考えた。

 しかし、今はなんの手立てもない状態。

 鬼が出るか蛇が出るか……。

 女性はクルリと踵を返し歩き始めた。


「……決してはぐれぬよう。今のあのの精神は酷く不安定です。この街を丸ごと吞み込むつもりでしょう」


「ま、待て! 貴様は何者だ? 吞み込むとはいったい……ッ!」


「ふふふ、混乱は無理なきこと。ですが、今は説明を省きます。ご安心を、もうすぐです」


 次の曲がり角を左へ。

 するとその先には見覚えのある通路が見えた。

 

「出口……ッ、まさか……本当に……」


『おい、どーでもいいがいい加減離せやこの暴漢』


「き、貴様まだそれをッ!!」


「……ふふふ」


 ようやく出口を抜けると地鳴りが小さくなっていくのを感じた。

 安堵しソフィーティアンヌを放り投げた次の瞬間。

 硬いものを無理矢理押しつぶそうとする音が聞こえた。

 しばらくしてから耳をつんざくような破裂音が響き渡る。


「……な、なんだ。何が起こった!?」


「ジャンヌが街を破壊したのです……魔人としての力、とでもいうべきなのでしょうか」


「魔人……?」


「そう。彼等は元々は人間で、この世界に来てからは魔人として……この地下神殿に潜んでいます。来たるべき日を待ちながら、ね」


 杖をそっと抱きしめるように握りながら、女性は悲しげな笑みを浮かべる。

 それは慈愛と憐みに満ちた、今にも涙する表情そのものだった。


「……一刻も早くこの地下神殿を去りなさい。ここは、今を生きる者が来て良い場所ではありません」


「待て、質問に答えろッ! 貴様は何者だ? 魔人とはなんなんだ! ……来たるべき日、とは何のことを言っている!」


 女性は少し俯いたまま口を開かない。

 無理矢理捻じ伏せてでも聞きたかったが、彼女には助けてもらった恩義がある。

 それを踏みにじるほど出雄は落ちぶれてはいない。

 

(ソフィーティアンヌは性格上教える気はなさそうだ。だが、この女はそうではない。どちらかといえば、教えたくとも教えられない……まるで口止めでもされているかのような……)


 ジロジロと女性を睨みつける出雄。

 だがそれに臆すどころかにこやかに微笑み返す女性。

 思わず赤面し背を向け咳払いを1つ。


「ふん、貴様の思惑がなんであるかはわからんが……とりあえず、出口まで案内してくれたことは感謝はする。だが、ここを去るわけにはいかん。俺のほかにバカが4人もいるのでな。ほっといてもいいのだが、それでは俺の管理能力を疑われる。よって……俺は今からバカ共を探す。邪魔はさせんぞ?」


 出雄の発言に女性は一瞬目を丸くする。

 そして、うれしそうに頬を緩ませ無邪気な笑顔を浮かべた。


「……アナタに、主の御加護があらんことを」


 胸の前で指で十字を切る。

 その仕草に出雄は小首を傾げたが、自分を応援してくれているとわかると、満更でもない気分になった。


「行くぞソフィーティアンヌ。お前の案内が必要だ」


『ハァ? なぁんでお前の案内なんか……っておいコラ! 置いていくんじゃねぇえ!』


 足早にその場から去っていく2人を見送り、女性は先ほどの街並みへと足を運ばせていく。

 だが薄暗闇の先に広がるものは見るも無残な瓦礫の山。

 入り組んだ通路も、立ち並ぶ小さな店たちも、民家であろう連なった家々はみな、ジャンヌの怒りと共に消えていた。


「……どうして、こんな」

 

 この空間の中心には膨大な力が集結し、破裂したであろう巨大な痕跡が残されていた。

 ジャンヌの姿はない。

 あの女騎士が死んだとは思えない。

 きっとどこかにで息をひそめている。

 女性はそんなことを考えながら空間の中心で跪き、あふれ出る涙と共に祈りの言葉を吐露していた。



 

 



 場所は変わり、第1層にて。

 どこまで歩いても変わらない通路の中で、リョドーは壁に寄り掛かりへたり込んでいた。

 

