#22 聖女の誓い
真夜中の旧校舎。
そこに眠るはサンシュルピス・モンテ・クリスチオ地下神殿。
中ではリョドー達5人と、謎の敵集団との戦いの火ぶたが切られている最中だ。
一方、名殻出雄とジャンヌ・ダルクの激戦が始まろうとしている際、地上でも大きな動きがあった。
王立ファルトゥハイム魔術学園、学園長室。
「……とうとう旧校舎の謎に向かったか」
グレーのスーツを着た小柄な老人が月明かりだけの部屋で1人窓辺に佇んでいた。
学園長だ。
クラシカルなデザインの杖をくっと握り、鬱蒼とした闇に包まれた旧校舎を睨む。
「あのリョドー・アナコンデルも一緒とは恐れ入った。救世の英雄が、あの地下神殿の真実にたどり着けるのか……実に見物だ」
窓辺からゆっくりとした動作で離れ、ソファーに腰掛ける。
タバコを取り出し一服しようとした矢先。
月明かりの届かぬ部屋の片隅、その闇の中から気配を感じた。
学園長は表情を崩さず、厳格な視線をその方向に向ける。
「……突然お邪魔してすまないね。伝えたいことがあるんだ」
「闇の中からおいでなさるとは随分と不粋な……"アナタ"なら、正面から堂々と入られたらよろしいのに」
闇の中からの声に朗らかに答える。
声の主は含み笑いをしながら、闇に人影を刻み姿を現す。
「健在のようで何よりだ学園長」
「そういうあなたも。……"ミスター・アフター"」
影の主の名を告げる。
それはリョドーとグラビスが道中で出会った魔術作家の名。
しかし、どういう訳か今彼は、学園長と話している。
「……随分と砂まみれですな、なにかありましたか?」
「あぁ、いや別に。ちょっと乱暴な砂嵐野郎に巻き込まれて、ね」
「ほほう、アナタでもそういうことがあるのですね」
「茶化すな。……本題に入ろう」
砂を払い落としながらアフターは向かい合う様に壁に寄り掛かり、タバコに火をつける。
学園長は深い溜息をしながら、ソファーに寄りかかった。
「今回は5名。中々面白そうな者達だ」
「……我が学園における、優秀な生徒達ですからな。もっとも、1人用務員がいますが」
「構わんさ、私にとって重要なのはその人物の危険性じゃあない。その人物が面白いか否かだ」
月の光で紫煙が照らされる中、一間の静寂が流れる。
古めかしい時計が、乾いた音色を響かせた。
「学園長、1つ頼みがある」
「なんでしょう?」
「この地下神殿のことを、王立騎士団に報告したまえ、今すぐに」
「……それは、まさかッ!?」
学園長の頬を汗が伝う。
絶望か歓喜か、それはわからない。
だが、彼は悟った。
"彼の目的が果たされようとしているのだ"、と。
「そう、時はきた。……だが、役者が5人だけでは心許ない。もっと増やすんだ、もっとあの神殿に人を送り込むのだ」
「それは……構いませぬが、よろしいのですか? ……きっと、世界は取り返しのつかないほどの悲鳴を、上げることになります……演劇の大喝采とは程遠い、ただの悲痛な断末魔です」
学園長の震え声に、クツクツ笑んで愉しむさまを見せる。
「ふふふ、世界は……人間はそこまで脆弱ではないよ。この私が言うんだ、間違いない」
アフターは化け狐のような笑みを浮かべ、紫煙をくゆらせる。
その様子を黙って見つめる学園長。
「かつての地球がそうだったように、惨劇の中でも人類は生きようとした。そのかわり、人類は人類を延々と責め続けた。そして滅んだ。……この星ではどうなるのか非常に気になるね」
「……アナタが依然話した、"今は亡き星"……のことですな? さぁこの惑星と地球とでは環境が違うようなので今一つ……」
「そうだろうね、こういうのは実際に検証してみなくちゃあわからない」
「……そうですか」
アフターはタバコを、力強く握りしめる。
ジュウっと音がなり、紫煙は途絶えた。
「――――今までごめんなさい、生むんじゃなかった」
「…………なに?」
「母なる星、地球の遺言だ」
言葉が終わると、アフターの姿は消えた。
部屋には学園長ただ1人となっていた。
ため息を漏らした後ふと目に映ったのは、棚に並ぶ五芒星の形をした置物がうっすらと月に照らされて光っている姿だった。
第6層。
魔鉱切断機構刃の金切り声とドラゴンたちの咆哮が入り乱れ、血と肉を周囲にぶちまいていた。
「殺すッ! 殺してやるぅ! 殺してやるぞドラゴン野郎ぉぉ!!」
「フゥーハハハ! 来るがいいジャンヌ・ダルク! 貴様を本日初の手柄にしてくれん!」
『これどっちが悪党だ?』
ソフィーティアンヌが街角の陰でこっそりと見守る中、2人の戦闘はさらに苛烈を極める。
処分される人形のようにバラバラにされていくドラゴンの屍。
それを越えながら、次から次へとくるドラゴンを片っ端から切り刻んでいくジャンヌ。
その表情に救国の乙女としての矜持はない。
ただ我武者羅に、死を貪る悪鬼が如き気迫で、名殻出雄に迫っていく。
「く、この女、やけに粘るな……。これ以上のドラゴンの導入は無駄だな。何より、とっておきの上位級の竜をリョドー以外に召喚するのはもったいない」
切り裂かれていくドラゴンの中に、黒衣をはためかせ舞い降りてくる。
その様を最後のドラゴンを切り裂いた後に、じっと見据えるジャンヌ。
ジャンヌ自身のダメージは激しく、息せき切っている状態であり、万全の出雄と戦うのは難しいであろう。
しかし、彼女な中にある、かつて祖国を救うために燃やしたもの。
即ち、"女の意地"が瞳の中でギラギラと煌いていた。
「ふん、この俺が自ら引導を渡してやる。俺には崇高な目的があるのでな。貴様にいつまでも時間を使うわけにはいかない」
「それはこっちのセリフよ……アンタをたたっ斬らなきゃ、とにかくたたっ斬らなきゃ……!」
ふと、ジャンヌの様子を見て出雄は疑問に思う。
興奮状態の彼女は戦意を滲ませると同時に、何かに焦っている。
言動から見てもわかるように、早くこの戦闘を終わらせなければ、という焦燥感が感じ取れた。
(なんだ? 奴は何を焦っている? まるで時間に追われる社畜のような面だ。ふん、まぁいい。早々にコイツを叩きのめし、そして思い知らせてやる……この俺の恐ろしさをな)
猫足立でやや姿勢を低くして、出雄は拳を構えた。
黒衣の中で鍛え上げた筋肉が、硬くなって軋んでいく。
拳法の心得もあり、龍祖を継ぐ者の力もある自分に敗北はない。
その確信は揺らがない。
「来ないのなら……こちらからいくぞぉ!」
ジャンヌはキェエッと叫び宙高く飛び上がる。
工具を上段から頭蓋へと勢いよく振り下ろした。
しかし、出雄は避けるどころか右腕で高速回転するエッジを防ごうと構えたのだ。
(この男……ッ!)
ジャンヌの攻撃と出雄の防御がぶつかり合う。
本来であればバッサリと腕は袖ごと綺麗に切り取られ、血しぶきを上げ地面に転がるであろうが、その光景は見られなかった。
「その程度かぁ〜〜? がっかりだなぁフハハハ」
エッジは高速回転を続けながら出雄の右腕に対し火花を散らし続ける。
その中で出雄はギラリと白い歯を見せながら笑っていた。
やぶれた袖の中から見える出雄の右腕には、”龍の鱗”がびっしりと張り巡らされていたのだ。
「ふふふ、そぉんなおもちゃで、この名殻出雄を斬ることが出来ると思っていたのかぁ? ん~?」
(くそ……なんなのよこの圧力はッ!)