「くそ……どこまで行っても鬱陶しい岩と壁画の通路だ。この地下神殿を作った奴は、相当人をイライラさせるのが大好きな捻くれモンらしいな」


 葉巻を一服。

 紫煙の中にグラビスの顔が浮かんだ気がした。

 それも、幼いころの、母を失った時の表情で。


「……グラビス、今どこにいるんだ? お願いだ、生きていてくれ。もうお前だけが、……俺の唯一の存在理由なんだ」


 いつになく寂しげに呟き、俯くリョドー。

 葉巻の火が赤く揺らめく。

 なんとしてでも仲間を見つけ出すという意志を、再熱させた。

 そして、顔を上げたその時。


 "女の顔が2つ"、宙に浮くようにうっとりとした表情でリョドーを見下ろしていた。


「ほわぁああああああ!!!?」


 絶叫と共に銀銃を引き抜き撃とうとする。


「あぁ待っとくれよ。私だよ、ムィールだよ」


 宙に浮く顔の1つがクツクツと笑む。


「ひどいわねリョドー。2度も怖がるなんて……」


 もう1つの顔が悲しげな笑みを見せる。


 冷静に見てみると、これはまたしてもやられた。

 旧校舎の時と同じ手口でムィールフィーユ姉妹に驚かされてしまったのだ。

 姿隠しの魔術をすぐさま解く2人を見ながら、深いため息を1つした後、当たり前のことを聞いてみる。


「……なんでお前等がここにいるんだ?」


「なんでって……。リョドー、どうしてそんなおかしなことを聞くのさ? なぁフィーユ?」


「そうねムィール。それはあまりにもおかしな質問よリョドー」


 双子は目を丸くしリョドーを心配そうに見ている。

 リョドーがこの会話に、明らかな違和感を感じたのは言うまでもない。

 

「リョドーの臭いをたどってここまで来たに決まってるだろう? なぁフィーユ?」


「えぇムィール。大事な仲間がアバズレ共に連れ去られて、それを助けに行くのは当然のことじゃない。その為にアナタの臭いをもとにここまで来た。……私達何かおかしなこと言ってる?」


 またしてもすり寄ってくる双子。

 苦虫を噛み潰したような表情を浮かべながらも、疑問はなるべく浮かべない様にしたリョドー。


「あぁわかった。まぁとにかく手段や理由はどうであれ、俺達(・・)を助けに来てくれたんだな?」


「あぁ、リョドーを助けにね(・・・・・・・・・)


「えぇ、リョドーを助けに(・・・・・・・・)


 2人の瞳がリョドーに絡みついて離れない。

 というよりも、これはリョドー以外の物すべてがまるで見えていないと言ってもいい。

 この2人の目的はたったの1つ。

 リョドーを助けること、あとはどうなってもいい。

 そういうことだろう。


「待て、まだグラビスや沙耶達も見つかっていないんだ! 皆を見捨てることは出来ない」


「優しいのねリョドー。昔からそうだったわ。でもね、あんなアバズレ共を助ける必要なんてないのよ?」


「そうさリョドー。リョドーに迷惑かけるようなアバズレなんてほっとけばいいさ。」


 突如として2人の両腕がリョドーの体を掴む。

 そして、尋常ではない力で自分達よりも大きな体躯を誇るリョドーをグイグイと引っ張る。


「待て! 待てッたら! 俺はあいつらを絶対に見捨てない!! 必ず全員助け出すんだ! あと因みにだが出雄もいるんだぞ? あいつは男だアバズレじゃない!」


「どうでもいいわよそんな奴、なぁフィーユ?」


「そうねムィール。きっとどっかでもうくたばってるわ、あんな不良のガキ」


 説得は不可能、彼女達にはリョドーしか見えていない。

 これではなにを言っても無駄だろう。

 だが、諦めるわけにはいかなかった。

 そこでリョドーがとった行動は……。


「ムィール! フィーユ!」


 そう叫んだ瞬間、一瞬2人の力が緩んだ。

 その気を見計らい、なんとその大きな腕で2人を抱き寄せたのだ。


「え!? リ、リョドー!?」


「は、はぅうう!?」


 突然の出来事で素っ頓狂な声を上げ、顔を紅潮させる姉妹を抱きしめながら耳元でささやく。


「……頼む、もう誰も犠牲を出したくないんだ。……皆を助けたい、力を貸してくれ」


 2人は黙ったままリョドーに抱きしめられている。

 不安の中、抱きしめる手を緩め2人から少し離れてみると。


「う……うん」


「……はい」


 うっとりとした瞳でリョドーを見つめながら犬のように大人しくなる。

 リョドーは安堵と共に深い溜息をもらした。

 性格はともかく、この2人の実力なら信頼できる。


「よし、じゃあ行こう。昔みたいに……」


「あ、あぁ! わかった! 私達をいっぱい頼ってよ!」


「うふふふふ、うふふ、うふふふふふふふ」


 どこか様子のおかしい2人に小首を傾げながらも先頭を歩くリョドー。

 新たな仲間を従え、今、前へと突き進む。




 




 


 

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