一度距離を離そうとしたジャンヌは後方へと飛ぶ。
だが、それは誤りであった。
「シャッ!」
魔鉱切断機構刃が離れた瞬間を見計らい、一気に前へと詰めていく。
今の彼は龍祖を継ぐ者。
その身体能力は人間のおよぶ域をすでに超えている。
ジャンヌからしてみれば、着地する直前に瞬間移動かなにかで間合いを一気に詰められた、といった心境であろうか。
当然、反応しようにも反応しきれず……。
「オラァ!!」
出雄の強烈なボディーブローが鎧を粉々に砕き、ジャンヌの露わになった肌に食い込む。
ヒキガエルのような悲鳴を上げながら、ジャンヌの瞳が一瞬白目をむいた。
「ハハハハ! まだまだぁ!」
そのまま右頬を殴りつけ、倒れたジャンヌの足と足の間に膝を下ろし腰を滑り込ませ、その中腰体勢で彼女の首を掴む。
「ひぃい!?」
突如、何かを思い出したように怯えの表情を見せるジャンヌ。
だが、そんなことすらお構いなく、出雄は闘争本能のまま腹や顔を何度も殴りつけた。
白く透き通るような体に赤と紫の色合いが現れ始める。
だが、それでも、殴ることを、やめない。
「フハハハハハ! どうだ! この俺こそすべての英雄を越える最強の男だ! ハハハハハハハハハ!!」
高笑いと共に何度も殴りつける出雄を引きつった顔で眺めている人物がいた。
ソフィーティアンヌである。
『……えぇ』
狂った様な調子はなりをひそめ、一目で危ない状況だとわかるその光景をドン引きしながら見ていた。
「フハハハハハ! …………ん?」
ふと視界の端に映ったソフィーティアンヌと目が合う。
そして、今の自分を冷静に且つ客観的に分析する。
仰向けの女騎士の両足の間に、膝を着いた状態で露わになった上半身を殴りつけていた自分。
彼女の口角、目尻からダラリと体液がこぼれ、その表情は苦痛と悲しみに満ちている。
そんな状況を、第三者に見られていた。
「…………」
『…………』
出雄の顔から一気に血の気が引いていく。
それと同時に軽蔑と嫌悪の表情で、出雄を睨みらなが後ずさりするソフィーティアンヌ。
「待て、……これは違う。これは、そういうつもりではないんだ」
『……ダウト』
「待て! これは真剣勝負でッ、つい頭に血がのぼって状況が見えなくなってだな……」
『それがアウトだっつってんだよ……』
「違ぁぁあう!! 俺は無実だ! 俺の言葉を聞けぇえ!!」
バッと立ち上がり勢いよくソフィーティアンヌに迫っていく。
『助けてぇーー! この人変態です! 今まさに私に同じことしようとしてまーす!! 誰か助けてー!!』
「だからやめろと言っているだろうが貴様ぁああ!!」
迫真の叫び声を無人の街に響かせるソフィーティアンヌにつかみかかり口を覆う出雄。
(やべぇ! こいつガチか……ッ!?)
「この……暴れるなッ! あと、余計なことを、しゃべるなぁああ!!」
必死の形相でソフィーティアンヌを抱え、広場から逃げ去る出雄。
しかし、出雄は騒ぎの中で気づいていなかった。
さっきまで倒れていたジャンヌが、その場に座り込み呆然と去っていく名殻出雄をじっとくすんだ瞳で見続けていたことを。
「名殻……出雄、名殻出雄」
戦闘中に自らの口から発せられた彼の名前。
それをボソボソとつぶやき始める。
「名殻出雄名殻出雄名殻出雄名殻出雄名殻出雄名殻出雄名殻出雄名殻出雄名殻出雄名殻出雄名殻出雄名殻出雄名殻出雄名殻出雄名殻出雄名殻出雄……」
名前を口ずさむたびに、瞳に怒りの炎が燃え上がっていく。
いや、炎ではもはや生温い。
ジャンヌから周囲に伸びる邪悪な影のようなものが、周囲の建物を次々と飲み込んでいく。
飲み込まれた建物は、炎を上げドロドロと溶けていっていた。
「名殻出雄殺す名殻出雄殺す名殻出雄殺す殺す殺す殺す殺す殺すコロス殺すころス殺す殺す殺ス許さない許サナイ許さナイ殺す殺す許さない殺ス……」
「あ゛あ゛あ゛あ゛あ゛あ゛あ゛あ゛あ゛あ゛あ゛あ゛あ゛あ゛あ゛あ゛あ゛あ゛あ゛あ゛あ゛あ゛あ゛あ゛あ゛あ゛あ゛あ゛あ゛ッッッ!!」
突如響いた雄たけびに、ソフィーティアンヌと出雄は制止する。
それがジャンヌのものであるとすぐにわかったと同時に、おぞましい気配とこれ以上ない危機感を覚えた。
龍祖を継ぐ者である名殻出雄ですら、本能的に感じ取ったほどだ。
――――ここにいては殺される、と。




